2002年 5月 25日

白痴

投稿者 by vulcan at 19:08 / カテゴリ: / 8 コメント / 0 TrackBack

1868年(47歳)の作品
お勧め度☆☆
出展:新潮文庫、木村 浩訳

「無条件に美しい人」「完全に美しい人」を描いてみせるという、ドストエフスキーの挑戦はあまりにも過酷な挑戦といえる。しかし巨匠としては立ち向かわざるを得なかったのだろう。とにかく彼は挑戦した。そのことだけでも賞賛に値するというものだ。しかし、そのような人物が果たしているのかという懐疑的な心理は、決して晴れることはなかったが。
「無条件に美しい人」というのは、結局はありえないのではないか。「無条件に美しい友情」や「無条件に美しい愛情」はあるだろう。しかし、美しさを唯一人の人物のみで表現することにはあまりにも限界があるようだ。「美しさ」には環境がとても重要な要素であることを思いがけず知ることとなったように思う。「戦争」や「地震」や「火事」といった死と隣り合わせの緊迫した環境から「野球部」や「族」や「ユニット」といった同じ目的を共有した集団まで、とにかく環境が「美しさ」を産むのである。
「白痴」を読み終えた最初の印象は、脇役達が非常に良く描かれている点に関してである。ドストエフスキーは脇役を描写する天才であるが、特にこの「白痴」ではそれが際立っている。あまりに脇役が引き立っているため、主人公のレフ・ニコラエヴィチ・ムイシュキン公爵の影が薄く感じてしまう。もちろんムイシュキン公爵はれっきとした主人公であり全編彼を中心に物語りは進んでいる。しかしながら、彼は自意識を持つことを禁じられていたため(ゼロではないが、ゼロに近い。それも自意識か、それを覆う仮面なのか判断がつきにくいものしかない。)、いつもの強烈な主人公の印象とよく描かれた脇役との絶妙なバランスというものが欠けている気がした。しかし「白痴」はとても示唆に富む長編小説であることも事実である。気がつけば24箇所も折り目をつけていたことが分かる。これらのうちどれを引用するかはゆっくり考えるとしよう。


エパンチン家の三人の娘は、いずれも健康で、はつらつとしていて、背が高かった。見事に発育した肩と豊かな胸、それにまるで男のようにしっかりした手の持ち主で、こうした体力や健康の結果として、当然のことながら、時にはなかなかよく食べることがあったが、それを隠そうともしなかった。母親である将軍夫人のリザヴェータ・プロコフィエヴナは、ときに娘達の露骨な食欲を非難するように、横目でにらむこともあったが、娘達は表面上はいかにもうやうやしい態度をとっていたけれども、現実には夫人のある種の意見などは、もはや娘達の間に以前のような絶対の権威を失ったばかりか、三人の娘で形作っている秘密会議(コンクレーヴ)の力が、ますます勢力を伸ばしてきたので、将軍夫人は自分の威信を保つためには、しいて争わずに譲歩したほうが、かえって得であると悟ったほどであった。もっとも、人間の性格というものは、それがたとえいかに良識の判断だとしても、それに耳を傾けることができない場合も少なくないものである。リザヴェータ・プロコフィエヴナも年を追ってだんだん気まぐれが激しくなり、辛抱ができなくなって、いまでは一種の変人にさえなってしまっていた。ところが、それでも、夫人の身近には素直によくならされた将軍がいたので、夫人の胸に積もり積もった鬱憤は、たいてい将軍の頭に浴びせかけられるのであった。すると、家庭の調和はまた回復して、何もかもこの上なくうまく収まってしまうのである。
(上巻P67より引用)

年頃の三人娘の典型的な家庭に思えて、その父親になるかもしれない自分としては、黙って素通りするわけにはいかない箇所であった。

「ついに生きていられるのはあと五分ばかりで、それ以上ではないということになりました。その男の言うところによりますと、この五分間は本人にとって果てしもなく長い時間で、莫大な財産のような気がしたそうです。この五分間に今更最後の瞬間のことなど思い巡らす必要のないほど充実した生活が送れるような気がしたので、いろんな処置を講じたというのです。つまり、時間を割り振りして、友達との別れに二分間ばかりあて、今二分間を最後にもう一度自分自身のことを考えるためにあて、残りの時間はこの世に名残に辺りの風景を眺めるためにあてたのです。
…(中略)…
その瞬間最も苦しかったのは、絶え間なく頭に浮かんでくる次のような想念だったそうです。《もし死なないとしたらどうだろう!もし命を取りとめたらどうだろう!それはなんという無限だろう!しかも、その無限の時間がすっかり自分のものになるんだ!そうなったら、おれは一分一分をまるで百年のように大事にして、その一分一分をいちいち計算して、もう何一つ失わないようにする。いや、どんなものだって無駄に費やしやしないだろうに!》男の言うには、この想念がしまいには激しい憤懣の情に変わって、もう一刻も早く銃殺してもらいたい気持ちになったそうですからねえ」
(上巻P109より引用)

ここはドストエフスキーが、彼自身が実際に銃殺刑に向かったときの心理描写をどうしても描く必要があると、あたためにあたためていたアネクドートだったのだろう。 彼が言いたいのは、別のところでも述べているように、人が人の生命を奪う死刑制度こそ最も極悪な殺人だということだ。そこには逃れられない死が待ち受けており、一縷の望みも抱きようがない。殺人犯に刺され息も絶え絶えの被害者でも、死ぬ瞬間まで助かる希望を抱いて死ぬはずだと彼は述べている。全ての希望を奪い去る死刑制度の最後の五分間ほど耐えられないものはないということを。実際その身を持って感じたドストエフスキーだから、重みが違うというものだ。

「あなたは優しい心遣いというものがありませんのね。ただ真理一点張りで―― そのために、不公平ということになりますわ」
(下巻P195より引用)

「無条件に美しい人」ムイシュキン公爵に対してエパンチン家の末娘アグラーヤの言った言葉であるが、意味深長である。ムイシュキンは優しさばかりがある。しかし、確かに優しい心遣いというものは無い。つまり真に優しいのであって心にも無く優しいのではない。しかし、それは全ての人に不幸を招かない処世術ではない。ある人に真に優しいということが、別の誰かを不幸にするのは大いにありえるわけで、全ての人に平等に真に優しいというのも、やはり誰か特定の人を不幸にするかもしれない。
このことは、自分も大いに悩んだ記憶がある。結局結論としては、両手で数えられるぐらいの、要は自分で面倒が見られる程度の少数の人に対してのみ優しく振舞い、あとの大多数に対しては、希望も期待も抱かせないほうが、かえって本人も不幸にならずに済むだろう、ということで、友達を選ぶにしても非常に慎重に、十本の指に入る人物かどうかをよく見極めてから付き合うようにしている。

しかしながら、それと同時に人間の理性は、こうした夢の中でしょっちゅうあらわれてくる無数の明らかな不合理や不可能事と妥協することがどうしてできるのであろう?
(下巻P248より引用)

現実世界では不合理なことや不可能事を頭から否定する人間も、夢の中では否定しない。これはどうしたことだろうか。ありうべからざることも本心ではあったとしたらどうだろうか、あってはならないこともあって欲しいといった深層心理の現れであるとしたら、人間は何枚も何枚もの理性という名の仮面をかぶって暮らしていることになるわけだ。

実際のところ、金もあり、家柄もよく、容貌も優れ、教育もあり、馬鹿でもなく、おまけに好人物でさえあり、しかもこれという才も無く、どこといって変わったところも無く、いや、変人といったところさえなく、自分の思想を持たず、まったく《世間並み》の人間であることぐらいいまいましいことはないだろう。
…(中略)…
彼らは他の全ての人々と同様、大別すると二種類に分けられる。一つは枠にはまった人々であり、もうひとつはそれよりも《ずっと聡明な》人々である。前者は後者よりも幸福である。枠にはまった平凡な人にとっては、自分こそ非凡な独創的な人間であると考えて、なんらためらうことなくその境遇を楽しむことほど容易なことは無いからである。ロシアの令嬢達のある者は髪を短く切って、青い眼鏡をかけ、ニヒリストであると名乗りを挙げさえすれば、自分はもう眼鏡をかけたのだから、自分自身の《信念》を得たのだとたちまち信じ込んでしまうのである。またある者は何かしら人類共通の善良な心もちを、ほんの少しでも心の中に感じたら、自分のように感ずる人間なんて一人もいない、自分こそは人類発達の先駆者であると、たちまち信じ込んでしまうのである。またある者は、何かの思想をそのまま鵜呑みにするか、それとも手当たり次第に本の一ページをちょっと覗いて見さえすれば、もうたちまちこれは《自分自身の思想》であり、これは自分の頭の中から生まれたものだと、わけもなく信じ込んでしまうのである。もしこんな言い方が許されるならば、こうした無邪気な厚かましさというものは、こうした場合、驚くほどにまで達するものなのである。
…(中略)…
この物語の登場人物たるガウリーラ・アルダリオノヴィチ・イヴォルギンは、後者の種類に属している。彼は全身、頭のてっぺんから足の爪先まで、独創的な人間になろうという希望に燃えてはいるが、やはり《ずっと聡明な》平凡な人の種類に属していた。しかし、この種類に属する人々は前にも述べたように、前者よりもずっと不幸なのでる。なぜなら、聡明な《ありふれた》人というものは、例えちょっとのあいだ(あるいは一生涯を通じてかもしれないが)自分を独創的な天才と想像することがあっても、やはり心の奥底に懐疑の虫が潜んでいて、それがときには、聡明な人を絶望のどん底まで突き落とすことがあるからである。たとえ、それに耐えることができたとしても、それはどこか、心の奥底へ押し込められた虚栄心に毒されてのことなのである。
…(中略)…
自分には才能が無いという深刻な自覚と、一方ではそれと同時に、自分こそ立派に自主性を備えた人間であると信じようとする押さえがたい欲求とが、すでに少年時代から絶えず彼の心を傷つけてきたのであった。彼は嫉妬心の強い、激情的な欲望を持った、生まれながらに神経のいらいらしているような青年であった。その欲望が激情的なのを、彼は欲望が強烈なのだと考えていた。頭角をあらわしたいという激しい欲望のままに、彼はどうかすると極めて無分別な飛躍を敢えてしようとすることがあった。しかも、いざそれを決行する段になると、彼はそれを決行するにはあまりに利口過ぎるということになってしまうのだった。それが彼を悩ましたのである。ことによったら、彼も機会さえあれば、自分の空想を実現するために、極端に卑劣なことをあえて決行したかもしれない。だが、土壇場まで押し詰められると、彼は極端に卑劣なことをしでかすには、あまりにも正直すぎるということが判明するのであった(そのくせ、ちょっとした卑劣なことなら、いつでも断ったりしないのだ)。
(下巻P263より引用)

世の多くの人間は平凡であり(そうでなければ平凡という言葉を当てはめるところがなくなってしまうではないか)、平凡な人間を二分すると、自分が平凡であることに気付かない人々と、自分が平凡であることを認めたくない人々に分かれる。 もちろん自分は自分自身を平凡な人間などとは思ってはいない。それどころか特別な人間とさえ思っている。己の弱さを否定するためだけに我慢もし、努力もした。しかし、自分がガンカとは違うとどうして言えよう。自分はガンカそのものではないか。嫉妬深く、激しやすく、自己顕示欲が強く、空想家で、思慮の無い行動とも移りかねない突飛なまねをしでかし、しかも臆病で、嘘がつけず、自分が利口であることばかりを責める。これほどに符合しているにもかかわらず、なおあがこうというのか。

忘れずに言っておくが、人間の行動の原因というものは、ふつう我々があとになって説明するよりもはるかに複雑な込み入ったもので、それがはっきりとしている場合は稀である。
(下巻P305より引用)

自分はくどくどと物事を書かずにはいられない。メール一通書き上げるのに3時間もかけることさえしばしばであり、以前勤めていた会社では日報が長すぎるとよく課長に嫌味を言われていた。稟議も極端に冗長であったことを思い出す。今も、大して変わっていない。単に自分にもの申せる人物が減ってしまっただけで、あいも変わらず長々とした報告書や当部見解や当社見解なるものを書き綴っている。 世の中の事象でさえとても込み入っているのだから、人間の行動は更に複雑怪奇であっても少しもおかしくない。だから、人の行動理由がはっきりしているときのほうが返って不安を増すほどである。

「愛しているというのに、苦しめているんですね!ねえ、考えてもごらんなさい、あの人が例の紛失物を椅子の下だの、あなたのフロックの中だのに置いて、あなたの目に付くようにしたということだけで、いや、その一事だけで、あの人はあなたに対して決してずるく立ち回らない、正直に謝るということを示しているんですからね。いいですか、謝ると言っているんですよ!つまり、あの人はあなたの優しい感情をあてにしているんですからね。ところが、あなたはあんな…正直この上もない人に、そんな侮辱を与えようとするなんて!」
「正直この上もない人を、公爵、正直この上もない人をですね」レーベジェフは目を輝かせながら相手の言葉を引き取った。「いや、そんな公平はお言葉を口にできるのは、公爵様、ただあなたお一人でございますよ!そのためにこそ、いろんな悪徳に腐り果てた私でございますが、崇拝といっていいくらい、あなたに信服しておるのでございますよ!では、話はもう決まりました!財布は明日とは言わず今すぐに探し出すことにいたしますよ。さあ、出て来ました。ほら、このとおり、金もそっくりそのままですよ。さあ、どうぞこいつを明日まで預かって下さいまし。明日か明後日には頂戴にあがります。ところで、公爵、どうやらこの金がなくなった最初の晩、うちの庭の石の下かなにかに隠してあったらしいんですがね、それをどうお思いになります?」
(下巻P322より引用)

最も強烈な印象を刻み込んだレーベジェフがようやく登場した。場面を少し解説するとレーベジェフの親友であるイヴォルギン将軍(ガンカの父で、金の無心と嘘をつかずにはいられなくなってしまったかわいそうな老人)が、どうやらレーベジェフの財布を盗んだ犯人らしいことが次第に明らかとなり(レーベジェフははじめから将軍を疑っていたが、将軍をその場かぎり喜ばすためだけに将軍の潔白を信じてかけらの疑念もみせず《それによって将軍と抱き合った》、そればかりか真犯人まで勝手に仕立て上げたぐらいであったが)、真綿で首を絞めるように将軍を追い詰め(彼が将軍を愛しているのは明らかだが、彼の性格はそれをせずにはいられないのである)、とうとう将軍が財布を返すためにもともとあったところに財布を置いたのである。最初はちょっと分かりにくいところに置き、それでもレーベジェフはわざと気付かないでいるので、次の日にはもう少し分かりやすいところに置き、しまいにはまったく最初と同じところに入れなおしたというのにレーベジェフは嬉々としているばかりで、それに気付いてあげようとしなかったのである。 また、レーベジェフは何度も公爵を裏切った。裏切ることが義務であるかのように裏切り続け、後になって公爵を裏切ったことを、公爵を人に売ったことを白状するのである。まるで、公爵に白状し、公爵の許しを得るためだけに公爵を裏切っているようにうつる。これほどまでに、一見するとその行動の原因が全く読み取れない人物には本の中でも出合ったことがない。 ところで、公爵一人を公平な言葉を口にできる人物とするために、自分は悪徳の限りを尽くしてきたという表現は、なんとも痛快である。

「いやじつは、私も何かそんなふうなことがいつも頭の中にちらちらしておったよ。いやいや、そんなことは断じて無いと思うのだが、何かの拍子でまたふと心に浮かんでくるのさ!」彼は妻の恐ろしい視線を浴びて、すぐ口をつぐんでしまった。ところが、口をつぐんだのは朝だけで、晩になってまた妻と差し向かいになり、またしても口を切らねばならなくなったとき、彼はいきなり一種特別な勇気を奮い起こしたように、思いもかけぬ考えをいくつか口に出した。「それにしても、実際のところどうなんだろうね?…(沈黙)。もし本当だとすれば、こりゃおかしな話だ。私は何も依存はないがね、ただ…(再び沈黙)ただ、仮に別な面からこの件を直視すればだね、公爵は、実際、いまどき珍しい若者じゃないか、それに…それに、それに――いや、その、名前だがね、うちの家名のことだがね、そうなると、目下零落しており、いわばその家名を維持するという体裁にもなることだし…つまり、世間に対してだね、いや、そういう見地から見ると、いや、つまりその…もちろん、世間がだね、そりゃ世間は世間さ。だが、それにしても、公爵だってまんざら財産が無いというわけでもないし…いや、それも大したことじゃないにしてもだよ。ただあの男には、その…その…その」(長い沈黙の末、とうとう言葉に詰まってしまう)リザヴェータ夫人は夫の言葉を聞き終ると、とうとう癇癪玉を破裂させてしまった。
(下巻P350より引用)

公爵のアグラーヤへの求婚は果たしていいことなのか悪いことなのかという不安が(何故不安なのかが今ひとつぴんときていなかったが)エパンチン家を支配しており、イワン・フョードロヴィチ将軍が、一家の主らしい落ち着いたところをみせようとリザヴェータ夫人に話しかけたのだが、返って夫人の気分を害したばかりでなく、自分が一番戸惑っていることを示すような失態を演じてしまったのである。これは、ひとえにリザヴェータを恐れていることに起因しており、息も絶え絶えに夫人に訴えている姿など涙ぐましいものである。

自分は再び自由に、アグラーヤのところへ遊びに来て、彼女と言葉を交わし、彼女と一緒にすわり、彼女と一緒に散歩できるということだけでも、彼にとっては疑いもなく幸福の絶頂であった。そして、一生涯それだけで満足していたかもしれないのだ!(ほかならぬこの満足こそリザヴェータ夫人が心ひそかに恐れていたことである。夫人は彼の人となりを見抜いていたのである。彼女は心ひそかにいろんなことを恐れていたが、それを思い切って口へ出すことはできなかったのである)
(下巻P370より引用)

リザヴェータ夫人が、娘の母親としての立場で、公爵の子供っぽい満足から、娘の不幸という結末を演繹し、不安を抱いていたことを知って意外な驚きを感じた。このことを理解すると、突飛な夫人の発言もなるほどとうなずける。つまり、それほど早い時機から夫人はこの結論を女の直感というやつで感じていたのだ。

「まあ、よく見とれていること、まるで目も離しゃしないじゃないの。あの人の言うことを、一言一言かみしめて、一言も聞き漏らすまいとしているんですからねえ!」あとになってリザヴェータ夫人が夫に言った。「そのくせ、恋をしているんだなんて言おうものなら、それこそまた大変なことになるんですからねえ!」
「仕方がないさ――そういう運命なんだから!」将軍は肩をすくめた。これからのちも長いこと、彼はしきりに、このお気に入りの言葉を繰り返したものである。ついでに言い添えておくと、もともと実務家肌の彼には、現在の状態についていろいろ気に入らぬことが多かったのである。まず何より不満だったのは、この一軒が極めて曖昧だという点であった。だが、適当な時期が来るまでは黙っていよう…リザヴェータの顔色を…読むことにしようと、彼は決心したのであった。
(下巻P371より引用)

お気に入りの言葉を繰り返す。 馬鹿の一つ覚えのように、ときにはわざと、お気に入りの言葉を繰り返すことがある。先週はなぜかFunctionプロシージャの説明をしていたときに、Functionの虜になってしまったようで、何度も何度も繰り返しFunctionと(しかも続けざまに、気が狂ったのではないかと自分で疑うほど)のたまわったものである。

「どうか私達のそばを素通りして、私達の幸福を許してください!」
(下巻P381より引用)

自分はつくづく幸せ者だと感じるときがある。それこそ自分の幸せが申し訳ないほどに感じてしまうぐらいである。これはもう少年時代から持っていた感情で、自分が利口であるのと同じぐらいに自分が幸せであることに後ろめたさを感じていたものである。

「こんなことになってから、私はどうしても我慢がならないのです。まして私はいろんなことを知っているんですからね…ロゴージンからも、ナスターシャ・フィリポヴナの女のお友達からも、ワルワーラ・アルダリオノヴナからも… ご当人の…その…ご当人のアグラーヤ・イワーノヴナからさえも、じつにいろんなことをたくさん聞いておりますのでな。こんなことはご想像もつかないことでしょうが、あのヴェーラ、私の可愛いヴェーラの手を通して、この世にたった一人の …いや、たった一人とは言えませんな、私には子供が三人ありますからな… あのリザヴェータ夫人に手紙を送って、極秘中の秘密まで知らせたのは誰だかご存知ですか?へ、へ!あの奥さんに、ナスターシャ・フィリポヴナという人物の一切の関係やら…その動静を手紙に書いてやったのは誰でしょうね、へ、へ、へ!あの匿名の人物は誰でしょうね!失礼ですがひとつお伺いしたいですな?」
「まさかあなたじゃないでしょうね?」公爵は叫んだ。
「いや、その通りでしてね」
(下巻P391より引用)

彼の意図はやはり見えない。謎が深まるばかりである。本当に公爵に許しをもらうために卑劣な行為をわざと引き起こしているというのか。彼は恐ろしく記憶力と情報収集能力が高い。この能力を正しく使えないのが哀れでならない。

「ほう!やっと冷静さを失って、びっくりしたようですね?いや、人間らしくなりたいという気になったのは、何よりですよ。その代わりに、ひとつあなたを喜ばしてあげましょうか。それにしても、
…(中略)…
ねえ、賭けをしてもいいですが、あなたが今どんなことを考えていらっしゃるか、ぼくはちゃんと知ってますよ。あなたは《例えこの男は殴る必要がないにしても、その代わり眠っているところを、枕かぬれ雑巾で絞め殺すことはできるな、いや、是非ともそうしなくちゃならんくらいだ》って考えているんでしょう… いまこの瞬間そう考えていらっしゃることが、ちゃんとその顔に書いてありますよ」
「そんなこと一度だって考えたことがありませんよ!」公爵は嫌悪の色を浮かべて言った。
(下巻P452より引用)

イポリートの「独白」は冗長で読むに耐えない代物だったが、そのときふと思ったのは(この男は公爵が自意識を禁じられた人物であるために、作者の欲求不満が溜まり、それを解消するために登場してきた人物ではないか)というものである。 結局「独白」から引用することをやめにしたので、唯一気の利いた表現を見つけたのでここを引用して彼の存在を忘れない処置を講じた。

「憐憫に値する女だというのですか?そうあなたはおっしゃりたいんですね、公爵?しかし、単なる憐憫のために、あの女の満足のために、もう一人の気高く清らかな令嬢を汚してもいいものでしょうか?
…(中略)…」
「でも、それでことは足りるんですか?」エヴゲーニイ・パーヴロヴィチは憤激して叫んだ。「『ああ、自分が悪かったんです!』と叫んだら、それでことは済むんでしょうか?悪かったと言いながら、自分ではかたくなに強情を張っているんじゃありませんか!一体そのときあなたの心は、その《キリスト教的》な心はどこにあったんです?あの瞬間のあの人の顔をご覧になったでしょう?いったいあの人はあの女よりも、二人の仲を引き裂いたあなたのもう一人の女よりも、苦しみ方が足りなかったとでも言うんですか?どうしたあなたはそれを見ていながら、あんなふうに放っておいたのです、ねえ?」
(下巻P491より引用)

公爵がアグラーヤとの結婚を間近に控え、公爵の愛に不安を抱きそれを確認しようとしたアグラーヤの行為は裏目に出て(そのほうが良かったのかもしれない)、公爵はナスターシャに乗り換えてしまった(適切な表現ではないが、自分もエヴゲーニイ・パーヴロヴィチと気分は同じである)。 全く、公爵には憤慨する。人を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、自分は終始頭を垂れているばかりである。責任が負えないことまで頭を突っ込んでばかりいるから不幸を招くのだ。もちろん、仮面をかぶらない人物という抽象的な存在にドストエスフキーが憧れを抱いたのはうなずける。そして、仮面をかぶった、理性に抑制された人間が必ずしも正しいとは限らないことも分かっている(むしろ全く正しくないという見解にも耳を傾ける用意はある)。しかし、そうは言っても、そうは言っても、これでは、あんまりだ!

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コメント

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