2004年 7月 30日

覆水盆に返らず

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Yahoo辞書より

《周の太公望が斉(せい)に封ぜられたとき、離縁して去った妻が復縁を求めて来たが、盆の水をこぼし、この水をもとにもどせたら求めに応じようと言って復縁を拒絶したという「拾遺記」中の故事から。前漢の朱買臣の話として同様の故事が見られる》

1 一度別れた夫婦の仲はもとどおりにならないことのたとえ。
2 一度したことは、もはや取り返しがつかないことのたとえ。

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この諺は好きではありませんが、格言を認めたくないという気持ちが強くて拒絶していたように思います。『覆水盆に返らず』とはなんと無常な響きだろう、これでは救われない、といった考えです。

本日、会社の同僚というか部下が退職することになりました。その人が急速に気落ちしていく姿を見て、常にプレッシャーを掛け続けた自分もその原因の一端を担っていたのだろうと思うと、心が張り裂けそうです。

何とか退職を思いとどまらせることができないか、少なくとも元気を取り戻した状態で判断することができないか、そうしたことばかりを追いかけ、覆水を盆に帰そうとむなしい努力を重ねてきたように思います。

ここ2ヶ月ほど、最後の10日ばかりはそれこそもがくように戦ってました。一人で戦っていたのか、二人で戦っていたのかはよく分かりませんが、とにかく戦っていました。

しかし、日一日と調子が更に落ち、どこまで落ちるのか見当もつかなくなって来たのを見て、もう退職しか選択肢は無い、とにかくそこからやり直すほかはないのだろうと観念しました。そして今日、2週間ぶりに出社した姿を見、退職の手続に入り、引継ぎを行ったのです。

膨大な業務内容をアイコンタクト並にミラクルなスピードで引継ぎを行い、賞賛すべき有能な部下、というよりはパートナーとして立派に成長したことを改めて再確認することができたし、また、ようやく重荷を取り除くことができたといったさばさばしたその人の表情を見て、とてもほっとしたし、なんだかもう大丈夫だという、あいまいではあるが手ごたえのある感触を得ることができました。

そのとき思ったのです。覆水は盆に返らなくてもいいし、返る必要もないのだと。人生色々、色空空色なのだと。

2004年 7月 29日

人付き合い

投稿者 by vulcan at 00:11 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

人を好きになるということは非常に難しいことです。

まず、会ったこともない人、会って間もない人というのは、好きなところもなく、嫌いなところもなく、なんとなく好き、なんとなく嫌いという程度であって基本的にニュートラルでしょう。

人付き合いを重ねていくと、好きなところも見えてくるし、嫌いなところも見えてきます。嫌いなところばっかりであれば、もうその人そのものが嫌いということになります。

ところが、好きなところばっかりということは極めて稀というか、ありえる話ではなく、好きなところも嫌いなところも両方存在し、どっちかというと好きとか、今は好きな部分の方がよく見えるというのが実情でしょう。

そして、その人のことを知れば知るほど、長く付き合えば付き合うほど、好きな部分も嫌いな部分も、どちらもより鮮明に見えてきます。あるいは、好きだった部分も時の移り変わりや心理状態の変化などによって嫌いになったり(逆はあまり無さそうですが)、嫌いな部分に対する嫌悪感がどうにも我慢できないほどに膨れ上がったりします。

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自分の好きな人(恋人、妻、孫等)には自分のことを100%好きになってもらいたいと盲目的になる場合がありますが、そのようなことは現実世界ではありえません。仮に相手のことを100%好きだと思っている自分に気がついたら、少し注意して観察する必要があります(相手は演技をしているのかもしれません)。

また、長い付き合いは我慢できない、目に付く部分を指摘するようになることがあります。多くの場合こうした指摘は失敗に終わります。そうした指摘事項は相手の気にしている部分でもある可能性が高いし、正義の押し売りと受け取られる可能性も高いです。

ましな方法としては自ら実践して示すことですが、これも効果がある場合とない場合とがあります。人は変わるが、変わらない部分も多い。最善の策、万能薬というものはなく、相手を受け入れること、相手と喜びや悲しみを分かち合い、嗜好、考え方、物事の捉え方、価値観を長い年月をかけて同じくしていくことが近道なのかもしれません。

しかし、親子や兄弟、夫婦といえどもそれほどまでして長い付き合いを維持する必要があるのか、維持する価値があるのかという問題も存在するわけで、やはり難しい問題です。

2004年 7月 28日

精一杯生きること

投稿者 by vulcan at 00:16 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

これまで私は精一杯生きてきましたが、精一杯生きるということはどういうことだろうとふと疑問に思いました。

自分を限界まで追い込んで、常に一杯一杯なところで生き、向上心をもって限界を拡大していくことが精一杯生きるということでしょうか。確かにこれも一理あるとは思いますが、限界などというものが果たしてあるのでしょうか?

限界とは常に主観的に決まるものであって、自分がここで限界と思ったらそこが限界なわけで、とすると屁理屈のようですが誰しも限界まで精一杯生きていることになるわけです。

つまり、人間は精一杯生きるようにできているわけで、生きているということは常に精一杯なのです。

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人それぞれ、またその時々の調子に合わせて、できる限りのことをやって生きているわけで、傍目にはダラダラしている様に見えても本人にとってはそのときの調子にあわせた精一杯の行動であり、本人がまだまだ頑張れるのに頑張れていないと思うとしたら、それは調子の良かったときの自分あるいは理想の自分をイメージしすぎている影響であり、今置かれた状況の範囲内で自分が精一杯生きているということを認識してよいはずです。

もちろん、限界を感じてからさらに一歩踏み出す努力は賞賛に値します。そうした努力に対してはそれ相応に報いるべきでしょう。しかし、そうした後一歩を踏み出せないでいるとしても、やはり生きているということ自体が一杯一杯で頑張っていることには違いないわけで、まずはそれを評価するべきなのではないでしょうか。

人はそれぞれ持って生まれた才能、覚えが早い、勘が良い、数学が得意、語学が得意、人望が厚いといった特徴を捉えて評価したり、それらの能力をどれだけ発揮しているかを測ったり、それぞれの限界に挑戦し限界を超えた者を賞賛しがちで、そうしたものを持ち合わせていない者を否定的に見ます(自分を含めて)。

今日まで自分は、自分及び自分の周りがもっぱら精一杯生きている人間だけで構成されていることを鑑み、自分がそうした人種を呼び寄せているのか、自分がそうした人種に吸い寄せられているのか、自分の影響で周りがそうなるのか、いずれかだろうと思っていました。

ある意味では正しい面もあるかもしれませんが、やはり、本質を捉えていなかったように思います。誰しも精一杯生きているのであり、精一杯生きているかどうかは他人の主観で判断するのではなく、本人の主観で判断すべき、いや、主観など入り込む余地はなく、『生きている=精一杯』なのです。

ところで、一杯一杯ということは、飽和の一歩手前です。一つ間違えるとコップの水は溢れ出します。限界を破り、限界を拡大することに挑戦し続けることは危険と裏腹にあるし、誰しも一杯一杯なのだから、やはり誰しも参ってしまう可能性を持っているのです。このことは肝に銘じておく必要があると思いました。

2004年 7月 27日

人生の岐路における選択

投稿者 by vulcan at 00:21 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

人は人生の中で何度か進む道を決断します。

交際を申し込むかどうか、交際を申し込まれてYesの返事を与えるかどうか、結婚するかどうか、大学の選択、就職先の選択と退職の決断、家(マンション)の購入、子供の進路などの大きな選択から、点滅する信号を強行するかどうか、お昼ご飯をどうするか、帰る時間と乗る電車の選択等の小さな選択まで。

全ての選択には100%の正解はなく、51%と49%の僅差の中での二者択一であったり、自分の希望、子供の希望、妻の希望等のどれに重みを与えるかによって選択すべきものが変わってしまったり、短期的に見た効果と中長期的に見た効果との比較によりどちらを重視するかで結論が変わったり、思いつきやその場の雰囲気でなんとなく選択していたり、要するに、好みであったり、性格であったり、フィーリングであったり、縁起を担いだり、そうしたあいまいな感覚が選択を行う基準となるわけで、結局、正しい選択というものは誰にも分からないし、何が正しかったのかという評価は無意味でさえあります。

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したがって、正しい結論を出すために熟慮するというのは、悪い発想ではないのですが、結論が出ない場合には正しい結論などどこにも存在しないのだと気づくことが大切です。

こうした選択の連続がすなわち人生そのものであり、運命であるわけです。

運命とは自分で切り開くもの、自分の選択によって異なってくるものではありますが、自分の選択しなかった道がどうなっていたかは誰にも分からないのだから、後になって振り返れば運命と表現するほかありません。気をつけるとしたら、運命が(人生を)選択をするのではなく、選択の結果(人生)が運命なのであって、つまり、人生を受け入れることです。

『掲諦(ギャテイ)掲諦(ギャテイ)波羅掲諦(ハラギャテイ)波羅僧掲諦(ハラソウギャテイ)菩提薩婆訶(ボジソワカ)』

あらゆる囚われが脱落する境地というのは、「今ここわたしこのままでいい」という、たったひとつの真理であり、一瞬一瞬今ここわたしこのままでいいと、永遠に続く一瞬一瞬を囚われなく生きるということになるそうな。こうした境地に立つことができたなら人生を受け入れることができるし、自分の選択に対して後悔することもないでしょう。

『色不異空 空不異色 色即是空 空即是色』

この存在に関する真理が好きになりました。このフレーズをそっと唱えるとホッとします。

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2004年 7月 26日

色即是空、空即是色

投稿者 by vulcan at 00:24 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

Goo辞書より

『色即是空』

〔仏〕〔般若心経〕この世にあるすべてのもの(色)は、因と縁によって存在しているだけで、固有の本質をもっていない(空)という、仏教の基本的な教義。

『空即是色』
「般若(はんにや)心経」の語。宇宙の万物の真の姿は空であって、実体ではない。しかし、空とは、一方的にすべてを否定する虚無ではなく、知覚しているこの世の現象の姿こそが空である、ということ。

すべてのものは常に移り変わり、永遠に同じ状態では存在できないという真実と、すべてのものはお互いに関連しあいながら存在しており、他との関連性なくして存在できないという真実をあわせた、存在に関する真理が、すなわち『空』であるそうな。存在に関する真理が『空』であるかどうかは理解を超えるところに思えるが、要するに『空』が真理の代名詞だと割り切って、それ以上は今のところこだわらないことにしよう。

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そう考えると、物事は常に移り変わり、人も常に変化し、人の心も常に移ろう、全てはお互いに関連しあっており、単独で存在することはもちろんのこと、家族だけ、気の合う仲間だけで存在することもできない。

世の中が人類だけでは成り立たないのは当たり前だけど、世の中に多くの人類以外の生命体が存在している以上、彼らとのかかわりを持たずして人類だけで存在するということはなお一層ありえない。仮に地球上にもともと人類だけしか存在していなかったとしたら、人類は人類だけで存在が可能なように進化したはずで、現在の我々の存在は無かっただろう。

それと同じように、世の中に自分以外、若しくは自分達以外に多くの者が存在している以上、彼らとの関連の中でしか自分は存在し得ない。存在とは関連の中で初めて意味を持つものであり、関連が無いということは存在しないことと同じといっても極論ではあるまい。

また、我々はいつまでも心を閉ざすことはできない。理由は心は移ろうからであり、時間の経過が心を癒す。また、他と関連しあわなければ存在できないため、いつまでも閉ざした状態ではいられない。他人とかかわりを持つことは、時には大きな精神的負担を強いる場合もあるが、唯一他人とのかかわりの中にだけ生きる喜びを見出せるというのも真実である。

他人とのかかわり方を忘れてしまい、どうかかわったらよいか分からなくなった者は、観音菩薩にすがってみたらどうか。自分は観音菩薩のお力をお借りしてみたくなった。そのため、少しずつでも般若心経や観音経について学んでみようと思う。

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2004年 7月 16日

ご先祖に申し訳ないということとは何か

投稿者 by vulcan at 00:30 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

昔の人はよく「ご先祖に申し訳ない」というキメ台詞で子供の不業を嘆いたようですが、いったいこのご先祖に対する申し訳なさというのはどういった感覚なんだろうかとふと疑問に思った。

先祖が営々と築いてきた我が一族の繁栄ももはや自分の代でお終いで、その次以降は期待できない状況に陥らせてしまった親としての自分を恥じ、先祖に詫びたい気持ち、あるいはそうした気持ちを汲み取って子供に更生して欲しいという気持ちの表れでしょうか。

それとも先祖が守ろうとしている一族の血が、もはや守るに値しないほどに成り下がってしまったことを嘆き、それでも血を絶やさないために守ってくださるご先祖の愛に対して申し訳ないという気持ちが起こるのかもしれません。

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いずれにせよ、昔の親は先祖とのつながりを強く感じていたわけですが、代々同じ土地に住み続け、常に一族で問題を解決してきた時代にあってはそうした考えも自然というものですが、現代のようにどこが自分のふるさとなのかほとんど分からなくなってしまった時代にあっては、ご先祖とのつながりを感じるというのは至難の業なのかもしれません。

幸い我が家には親父が(小学生のときの夏休みの宿題で)作成した貴重な家系図があり、自分達に子供ができたことで祖父母・父母・我々・子という4代に渡る血のつながりを実感することができます。

この実感を子供たちが我々の歳になって感じることは更に難しい時代となっているでしょうが、ご先祖の愛無しでは幸せな人生をおくる(人生の節目節目に潜んでいる困難に打ち克つ)ことは難しいと思うため、BianはVulの母方の祖母より、HikaruはVulの父方の祖母よりそれぞれ一字もらうことで、彼らが将来先祖とのつながりを実感するきっかけになればと願っています。

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2004年 7月 15日

霊の存在について

投稿者 by vulcan at 00:34 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

自分には霊感がありませんが、霊が存在し、父方の祖母や母方の祖父を始めとしたご先祖の霊が自分達一族を守ってくれていると信じていますし、自分自身も霊的存在が五感を感知することができる物理的な身体を手に入れた存在であろう事もなんとなく信じることができます。

しっかりと背後霊に守られていると信じることができるので、自分自身(というかこの身体)をよその霊に乗っ取られるというか取り付かれるという心配もしておらず怖くありません。

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守るに値する人物でなければたちまち背後の霊があきれ果て、見放されるかもしれない。したがって、善行を尽くそうという気もおきます。

Bianは霊感があるかも知れず、祖父の葬儀の際に祖父が手を振っているのを見たようだし、須磨寺の(旧)納骨堂をひどく怖がって中に入るのを拒んだり(何の建物なのかわかっていないのに)、やっぱり何かを感じているのかもしれません。

これらは、祖父が死ぬ間際に自分が祖父に『死んだら我々の守り神となってくれ』と念じて頼んだことを祖父が承知してくれ、祖父も愛するBianを霊として見守ってくれており、Bianの身体に宿った霊は敏感に祖父の霊魂の愛を感じとったり、納骨堂に存在する怖い霊を感じて近づきたくないという感情が生まれたりするのかもしれません。

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2004年 7月 13日

Bianの仕事好き

投稿者 by vulcan at 01:07 / カテゴリ: 育児 / 0 コメント / 0 TrackBack

Bianは仕事が好きで、おそらくNamePの血を受け継いでいることがそうさせるのだと思いますが、甲斐甲斐しくHikaruにおもちゃをあげたり、あぶないと(Bianの基準で)判断したおもちゃをHikaruから取り上げて泣かせたり、電子レンジの完了の音に敏感に反応して開けに行ったり、散々広げたおもちゃを寝る前に片付けたり、その他にも色々自分で仕事を見つけてできることを進んですることが非常に好きのようです。

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ほめてもらうのが好きだからするというわけでも無さそうで、仕事をした達成感がたまらないらしく、これまた感心しています。

そうしたBianにとって旅行は苦痛かもしれません。

親のスケジュール感覚で行動が決定され、知らない土地、知らない建物、知らない部屋ということで勝手が分からず何をしていいのかが分からない。何もしないでいればつまらないし、何かすれば怒られ、何もしなければ何もしないで怒られ、踏んだり蹴ったりといったところ。

この年頃は親が頼むと反発したがるため、自ら進んで行動したがるように仕向けるのがコツなのですが、何がどこにあるかを把握しておらず、普段見たことが無いものが多く存在する旅先ではそれもうまく行かないようです。

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2004年 7月 12日

ペンション高気圧

投稿者 by vulcan at 01:14 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

ニセコについた日、ペンション高気圧の前を通ったときに『ペンション高気圧』の看板が無く、『スキージャパン』という看板に変わっていたことが気になりました。

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2年前にご主人がペンション経営が体力的にきつくなっていること、心臓を患っていることなどを口にしていたので、代が変わったのかと心配していたのですが、5月に電話したときにはそうした話も無かったのでどうしたんだろうと思い、そばうちが終わったあとに氏家さんにそれとなく聞いてみました。

すると、あのペンションはオーストラリア人に売却していたんです。

なんでも、最近オーストラリアではひそかにニセコがブームとなっているらしい。ニセコのパウダースノーは確かに一度味わうと忘れられないのだが、世界的に見てもめったに無い上質な雪質のようです。また、東洋的な雰囲気も味わえ、季節がオーストラリアと逆で時差もほとんど無いことなども人気を高めて、口コミで広がっているそうです。

とにかく、買ってくれる人がいるうちに売っておこうということになり、20年続けたペンション経営を辞めることにして、今後は3年前から本格的に始めたそばうちの指導に力を入れていくとのこと。

長くお世話になった『ペンション高気圧』には、もう泊まれないと分かってとても残念だし、今後どこに泊まればいいのかと途方にくれましたが、聞けば年も親父と同じだそうだから、そろそろ一線からは身を引き、適度に仕事をしながらゆっくりするのもいいと思いました。

そばうちの後は、ご主人の好意で近場の牧場に案内してくれ、NamePとBianが馬に乗り、ソフトクリームを食べ終わるまで付き合ってくれたり、勝手に摘んで食べても構わない苺畑を教えてくれたりと何かとお世話になりました。

2004年 7月 11日

そばうち

投稿者 by vulcan at 01:19 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

ニセコの『ペンション高気圧』というペンションには自分は4度ほど泊まっており、NamePは姉と二人で行っているので確か5度泊まっていると思います。Vul両親もVul達と一緒に2度泊まっており、そのうち1度はBianも生まれていたので、Bianも1度泊まった計算になります。

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いつも、3泊4日か4泊5日ぐらいは連泊していたし、Vul両親から一度高松の魚を贈ったことがあったため、5月に電話をしたときは名乗っただけでこちらが誰なのか分かってくれました。そうはいっても、毎日25人、年間100日も接客しているのによく覚えてくれているものだと思います。

今回の旅行もできれば『ペンション高気圧』に泊まりたかったのですが、「夏は今やっていない」ということだったので、ホテル日航アンヌプリに泊まることにしました。ホテルの案内に『ペンション高気圧』の主人が教える『そばうち体験』というものがあったので、いきなり当日でしたが、ホテルの人に電話して空いているかどうかを問い合わせてもらったところ、午後が空いているということだったので、急遽そばうち体験を行うことにしました。

すると、『ペンション高気圧』のご主人の氏家さんがホテルまで車で迎えに来てくれ、いきなりお土産をくれたのです。ホテルの人に予約客の名前を告げてもらったのですが、声を聞かずに我々だとわかってくれたのが非常にうれしく、改めて感激しました。

そばうちは、NamePはかなり期待していたようだし、Vul父はうどんを自分で打っていたころもあり、大のそば好きだし、Vul母は何でも新しいことにチャレンジするのが好きな性質なのでそれぞれワクワクしていたと思いますが、自分はというと(めんどくさそう)(がんばって作っても店で食べた方がおいしいだろうし)という気持ちであまり乗り気でなかったのです。が、氏家さんに会えたということだけがうれしかったし、師匠が氏家さんでなければもっと露骨に嫌な顔をしていたと思います。

ところが、先に結論を言えば、自分はとんでもない誤解をしており、北海道のおいしい水を使った打ち立てのそばがこれほどまでにおいしいものだとは思ってもいなかったのでびっくり仰天しました。また、そばの道の奥ゆかしさと変にごちゃごちゃ変化球を多投する昨今の料理と違ってきわめてストレートで簡素に磨き上げられた技が美しく、また師匠のそばに対するこだわり方にも共感するところが多く、要するに非常に素晴らしい体験をすることができたのです。

パンなども同じ理屈だそうですが、そば粉を練るときの水加減と水とそば粉の合わせ方が非常に微妙であり、その日の湿気を考慮して様子を見ながら水を加える様は生き物を扱っているようです。

そば粉と水とがうまく混ぜ合わさったら、今度は練りに入るのですが、これは陶芸に通じるところがあり、日本の芸術の素晴らしさを垣間見る気がしました。その後はそばを平たく延ばす工程になり、これもかなりテクニックが必要で、最後にそばを細く切って完成(実際はもっと色々ありますが)し、その場で2分ほどゆでて食べました。

通常(機械で作ったそば)だとゆでる時間は5分ほど掛かるそうですが、こうしてそば打ちしたものは余計な水分が含まれていないので2分で茹で上がり、その(3分)分だけおいしさが逃げないのでおいしいのだそうです。

確かに自分達で作ったという達成感を抜きにしてもつるっとした舌触りや、つゆ無しでもおいしく食べられたりと、手前味噌ながら本当においしいです。そばうちを自分でやってみようというにはまだ機が熟した感じがしませんが、もう2、3回氏家さんのところで教わるか、親父が先にはまって高松で練習できたとしたら、自分もそばうちを始めるかもしれません。幸い、今回のそばうち体験の一部始終をビデオに収めているので、何度も復習できるのが強みです。

2004年 7月 10日

北海道旅行

投稿者 by vulcan at 01:33 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

9日金曜日から13日火曜日まで4泊5日(ニセコアンヌプリ2泊、支笏湖2泊)で北海道旅行に行ってきました。

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夏の北海道は昨年利尻・礼文にクルージングで行ったので2回目ですが、2001年の夏は岩手・秋田・青森の夏祭りに行っており、津軽半島の寒さに震えてきたので、気分的には3回目な感じがします。

昨年のクルージングでは祖父母・母・伯母と一緒の旅行だったし、子供もBian一人だったし、宿泊は常に船内だったので荷物の持ち歩きも無くて(家から船、船から家へは宅急便)全然大変ではなかったのですが(太平洋の荒波にもまれた揺れを除いて)、今年はHikaruがおり、移動もあるし、Bianは自己主張する年頃だしで結構大変でした。

それでもVul両親と一緒に旅行できたので、子供の面倒を見てもらえ、また、あちこちBianの喜びそうなところへ連れて行ってくれたので助かりました。

それでもBianの年頃のホームシックは侮れず、少なくとも親子4人で旅行をするなら、移動無しの2泊か軽装での1泊がいいと思えました。

Bianも「北海道に行きたい」とか「気球に乗ってみたい」とか言っていてもそれがどういうことなのか理解できずにいる(「北海道」とか「気球」とかのキーワードを刷り込ませているに過ぎない)わけで、親が勝手に連れ回していることには変わらないので、美Bianが家に帰りたがったり、我がままを言ったり、駄々をこねたり、泣き喚いたりしても止むを得ないし、その責任は親の我々にあります。ましてや今回の旅行は、旅行前日のプール3時間によって熱中症で39度の熱を出し、そのままの状態で連れ出したわけで、全ての我がままを聞き入れてあげるぐらいの気持ちでイーブンでしょう。

そういう状況下ではあっても、NamePとしては、母親としての躾、義理の父母に余計な負担を掛ける申し訳なさ、2児の面倒を見ることからの疲れ、調子がいいときのBianならきちんと親が望むように動いてくれたのにという現実とのギャップ等の影響で、ついBianに厳しく当たってしまうようです。

しかし、人の気持ちや迷惑を掛けているかどうかなど、親の自分でさえ30を過ぎるまでは理解できないでいたのだから、そんな感性を期待するのは無理が過ぎるし、Vul両親は子供(特に自分の孫)が我がままを言うのは子供の特権なのだから止むを得ないと理解しているだろうし、多少の我がままを許せば皆が楽しく過ごせるのならその方が良いと思うだろうし、仮に迷惑だと思っているとしたら、参加しなければ良い訳で、少なくとも行きたくなくとも『行かない』という選択肢が無い子供に比べれば、『行かない』という選択肢を選ばなかった大人の方が譲歩するべき立場にあるでしょう。

Bianは家に帰れると分かったら本当に生き生きし、ベイタウンに到着したらそれまでの疲れが全て吹き飛んだかのようにうれしがり、帰宅するやいなやお気に入りのDVDを見てご満悦の様子で、本当に自宅が大好きです。NamePはお盆の3週間、BianとHikaruを神戸・高松に連れ回す計画を立てていますが、子供を連れ回しておいて、思ったとおりに子供が行動しないこと・我がままを言うことに対してしかりつけるのは親のエゴだし、Vulの試験勉強のためという名目は、Vulに文句を言わせない布石にはなっても子供の文句を抑えるには的外れであることをよく理解してから旅立って欲しいと思いました。

2004年 7月 09日

静かな会社

投稿者 by vulcan at 01:41 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

今日会社で面接を行った人からうちの会社が非常に静かでびっくりしたと言われました。

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そういえば以前NamePも同じようなことを言っていたし、多くの人が同様に感じているのでしょう。今の会社が研究開発型なのでそれぞれの研究者が自分の研究に没頭しており周りのことが気にならないという解釈は成り立ちますが、研究フロアだけでなく管理部門のフロアも同様に静かなのは説明がつきにくい。

となると、時間を大切に無駄なく集中して仕事をするのが好きで、だらだら仕事をしたり、遊び半分で仕事をするのが好きでない社長及び自分の存在が大きく影響しているのでしょう。

常に眉間にしわを寄せ、無駄話に花を咲かせている者に対して、冷たい視線か血走った睨みを効かせるという自分の存在が、にぎやかに仕事をする雰囲気を壊しているものと思われるます。

基本的な意識としては、にぎやかに仕事をする会社というのは、暇で儲かっていない会社、成長が止まった会社、無能な集団の会社というイメージがあります。営業部であれば、にぎやかな方が活気があって売上に対しても勢いがつきそうなのでそれもいいと思いますが、管理部門がにぎやかなのは、やはりちょっとどうかなと。

そんなことを考えていたら、今の会社に転職した理由の一つとして、無能な人間のいないエキスパート集団だということが大きかったことをふと思い出しました。大企業であれば優秀な人もいれば無能な人もいるわけですが、無能な人間と一緒に仕事をするのが嫌になった、という理由も少なからずありました。

そんな自分には入社当時10人に満たず、自分以外は全員が有能な研究者という構成に非常に魅力を感じたものです。しかしながら、会社も大きくなれば、エキスパートだけで構成するわけにも行かないわけで、多少効率が悪いと思えても、にぎやかにやりたい人達の気持ちも尊重していかなければならないのだろうと思うようになってきました。

自分一人の会社であれば好きにできますが、会社は色々な人が集まって協業することで成り立っているわけで、好みに合わない部分も受け入れる必要があります。それができないと、会社を大きくさせることなど到底無理な話でしょう。

30歳を過ぎて、色々な妥協を繰り返すうちに幾分か自分も丸くなったと思っていましたが、人の上に立つにはまだまだ乗り越えなければならない妥協が待ち構えていると思いました。

2004年 7月 08日

Bianの成長

投稿者 by vulcan at 01:47 / カテゴリ: 育児 / 0 コメント / 0 TrackBack

最近のBianは目を見張るほどの成長ぶりで、108ピースのジグソーパズルはとうとう3つ目に突入しました(3歳前)。

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買った初日からくみしやすいと判断した部分のパズルを寄せ集め、それらを組み合わせて部品を完成し、出来上がった各部品同士を合体させたり、2つのパズルをごちゃ混ぜにして、それらを2つに仕訳してからそれぞれのパズルに取り組むなど、かなりの高等テクニックをいつの間にか習得してしまっています(そういえば、ちょっと前の50ピースぐらいの幼児用パズルにはまっていた時分、枠無しでパズルを組み合わせるのに熱中していたこともありました)。

先日はプラスチックの幼児用ブロックで遊んでいるときに(このブロックを組み合わせてかなり上手に鉄砲(ライフル)を作り上げて遊んでいる)、一つの形につき赤青黄色の三色がセットになっていることに気がつき、同じ形ごとに綺麗に並べて遊び始めたり、先週教えた『泳げたいやき君』の歌詞もほとんどそらで歌えるまでに覚えてしまっています。

思うにVul譲りの推理力とNameP譲りの記憶力が組み合わさったようです。先日はNamePと買い物していたら子供のプロダクション関係者からスカウトされたそうだし(断ったが)、彼女なら学研、商売、芸能いずれを選択しても成功すると思われます。親ばかとは思いながらも、将来が非常に楽しみな逸材です。

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2004年 7月 07日

夜の散歩

投稿者 by vulcan at 01:51 / カテゴリ: 育児 / 0 コメント / 0 TrackBack

夏の夜は寝苦しい。子供は体温が高いのでなおさら。こうした時期、夜中に外を歩くと風が涼しくてとても気持ちが良い。Bianはすっかり夜のお散歩が気に入ったようで、『散歩に行ける』と思うと後片付けは率先して始めるし、見たいPINGUのCGも諦める。

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散歩といっても歩くのは自分で、Bianはおんぶか抱っこなのだが、10分ほどおしゃべりしながら夜風に当たって歩いていると大抵寝付いてしまう。

自分にとっても涼しくて気持ちがいいし、体力はつくし、Bianとコミュニケーションは取れるし、Bianの機嫌は非常に良くなるし、Bianも気持ちよく寝れるしで一石五鳥ぐらいの効果がある。

Hikaruが抱っこを要求するようになったとき、二人を同時に抱っこするのはさすがに厳しいので、時間をずらして両方面倒を見るか、NamePにも強要するか、目下思案のしどころである。

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2004年 7月 05日

HUSER

投稿者 by vulcan at 01:54 / カテゴリ: 駄文[住居] / 0 コメント / 0 TrackBack

日曜日に名古屋から東京に帰ってきたのですが、東京駅に3時半ごろついたので、駅前にあるHUSERのモデルルームを急遽見に行くことにしました。

モデルルームは110平米で金を掛けてない作りなところは、モデルルームはゴージャスなのが当たり前という感覚になりつつあった自分には新鮮さを覚えたが、そうはいってもあまりにも普通な作りなので内覧はすぐに終えて営業マンとHUSERのコンセプトについて色々話をしました。

とにかく広さを安く提供するというコンセプトのため、モデルルームは本社に一箇所しかなく、現地モデルルームはありません。したがって営業マンは総勢10名だけです。基本的に会員に対して販売するためチラシも打ちません。

安くするために徹底的にこだわっていて、床暖房、ディスポーザーは無いし、キッズルームやパーティールーム、ゲストルームなど住民間での不公平感の温床になりそうな無駄な共用施設も一切作らず、電気のスイッチぐらい今風にしてもよさそうなのにこだわりがあるのか非常に安っぽい仕様です。

外断熱工法や耐震などには力を入れているようで、デベは箱を用意するものという体育会系的な無骨な発想が伝わってきます。コンクリの柱や梁などがかなり室内を圧迫しそうですが、それでも130平米とか160平米もあればどうということも無いと思えてしまうのでしょうか。

とにかく図面だけで購入することになるので、かなり目を肥やす必要があると思います(他のマンションでもモデルルームを見たからといって実物を見たわけではないので同じことなのですが)。

2004年 7月 04日

次男邸

投稿者 by vulcan at 02:00 / カテゴリ: 駄文[住居] / 0 コメント / 0 TrackBack

親父慰労の会の二日目は次男邸に場所を変え、昼間は大きなプールをガレージに出し、海水パンツに着替えた自分と弟が子供に混じって楽しんだり、裏庭の畑でトマトをもいだり芋掘りをしたり、夕方はバーベキューをして、夜は花火をしました。

100坪あるとさすがに色々できるし、大人数で押し寄せても駐車場は4台分あるし、寝泊りも布団さえ持参すればスペースは十分あるし、玄関は広いし、こういう住まいも悪くないなと思いました。

しかしながら、さすがは名古屋の夏だけあって湿度の高い熱帯夜で寝苦しい夜を過ごし、蚊に8箇所も噛まれるなど、今の自分では耐えられそうも無い部分もあり、やっぱり海風が涼しく、蚊が来ないところに住みたいと強く思いました。

芋掘りも楽しいし庭があるのも悪くないけど、こうも蚊が多いと敵わないし、庭の手入れも手間とお金が非常に掛かるので、いいことばかりでもないように思います。

草の生えやすいこの時期に庭を手入れすれば間違いなく蚊にやられるし、NamePの嫌いな蜘蛛の巣とも毎日戦う羽目になるし。こうして年に何回か遊びに来るには非常に良いと思うので、次男邸が一戸建てであることは非常にうれしいのですが。

2004年 7月 03日

海風

投稿者 by vulcan at 02:03 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

金曜日は親父の退任を記念して知多半島の海風という温泉旅館に一族大人8名子供4名で泊まりました(妹の旦那が翌朝合流し大人は9名)。

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最上階露天風呂付客室『光源氏』からの見晴らしは素晴らしく、大広間のど真ん中で10名(赤ん坊2名以外)で贅沢に食事をしたり、全員殿様気分でわいわい過ごしました。

いきなりレトロな「トヨタクラシック」に乗った和服姿の女中さんが駅までお迎えに来てくれて、宿に着くととりあえず迎賓の間でお茶をたててくれました。

そこにつくまでの間に畳が敷き詰められたロビーや、石造りの廊下の両サイドに清流があるなど、非常に良い雰囲気です。人の金で泊まっていたり、我が家だけで泊まっていたら(こんな高そうなところに泊まらんでも)と思いそうですが、今回は名目もあるし、自分達のお金で堂々と泊まるわけで思う存分贅沢を堪能できました。

それからエレベータに乗って最上階(7階)に案内され、既に到着していた春日井組、両親、祖母と合流。部屋は10畳程度のベッドルームと同じく10畳程度の居間と更に10畳程度のお茶室があり、外には夕涼みの場所と露天風呂があって非常に贅沢です。今回は総勢12名だったのでもう一部屋(10畳間)を予約していましたが、一族で泊まる分には十分な広さです。

当初は写真をバシバシとって海風を紹介するコーナーを立ち上げようかと計画していたのですが、そうなると田舎もん丸出しになって女将や女中どもになめられそうなので、最上階の予約客らしい落ち着ついた雰囲気を醸し出す路線に変更しました。

Bianは久しぶりに従兄弟のG君と遊べたのがうれしかったようで、食事の間ずっと大広間を仲良くぐるぐる走り回っていたし、Hikaruも普段にないにぎやかさで、更にちやほやしてもらえるのがうれしいのか、非常に興奮していました。

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2004年 7月 02日

明日は温泉

投稿者 by vulcan at 02:07 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

明日は有給休暇をとって粛 海風という愛知県の知多半島にある温泉旅館に泊まって来ます。

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名目は親父の退任を慰労する会ということで両親、祖母、兄弟3人の家族みんなで泊まるのですが、記念に残る旅行にしたいということからどうせなら高級温泉旅館をという話になり、今では目的を忘れかけて単に高級温泉旅館でドンちゃんやりたいだけという盛り上がりになりつつあります。

とにかく、露天風呂付客室が予約されており、一体どんな部屋なのか非常に楽しみです(どの部屋になるのかはまだ分からない)。露天風呂では冷酒のサービスもあるそうで、温泉三昧でここのところの疲れを一気に癒してくれるでしょう。

帰宅後は日記で紹介するだけで飽き足らず、海風紹介のコーナーを立ち上げるかもしれない(期待を裏切らない旅館だとの評判なので)。

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