2002年 4月 18日

地下室の手記

投稿者 by vulcan at 18:29 / カテゴリ: / 7 コメント / 0 TrackBack

1864年(43歳)の作品
お勧め度☆☆☆☆
出展:新潮文庫、江川 卓訳

「貧しき人びと」「白夜」「死の家の記録」といった初期の作品は人道主義的社会派としてのドストエフスキーを垣間見ることが出来る。勿論、こうした作品のなかにもドストエフスキーらしさ、つまり、自意識の強い、自虐的な表現を多く見つけることができるのだが、「地下室の手記」以降、そうした人道主義は息を潜めだす。「地下室の手記」はまさに『絶望の分析』であり、それはドストエフスキーの挑戦である。彼の挑戦は見事に成功を収め、さまざまな意味で、現代文学と何よりも彼自身に多大な転換をもたらした。まさに、世界のドストエフスキーにならしめた転機を画した作品と言ってよい。

もうずっと前から――ざっと二十年も、ぼくはこんな生き方をつづけている。いまぼくは四十歳だ。以前は勤めていたが、現在は無職。ぼくは意地悪な役人だった。人に邪険に当たって、それで溜飲を下げていた。何しろ賄賂を取らないのだから、せめてこれくらいのご褒美は受けるのが当然、と割り切っていた。(まずい警句だが、消すつもりは無い。ピリッとしたやつが出来そうな気がして書いたのだが、今見ると、われながら浅ましく気取って見せただけだったと分かる。だから、わざと消さないでやる!)
(P6より引用)

何がわざとなのか、何のためにわざとなのか、理解に苦しむとしたらあなたは幸せである。

だが、それはともかく、いっぱし人並みの人間が、最も好んで話題に出来ることといったら、なんだろうか?
答え――自分自身のこと。
では、ぼくも自分自身のことを話すとしようか。

(P10より引用)

おそらくこの言い回しを私は100回は真似てきた。さまざまなバリエーションで使いたくってきた。それほど気に入った表現であり、とても使いやすい手法である。

もちろん、それは絶望の快楽だが、絶望の中にこそじんと焼け付くような快楽が潜んでいることだって多いのだ。特に、どこへどう逃れようもないような自分の状況を痛切に意識するときなんかは、なおさらである。ところで、いまの話の平手打ちを食った場合だが、この場合には、さあ、俺は面目玉をまるつぶしにされて、もう二度と浮かび上がれないぞ、という意識がぐっとのしかかってくるものなのだ。要するに、肝心の点は、どう頭をひねってみても、結局のところは、万事につけていつもぼくが真っ先に悪者になってしまう、しかも、何より癪に障るのは、そいつが罪なき罪というやつで、いわば、自然の法則でそうなってしまうことなのだ。
まず第一に、ぼくが周囲の誰よりも賢いのがいけない、ということになる。(ぼくはいつも、自分は周囲の誰よりも賢いと考えてきた。そして、ときには、真に受けていただけるかどうか知らないが、それを後ろめたく感じさえしたものだ。少なくともぼくは、生涯、いつもどこかそっぽのほうを見ていて、人々の目をまともに見られたことがない)。
(P14より引用)

ここはそれこそ自分の気持ちをドストエフスキーが代弁してくれたのではないかと思えるほど、驚くほど自分の心理が描写されている。自分で書いたのではないかと思えるほど、ドキッとしてしまう。

ところが、実を言うと、官能の喜びは、こうした各種さまざまな自意識やら屈辱の中にこそ含まれているのだ。何のことは無い。<俺はお前たちを悩まし、気分をかきむしり、家中のものを眠らせないでいる。それなら、おまえたちも、いっそ眠らないで、俺が歯が痛いんだということを、四六時中感じ続けるがいいさ。以前はお前たちに英雄らしく見られたいとも思ったものだが、いまは英雄どころか、要するに、汚らわしいやくざ野郎にしか過ぎない。なあに、それならそれで結構!正体を分かってもらえて、かえってせいせいしたくらいだ。俺のげひたうめき声がお気に召さないだと?お気に召さなくて結構。では一つ、もう一段、いやらしく手の込んだところを聞かしてやろうか…>というわけなのだ。
諸君、これでもまだ分かっていただけないだろうか?いや、どうやら、この官能の喜びの微妙なニュアンスをすっかり解せるようになるには、もっともっと知的な発達を遂げ、自覚を高めねばならないらしい!諸君は笑っているのか?それは嬉しい。ぼくの冗談は、諸君、もちろん品が悪いし、むらがあって、たどたどしい上に、なにやら自信無げな調子だ。しかし、こいつは、ぼくが自分で自分を尊敬していないからこそなのだ。いったい自意識を持った人間が、幾らかでも自分を尊敬するなんて、できることだろうか?
(P23より引用)

自意識を持った人間が行き着く果てにあるものは、自虐にこそ真の快楽を見つけ出すことである。つまり、自我の目覚めである自身への尊敬は、辿りつくべきところに辿り着いた瞬間から完璧に崩壊する。自分のことを考えたその瞬間から、そのような自意識が独りよがりなもので、公正な判断ではないことをとっくに気が付き、自分自身に対してつばを吐きかけたくなるという寸法である。

さすがに三ヶ月以上は、ぼくもぶっつづけの空想にふけることが出来なかった。そしてそろそろ、社会の只中に飛び込んで行きたいという、抑えがたい欲求を感じ始めた。社会へ飛び込むとは、ぼくの場合、係長のアントン・アントーヌイチ・セートチキンのところへ客に行くことを意味していた。彼は、ぼくの生涯を通じて変わることのなかった唯一人の知人で、これには僕自身、今もって驚いているような次第だ。もっとも、彼を訪ねるといっても、それはある時期が訪れ、ぼくの空想が幸福の絶頂を極めて、是が非でも即刻、人々と、いや全人類と抱き合う必要が生ずるときに限られていた。ところで、そうするためには、せめて一人だけでも、現実に生きている実在の人間を持っている必要があったのである。といっても、アントン・アントーヌイチを訪ねられるのは、彼の面会日である火曜日に限られていたから、当然の帰結として、全人類と抱き合いたいという願望も、いつも火曜日に期日を合わせないとならなかった。
(P85より引用)

全人類の代替がアントーヌイチであり、彼と抱き合うために、空想のスケジュールまで拘束されねばならない。しかも、彼の家では隅のほうに黙って座り込んで、他の客人とアントーヌイチとの会話に聞き耳を立てていることで、抱き合ったこととみなすことで満足しなければならない。
なんとも肩身の狭い境遇だが、自分が望んでそうなったことであり、自分の望みの代償としての境遇である。つまり、これこそが自然法則というものなのだ。

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コメント

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