2002年 4月 06日

貧しき人びと

投稿者 by vulcan at 16:47 / カテゴリ: ドストエフスキー / 0 コメント / 0 TrackBack

1845年(24歳)の作品
お勧め度☆☆☆☆
出展:新潮文庫、木村 浩訳

ドストエフスキーの処女作である『貧しき人びと』は、遠縁の老人と若い娘の往復書簡という体裁をとっており、強烈な印象を受けたことを覚えている。
当時大学生だった私は、この本によって一気にドストエフスキーにのめり込んだ記憶があるが、今読み返してみてもなるほど素晴らしい。処女作としては申し分ない。
しかしながら、ドストエフスキーの作品において私の目が肥えてしまったのか、くどさが返って邪魔になるところも見受けられ(くどさは本来邪魔なものだが)、飛ばし読みする誘惑に駆られそうになった。
老人マカール・ジェーヴシキンと娘ワルワーラ・ドブロショーロワのひたむきな愛は、一種異様な印象を受けるが、ジェーヴシキンの悲惨な境遇と純朴な性格が分かるにつれて、彼らの愛をそっとしておいてあげたくなる。
自分から離れていこうとするワーレンカに対する、ジェーヴシキンの異常なまでの執着心に対して、当時共感を覚えたことを、今思い出した。

わたしは台所に住んでいます。いや、もっと正確に言うなら、次のようになります。この台所の隣に一部屋あるのです(断っておきますが、この台所は清潔で、明るくて、とても立派なんです)。この部屋はちっぽけな、つつましい一隅といえますが… いや、こういったほうがもっといいかもしれません。つまり、台所は窓が三つもある大きなものなので、奥の壁に平行してもう一つの仕切りを入れ、定数以外の部屋を一つ作ったというわけなんです。全てがゆったりしていて、便利ですし、窓も一つあるので、要するにとても便利に出来ているんです。さて、これが私のねぐらです。ですから、変に気を回して、何か隠れた意味があるのではないかなどと考えないでください。そりゃ、要するに、台所じゃないか!といわれるかもしれませんが、確かに、私は台所に仕切りをして住んでいるわけですが、そんなことは何でもありません。
(P10より引用)

自分が台所に住んでいることを説明するために、これだけ長い文章を書くことが出来るのだと知り、当時はとても興奮した。しかし、今となっては自分も同じように回りくどい表現しか出来ないようになってしまった。
仮に自分の寝床が台所であったとして、そのことを愛する人に伝えることを想像すると、ぞくぞくするほど恍惚感に浸れる。おそらく、伝えた瞬間から後悔が始まるが。
銀行員時代、社宅に住んでいた先輩というか上司というか他部の目上の人が、狭い社宅に家族5人で住んでおり、自身はいつも帰りが遅かったので、やはり台所で寝起きしていたそうである。その人の口からそのことを聞いたのだが、大学出たての若造にそんなことまで打ち明けるというのは、どんな心境だったのだろう。

部屋割りがどうなっているかについては、もう書きましたね。それは言うまでも無く、便利に出来ています。本当ですとも。でも、部屋の中は何となく息苦しいのです。つまり、嫌な臭いがするほどではないのですが、しいていえば、もののすえたような、変に鼻に付く甘酸っぱい臭いがするからなんです。はじめはちょっと嫌な感じですが、そんなことは大したことではありません。ものの二分もすれば、他のこともそうですが、この臭いも消えてしまいますから。というのは、自分の体にもこの臭いがしみこんで、服も手も何もかも臭くなってしまうので、結局その臭いに慣れてしまうという寸法なのです。そんなわけで、この家ではまひわもじきに死んでしまいます。海軍少尉は今までに五羽も飼いましたが、どうやら、ここの空気では生きていくのが無理なようです。
(P24より引用)

なるべく体裁を繕う予定で書き始めながら、舌が乾かぬうちにざっくばらんに思ったことをぶちまけてしまう手法に狂喜乱舞した。読み返した今でも新鮮な印象を受ける。

哀れな老人は息子のペーチェンカ(老人は息子をそう呼んでいました)を感嘆してながめながら、嬉しくてたまらないのでした。息子のところへ訪ねて来るときは、いつも心配そうな顔つきをして、おどおどしているのでした。きっと、息子がどんなふうに迎えてくれるか、見当がつかなかったからでしょう。いつもすぐ部屋へ入る決心がつきかねて、長いこと立っていました。そんなときあたくしが通りかかると、老人は二十分ぐらいも引き止めて、ペーチェンカはどんな様子です、元気にやってますか、機嫌はどうでしょう、何か大切な仕事でもしているんじゃありませんか、一体どんなことをやってるんでしょう、書き物でもしているんですか、それとも考え事にふけっているんでしょうか、などと根掘り葉掘り尋ねるのでした。あたくしが相手を元気付けて安心させると、老人はようやく中へ入っていく覚悟を決め、おずおずと用心深くドアを開け、まず頭だけを入れて見せるのです。息子が怒っていないでうなずいて見せると、そっと部屋へ通り、外套を脱ぎ、帽子をとるのですが、この帽子ときたら、年がら年中くちゃくちゃになっていて、穴も開いていれば、つばも取れかかっている代物でした。そして、これらのものをそっと音のしないように始末をつけるのです。それから近くの椅子にそっと腰を下ろし、片時も息子から目を離さずに、ペーチェンカの機嫌はどうかと、じっと相手の動作を観察するのでした。もし息子がちょっとでも機嫌が悪く、老人がそれに気づくと、老人ははじかれたように立ち上がって「ペーチェンカ、わしはちょっと寄ってみただけさ。遠出をしてきて、そばを通りかかったのでね。なに、一息入れようと思ったまでさ」と弁解するのでした。それから無言のまま、おとなしく外套と帽子を取って、またそろそろとドアを開け、胸にこみ上げてくる悲しみを息子に悟られまいとして、わざと笑顔を作りながら、立ち去っていくのでした。
しがし、息子が機嫌よく迎え入れようものなら、老人はそれこそ嬉しさのあまり、天にも昇るような風情でした。その満足げな様子は顔には勿論、その身振りにも、全体の動作にも、あらわれるのでした。更に息子が何か話しかけようものなら、老人はいつも椅子から少し腰を浮かせて、まるでうやうやしく、卑屈なくらい丁寧な調子でそっと返事をしながら、いつも取っておきの表現、つまり、最も滑稽きわまる表現を使おうと努めるのでした。しかし、老人には雄弁の才はありませんでした。で、いつもしどろもどろになって、怖気づき、手の置き場は勿論、身の置き場もなくなってしまい、今言ったことを訂正するつもりなのか、いつまでも独りでブツブツつぶやいているのでした。ところが、返事がうまく出来たときには、老人も気取ったポーズをとり、チョッキやネクタイや上着などを直して、威厳を見せるのでした。ときによると、すっかり調子付いて、大胆にもそっと椅子から立ち上がり、本棚に近づいて、中から一冊抜き出して、それがどんな本だろうとお構いなしに、その場でちょっとページをめくることさえありました。しかも、老人はそんなふうに振舞いながら、自分はいつだって息子の本ぐらい勝手にいじれるのだぞ、息子が優しいのは別に珍しいことじゃない、といわんばかりに、わざとそっけない冷淡な態度を取って見せるのでした。ところがある日、老人が息子から本には手を触れないでくださいといわれて、びっくりしているところを、あたくしは偶然この目で見たことがあります。哀れな老人はすっかりどぎまぎして、手にしていた本を逆さに突っ込む始末でした。それからそれを直そうとして、今度は背表紙を向こう側へ突っ込んでしまい、老人は赤面したまま、ニヤニヤ笑いながら、どうやってこの罪を償ったものか自分でも見当がつかない様子でした。
(P49より引用)

かなり引用が長すぎたが(かなりどころの騒ぎではない)、しかし、ここはどうしても引用せずにいられない箇所だったので(実はもう一箇所ある)、約2ページにわたって引用してしまった。
ドストエフスキーの文章で女性の話す言葉や書く文章に、素晴らしさを感じることは稀なことなのだが(女性の番になったら手を抜いているのではないか?)、ここはとても印象的な場面であり、独特のドストエフスキーらしさが微塵も感じられず、それでいて読んでて面白い、極めて貴重な箇所であると考えている。
哀れな老人が、唯一の生きがいである息子を崇め、その生きがいを失わずにいられる方法をこれといって確固として持てずにいるため、気もそぞろといった様子がとても強く伝わってくる。

あたしはポクロフスキーに自分の友情を示すために、ぜひとも、何かプレゼントをしようと決心したのです。でも、どんなものがいいかしら?そして結局、本を贈ることを考え付いたのです。あの人が最新版のプーシキン全集を欲しがっていたのを知っていたので、それに決めました。あたくしには内緒で稼いだお金が三十ルーブルもありました。新しい服を作るために貯めておいたのです。あたくしはさっそく料理番のマトリョーナ婆さんを使いにやって、プーシキン全集がいくらするのか聞きにやりました。ところが困ったことに、装丁代を入れて、全十一巻で少なくとも六十ルーブルはするというのです。どこからそんなお金が手に入るでしょう?あたしは考えに考えてみたのですが、いい知恵はでませんでした。ママに頼むのは嫌でした。むろん、ママならきっと助けてくれたでしょうが、そうすればプレゼントのことが家中に知られてしまいます。そればかりか、このプレゼントはポクロフスキーがまる一年レッスンをしてくれたことに対するお礼ということになってしまうでしょう。あたくしは自分ひとりで、内緒でプレゼントがしたかったのです。あの人がレッスンをしてくれた苦労に対しては、友情でだけ答えることにして、永久に借りにしておきたかったのです。
(P62より引用)

ここでの最も印象深かったのは、最後の『お礼を友情で答えて、足らない部分は借りにしておく』というくだりで、そんな概念など露ほどもなかった自分には衝撃だったとともに(ドストエフスキーは常に衝撃的ではあるが、その中でもという意味で)、友情というお礼に憧れてしまった。

私はすっかり君と親しくなってしまったので、もし君が行ってしまったら、どんなことになるでしょう?私はネヴァ河へでも飛び込んで、それでもうおしまいですよ。ワーレンカ、きっと、そうなりますよ。だって君がいなくなったら、私は何もすることがないじゃありませんか!ああ、私の可愛い人、ワーレンカ!どうやら君は、私が荷馬車でヴォルゴヴォ墓地へ運ばれていくのをお望みのようですね。どこかの乞食婆さんが一人棺のあとについてきて、やがて私は砂をかけられ、婆さんもわたし一人を置き去りにしていってしまう。それが君のお望みらしいですね。あんまりです、あんまりですよ!
(P103より引用)

唯一最愛の人が自分のもとから離れようとしている、そんな焦燥感にかられるジェーヴシキンの苦悩が伝わってくる。もはや彼はとりとめの無い話に終始して、前後の見境無く、自分が何を言っているのかすら分からなくなってきている。
しかし、一足飛びに墓まで自分を運んでしまうところには恐れ入ってしまう。

なるほど、あの人はまだ若い高官で、時には怒鳴り散らすのが好きなんです。もっとも怒鳴り散らしていけないわけはありませんよ!我々小役人を叱り付ける必要があれば、大いに叱り付けるべきですからね!まあ、仮にそうだとしても、見栄のために叱り付けるとしましょう。見栄のためだって、怒鳴り散らしてかまいません。みんなを叱責訓戒することも必要なんですから。というのは、ワーレンカ、これは内緒の話ですけれども、我々小役人どもときたら、懲戒されなかったら、何もしないからです。みんなどこかに籍を置いて、自分が認められることばかり狙って、自己宣伝しているくせに、仕事のほうはなるべく避けていこうとするからです。
(P113より引用)

ロシアの小役人らしい言い分で、仕事をする振りばかりしている非能率的な職場が目に浮かぶ。

閣下は憤然とされて、「これは一体どうしたんだ、きみ!何をぼんやりしていたんだ?重要な書類で急を要するものなのに、君はめちゃめちゃにしてしまったじゃないか。いったい、これはどうしたというんだ」といってから、エスターフィ・イワーノヴィチの方を向かれました。私は、「怠慢だ!不注意だ!とんでもないことをしてくれたな!」といった言葉が響いてくるのをぼんやりと聞いているだけでした。私はなんということもなく、口をあけようとしました。お詫びを申し上げようと思ったのですが、出来ませんでした。そこを逃げ出そうとも思ったのですが、出来ませんでした。
ところがそのとき…まさにそのとき、とんでもないことが起こって、今でも恥ずかしさのあまりペンを持つ手が震えるほどです。私のボタンが、あの忌々しい、一本の糸にやっとぶら下がっていたボタンが、不意にちぎれ落ちたと思ったら、ポンと一つ飛び跳ねて(とうやら、我知らず手をかけたんですね)、ころころと音を立てながら、まっすぐに、ほんとにまっすぐに閣下の足元へ転がっていったのです。しかも、それはあたりがしーんと静まり返っていたときの出来事なんです!それが私の弁解であり、陳謝であり、解答であり、さらには閣下に申し上げようと思っていたことの一切となったのです!その結果はたいへんなことになりました!
閣下はたちまち私の風采と服装に注意を向けられました。私はさっき鏡の中に見た自分の姿を思い出しました。私はボタンを拾いに飛んでいきました!なんてばかなことを思い立ったものでしょう!身をかがめて、ボタンをつかもうとすると、相手はころころと転がったり、くるくる回ったりして、つかまりません。いや、要するに、不器用さにかけても私は有名になったのです。私はもうそのとき、これでいよいよ最後の力も尽き果てたな、何もかもしまいだ!と感じました。体面も丸つぶれですし、一個の人間としても破滅してしまったんです!すると、どうしたものか、急にテレーザとファリドーニの声が両の耳に聞こえて、がんがん鳴り出しました。やっとのことでボタンを捕まえ、立ち上がって、姿勢を正しました。いや、ばかついでに、そのままズボンの縫い目に手を当てて、不動の姿勢でもとればよかったんです!ところが、こともあろうに、ボタンをさっきちぎれた糸の端に縛りつけようとしたのです。まるでそうしておけばボタンがちゃんと止まるとでも思っていたんですね。おまけに、私はニヤニヤ笑ったんです、そう、ニヤニヤとね。閣下ははじめ目をそむけておられましたが、やがてまた私のほうをチラッと見やって、エフスターフィ・イワーノヴィチに向かって、「なんということだ?…見たまえ、なんという格好をしているんだ!… あの男はどうしたんだ!…あれは何者だ!」とおっしゃるのが聞こえました。
ああ、ワーレンカ、あの時あの場で、あの男はどうしたんだ?あれは何者だ?と声をかけられたのは、身に余る光栄だったのです!聞いていると、エスターフィ・イワーノヴィチは「落度は、今まで一度も落度はございませんでした。品行も模範的で、俸給は規程どおり十分に出しております…」と答えているんです。「では、何とかもう少し楽にしてやってはどうかね。前渡でもしてやって…」と閣下がおっしゃるのです。「いや、それがもう前渡になっておりますので、これこれの分まで前渡になっております。なにか、よくよく事情があるのでございましょう。品行は方正で、落度はついぞ一度もありませんでした」ねえ、私の天使さん、私は身を焼かれる思いでした。地獄の業火に焼かれる思いでしたよ!いや、今にも死にそうな思いでした!「さあ、それでは」と、閣下は大きな声でいわれました。「大急ぎで浄書するんだね。ジェーヴシキン君、こっちへ来てくれ給え、もう一度誤りの無いように浄書を頼むよ。ああ、それから…」と、閣下は一座の人々にいろいろな命令を下し、みんなは出て行きました。
一堂が出て行くと、閣下はそそくさと札入れを取り出されて、中から百ルーブル紙幣を一枚抜き出し、「さ、これは少ないけれどわしから、ま、取っておきなさい…」といって、私の手に握らせました。私の天使さん、私は思わずぶるっと震えました、心の底から感動させられました。私は自分がどうなったかも分かりません。私は閣下のお手を握ろうとしましたが、閣下もさっと頬を赤く染められて、それから、――いいですか、ワーレンカ、私は毛ほども真実を曲げてはいませんよ――それからこの卑しい私の手をお握りになって、強く一振りなさいました。まるで私が対等のものでもあるかのように、いや、将軍ででもあるかのように、無造作にお握りになって、「さあ、もう行ってよろしい。なに、それはほんの志だけで…もう間違いはしないように。今度のことは別として」と、いわれたんです。
さて、そこで私はこう決めました。それは君とフェドーラに神様にお祈りしてもらいたいのです。私に子供があれば子供にもお祈りをさせるところですよ。たとえ生みの父親のためには祈らなくても、あの閣下のために朝晩お祈りしていただきたいのです!それからもう一つ、君にいっておくことがあるのです。私はこれを厳粛な気持ちで言いますから、君もそのつもりでちゃんと聞いてください ――誓って申しますが、私はあの苦しい時代に、君を見、君の不幸を見るにつけ、また自分を見、自分の卑屈さと甲斐性なさを見るにつけ、厳しい日々の心痛のあまり何度も死ぬ思いをしたかしれませんが、それにもかかわらず、誓って申しますが、私には閣下が自らこのわらくず同然の酔っ払いに過ぎない、私の卑しい手を握ってくださったことのほうが、あの百ルーブル札などよりどれほどありがたいか知れないのです!閣下はあの握手によって、私に私自身を取り戻させてくださったのです。あの行いによって私の魂をよみがえらせ、私の生活を永遠に楽しいものにしてくださったのです。ですからたとえ私が神の前にいくら罪を重ねておりましょうとも、閣下のご多幸と安泰を願う私の祈りは必ず神の御座に届くものと信じて疑いません!…
(P181より引用)

なんという強烈な描写!何度も読み返さずにはいられない。コメントするのは愚かというものだろう!

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