2002年 6月 30日

悪霊

投稿者 by vulcan at 19:14 / カテゴリ: ドストエフスキー / 0 コメント / 0 TrackBack

1872年(51歳)の作品
お勧め度☆☆☆
出展:新潮文庫、江川 卓訳

「悪霊」は脇役の影が薄い小説である。そして主な主人公も謎めいていて一人として理解できたとは思えない。何もかもが中途半端な仕上がりであり、1,000ページを超える長編とは思えないしろものと言える。
しかし、登場人物の一人、語り手はまさしくドストエフスキーの声をそのまま語っており、それがこの小説の品位を絶大に高めているといえよう。特に「スタヴローギンの告白」の章は彼の思想を贅沢にちりばめた世界文学史上まれに見るほどの貴重な文献とさえ言える。この章は、諸事情によってついに「悪霊」には組み入れられることが無かった。せっかくなので、また非常に含蓄のある章であることに対する敬意を表して、 「スタヴローギンの告白」 は別ページで紹介することとしたい。

公平に言って、ステパン氏は、教え子を自分になつかせることにかけては見事な腕前を発揮した。その秘訣は、要するに、彼自身が子供だったことである。当時はまだ私もいなかったし、真の友人無しには片時もいられないのが、ステパン氏の性分であった。そこでステパン氏は、やっと物心付いたばかりのいたいけな少年を、何の躊躇もなく、さっそく自分の親友に仕立て上げた。何かこう自然のうちに、二人の間には何の隔てもないような具合になった。ステパン氏がまだ十か十一歳のこの親友を、深夜、それもただただ、傷つけられた自分の感情を涙ながらに少年に訴えたり、何か家庭内の秘密を打ち明けたりするためだけに揺り起こすようなことも再三で、しかも彼は、それが全く許しがたい行為だということには、気が付きもしなかった。二人は、お互いにひしと抱き合って、涙に暮れたものである。
(上巻P58より引用)

スタヴローギンが少年時代にステパン氏と親友であったことは興味深い事実である。

「貴君(シェラミ)、もしぼくが承諾しなかったら、あの人はすさまじく怒ったでしょうよ、す・さ・まじく!それでもやはり、承諾してしまった今ほどではなかった」
この警句はなかなか彼のお気に召して、その晩は二人で一本あけてしまった。
(上巻P125より引用)

どっちに転んでも怒られる、存在そのものが非難の対象となってしまう(そう思い込んでしまう)ところがステパン氏の不幸の主要な原因のひとつであるが、常にあれこれ思いを巡らし(空想にふけり)、自分を不幸にしないではいられない(何よりも第一に自分が不幸でなければならない)不幸を求めるタイプというのは確かに存在する。

よくある例だが、久しい間深遠極まりない思想の持ち主と崇められ、社会の動きに対して真に重大な影響を与えうると期待された作家が、最後には、その根本思想の貧困さ、つまらなさを露呈して、彼の才能が早々と枯渇したのを誰一人惜しもうとしないといったこともある。ところが白髪の老先生方はそのことに気付かず、腹を立てる。彼らの自負心は、ほかでもない彼らの活動期の終わり近くになってから、時として瞠目させられるほどまで膨れ上がる。こうした手合いが自分を何と心得ているかは知る由もないが、神様以下ということはまずあるまい。
(上巻P129より引用)

主人公がカルマジーノフを評した文章だが、実際にはドストエフスキーがツルゲーネフを諷したもので、あまりにも辛らつな表現だ。カルマジーノフをこき下ろした箇所は随所にあり、如何に偏屈的にツルゲーネフを敵視していたかがうかがえる。 ツルゲーネフの狩人日記はとても面白いと思ったものだが、あれがいつごろの作品なのか、他の作品はどんなものがあるのかひとつ調べてみようと思う。

「ぼくは昨日、あのキリーロフ氏のところでお茶をよばれましたよ」と私は言った。「彼は無神論でおかしくなっているようですね」
「ロシアの無神論は駄洒落の域を出たことが無いんです」消えかかったろうそくを新しいのに代えながら、シャートフがつぶやいた。
「いや、彼は駄洒落なんて柄じゃないと思いますね。洒落どころか、満足に話もできない感じですよ」
「紙でできた人間なんです。何もかも思想の下男根性のせいですよ」隅のほうの椅子に腰を下ろし、両手を膝についた格好で、シャートフは平静に言った。
(上巻P216より引用)

自分で考え、自ら生み出した思想ではなく、本を読んで自分の言葉と思い込んでしまう人種が『紙でできた人間』とはうまく表現したものと感心した(ドキッとしながらも)。しかも、血肉となるには至っていない受け売り状態のことが『駄洒落』というのもあまりに手厳しく、痛快である。

「奥さん!」不意に大尉がわめくような声を出した。「ひとつ質問をさせていただけませんですか、たった一つだけですが、ずばりと単刀直入に、つまり、ロシア式の、魂から出た質問を?」
「どうぞ」
「奥さん、あなたはこれまでに苦しまれたことがおありですか?」
「つまりあなたは、ご自分が誰かのために苦しんできた、でなければ、今も苦しんでいるとおっしゃりたいのでしょう」
「奥さん!奥さん!」彼は、おそらく自分でもそれと気付かぬうちに、胸を叩きながら、不意にまた立ち上がっていた。「ここが、この胸のところが、それはもう煮えくり返らんばかりなんです、最後の審判の日にもしこのことが明るみに出ましたら、神様でさえ驚かれることでしょう!」
「まあ、たいそうな言い方だこと」
「奥さん、ひょっとすると、私の言い方は八つ当たり気味になるかもしれませんが…」
「ご心配なく、あなたにいつ黙っていただくか、わたしも心得ていますから」
「もうひとつ質問をしてもよろしいでしょうか、奥さん?」
(上巻P274より引用)

ロシアの男性はズケズケとした単刀直入な会話に憧れを抱きつつも、実際には非常に回りくどい表現や比喩ばかり口ずさむ。 最後の質問をし、それが達成されると次の最後の質問をする、これもロシアの男性のひとつのタイプであり、あつかましいのではなく、遠慮の塊であるがゆえである。 一方、ロシアの女性、特に中年以上の貴婦人連中は非常に高慢であり、恐れを知らない。当たり前のように高慢な姿は、嫌悪どころか好感を抱く。

「それにこの逸話はむしろニコライ君の名誉になるものですよ。どうしてもこの曖昧な《名誉》とかいう言葉を使わなければならないとすればですね…」
(上巻P292より引用)

スタヴローギンが質問に答えなかったことに対して、ピョートルが逸話を交えて擁護しようとした場面であるが、得てして自己弁護は不名誉なものであるからピョートルのようなお節介焼きは必要な人種である。 『名誉』は確かに曖昧な表現である。何であろうかと真剣に考え込んでしまった。今の理解において『名誉は己を尊敬するための拠り所となるべきもの』と定義したい。

ニコライ・スタヴローギンの憎悪は、ことによると、この二人を合わせたものよりも大きいかもしれない。ただその憎悪は、冷ややかな、冷静な、もしそんな言い方ができるとすれば、理性的な憎悪、したがって、最も醜悪な、ありうる限り最も恐ろしい憎悪なのである。
(上巻P324より引用)

『感情に振り回されず理性に基づいた憎悪』 何かを憎むとき本能や感情に振り回されずに憎むということはちょっと想像しにくいものだが、一度想像できてしまうと確かにそれほど恐ろしいものは無いようにも思える。 しかし何かを憎むとき理性的に憎むことなど本当にできるのだろうか?憎んだその瞬間から、憎むという行為そのものが感情なのだからありえない話ではないか。しかし、まあよく考えれば感情が無いとは書いてないわけだから、文句を言うのは筋違いというものか。『極めて冷静に憎む』というのは十分考えられる行為だし、おそらく逃げ切れまいと観念してしまいそうである。

「そこへもってきて、ぼくは時々人を笑わせる――これなぞは実に効果的なんですよ。何しろ外国で檄文を発行していた賢人が、ここでは自分たちよりも馬鹿と分かれば、それひとつだけでも連中はぼくのことを万事大目に見てくれますよ、そうでしょうが?きみの微笑は賛成のしるしですね」
もっともニコライは微笑など全く浮かべていなかったし、それどころか、眉をひそめ、幾らかじりじりした様子で聞いていた。
「え?なんですって?『どっちでも同じだ』と言われたようですが?」ピョートルはまたべらべらやりだした(もっともニコライは何も言いはしなかった)。「むろんです、むろんです。断言しますが、ぼくは何もきみを仲間扱いにして巻き添えをしようなんてつもりはこれっぱかりも無いんです。でもねえ、今日のきみはひどく突っかかってきますね、ぼくは率直な、楽しい気分でやってきたのに、君はぼくの一語一語に難癖をつけるんだから。断言しておきますが、今日のぼくは決してデリケートな問題を持ち出すことはしませんよ、約束します、君がどんな条件を出そうと、全部承知です!」
ニコライはかたくなに黙っていた。
「え?なんです?何か言いましたか?分かります、分かります、ぼくはまたへまなことを言ったんですね。君は条件なんて出さなかったし、出すつもりも無い、そう、そう、その通りですよ、まあ、落ち着いてください。条件なんぞ出すまでも無いことは、ぼく自身承知しているんですものね、でしょう?きみに代わって、先回りして答えておきましょう、むろん、無能ゆえにです。無能にして無能…笑ってますね?え?なんですって?」
「なんでもないですよ」ニコライがとうとうにやりとした。
(上巻P345より引用)

相手が応えるつもりがないか、相手が自分の意に沿わない返答をすることが予想されているときには、聞こえない声や示されない表情を聞いたり見たりしたことにして会話を進めるこの手法は一種芸術的であるとさえ思える。 相手がどう応えるか決めかねている場合や、判断に迷っている場合、判断することを放棄している場合などには実に効果的だ。しかし、まくし立て続けなければならないというのは、言葉を選びながら話す自分にとっては不可能だろう(相手が口を挟む隙がありすぎる)。

「これは《無能》ゆえにしたことじゃなくて、万一を考え、真剣にやったことなんです。まあ、無能な結果になったとしても、真剣さは買ってください」
(上巻P348より引用)

気の効いた、うまい表現だと思ったから思わず引用してしまったが、何もコメントが出てこない。いくつかの気の効いた、笑いをとることを目的とした表現は、引用したい気を抑え込んだのだが(引用したら自分が困るだろうと思い)、やはりここも引用しなければよかったかもしれない。 『真剣さを買ってくれ』とはなかなか口に出す機会の少ない表現だが、洒落とセットにすることで嫌味が消えてなかなか良いと思う(やっとこさコメントできた)。

「ぼくの見るところ、大尉、きみはこの四年間、まるで変わっていないねえ」ニコライは幾らかやさしい調子でこう言った。「どうやら、ほんとうのことらしいな、人間の後半生は普通前半生に蓄積された習慣だけから成り立つというのは」
「高遠なお言葉ですなあ!あなたは人生の謎を解いてしまわれる!」半ば悪ふざけ気味に、また半ば、警句の大好きな男であるだけに、事実、偽らぬ喜悦にも浸りながら、大尉は叫んだ。「ニコライ様、あなたの口にされたお言葉の中で、とりわけ私の記憶に焼きついているものがございますよ。まだペテルブルグにいらした頃、『常識に反してまで自分の立場を貫くためには、真に偉大な人間である必要がある』とおっしゃいました。これでございます!」
(上巻P415より引用)

特に男性は警句が好きである。警句には明らかに力がある。自分は警句マニアというわけではないが、いくつかの優れた警句を愛しているし、尊敬する人から警句をもらうとそれこそ有頂天になる。 世の中には警句集なるものが存在するが、あれは非常にナンセンスだ(記憶のタンスにしまっておいて必要なときに取り出せるように準備するにはもってこいだが)。警句が力を備えるのは局面とピタリと符合したときにおいてのみである。 人生の節目節目に警句をもらいたいものだが、そのためには人の節目節目に警句を贈らねばなるまい。そのためにも警句を仕入れておく必要があるというわけか。

「ぼくは何も分からなくなってきた!」スタヴローギンは憎々しく言った。「どうして皆はぼくから、他の誰にも期待できないようなことを期待するんです?なんのためにぼくだけが、他の人間には耐えられぬようなことに耐え、他の人間には背負いきれないような重荷を背負わなければならないんです?」
「ぼくは、君が自分から重荷を求めているのだと思っていましたよ」
「ぼくが重荷を求めている?」
「ええ」
「きみは…それを目にしたんですか?」
「ええ」
「そんなに目に付きますか?」
「ええ」
(上巻P455より引用)

自分から重荷を背負い込もうとする、重荷を背負わずにはいられないタイプの人間がいる。重荷を背負い、不幸を呪うことに快楽を見出すタイプである。ときには重荷が重すぎて絶望に打ちひしがれることもあり、そうしたときには是非とも支えとなってくれる人物が必要とされる。逆に言えばそうした際の真実の友を感じたいがこそ重荷を背負うのであろう。 しかし、そうした『真実の友』の役回りも大変である。白羽の矢が立てられた『友』も抱き合って泣けるぐらいの感受性が無ければ苦痛この上ない。

しかし職工たちが追い詰められた状態にあったことは事実であり、また警察に訴え出ても彼らの怒りを親身になって考えてくれようとはしなかったので、彼らが一団となって《将軍さま》のところへ出かけていき、もしできることなら先頭に嘆願書を掲げて、お屋敷の玄関前にきちんと整列し、閣下が姿を表された途端、全員がいっせいにひざまずいて、神様にでも訴えるように哀訴号泣しようと考えたのは、まことに無理ないことであった。私に言わせれば、これはやれ暴動だ、やれ代表選出だという以前の、古来から歴史的に存在した方法であった。ロシア人は昔から《将軍さま》とじかに話をするのが大好きで、しかも、ただ話ができたという満足感さえあればよく、その話がどういう結果に終わろうとも、それは問題外なのである。
(下巻P152より引用)

「死の家の記録」にもこうしたロシアの民衆像が描かれていたが、愛すべき民衆の一面である。しかし、一方で、ドストエフスキーの父親は百姓に惨殺されており、凶暴な民衆の一側面も忘れるわけにはいかない。

タグ(キーワード):

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kodakara.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/493
コメント
コメントする












名前、アドレスを登録しますか?