2005年 1月 22日

こどもの国

投稿者 by vulcan at 00:06 / カテゴリ: 駄文[住居] / 0 コメント / 0 TrackBack

肉離れをかばって歩行姿勢がおかしかったからか、腰痛がかなり深刻になりつつあり、ぎっくり腰に近い状態だ(トホホ)。

先日せきをしたらかなり腰に来て、くしゃみを一番恐れていたら昨日とうとうくしゃみをしてしまった(当然腰への負担は想像通り)。

そうしたなか、本日はNamePがセミナーに行くので子供二人の面倒を見ることに。そこで、腰痛サポートのためにさらしを腹部に巻いて対処した。

家にいてもつまらないだろうから電車で5駅+バスで子供の国に連れ出すことにした。バギーを押しながら駅まで歩く途中、Bianは張り切って走りすぎ、途中で抱っこを要求。仕方ないので肩車しながらバギーを押す羽目に。電車に乗るのも降りるのも、階段、エスカレーター全て二人を連れて行くというのは大変だったが、周りの人が気を使ってくれたり手伝ってくれたので助かった。

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こどもの国で、Bianはボールプール、滑り台、子供電車、オートバイ(100円で動くやつ)、アスレチックなどで遊びまくり、エネルギー全部を出し切ってしまいそうな勢いだった。帰りに二人とも寝られたらどうしようと心配したが、Bianの方は少しうとうとしただけで回復してくれた。

その他にも、ジャブジャブ池や芝生広場などがあり、あったかい日に来たら楽しそうだった。また、ゴーカートや貸しローラースケート(ローラーリンクとサイクリングコースのようなコース)などがあり、小学生ぐらいになるとまた別の遊び方で楽しめそう。

腰痛の方も悪化せず、子供も満足してくれたようで、なかなか有意義な一日だった。

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2005年 1月 18日

富士山

投稿者 by vulcan at 00:10 / カテゴリ: 駄文[住居] / 0 コメント / 0 TrackBack

この季節、電車の車窓から富士山が見え、富士山を見ただけで一日得した気分になる。おそらく江戸時代の人もあの富士山を眺めながら生活を送っていたはずであり、富士山を通して当時の人たちの生活に思いをはせる。

今日はひときわ快晴だったので期待していたところ、期待以上に富士山がよく見えた。富士山だけでなくその手前の山並みまでくっきりしており、そのコントラストが富士山の雄大さを際立たせていた。

エリストに入居したら、富士見通りの先に富士山が見えるはずであり、毎朝海の向こうの富士山を拝んでから出社できるとしたらとても素晴らしいと思っている。

2005年 1月 12日

VBA

投稿者 by vulcan at 00:12 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

先日、電子認証機能(認証、成りすまし、改ざん防止機能)、メール配信機能を備えた電子稟議システムに近い電子決済システムをExcelVBAで構築した。

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そのときあらためて思ったことが、ニーズが明確になれば開発はできるということだ(それも短時間で)。

特に今のインターネット時代では素材はいくらでもネットに転がっているし、掲示板で正しくニーズを伝えることさえ出来れば親切な回答者が多いので解決できない問題はほとんど無い。

Excelで電子稟議システムなど無理だろうと思っているうちはいつまでたってもできない。『多分出来ると思う』と信じ込めるかどうかが開発可能かどうかにつながるのだが、その前提として過去においていろいろなことにチャレンジしてきたかどうかがものをいう。

チャレンジしない人間はいつまでたっても伸びず、チャレンジし続ける人間は気がつけばとても無理と思っていたこともいつの間にか出来る域にまで到達している。

2005年 1月 11日

肉離れ後の初出勤

投稿者 by vulcan at 00:14 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

傷害発生後48時間以上経過していたとはいえ、安静が必要な状況には変わらなかったので、本日は駅までバス通勤した。バス停から駅までの歩行も既にかなり違和感があり、普通の人の倍ほど時間がかかった。ショーウィンドウに移るややびっこをひいた自分の姿を確認し、非常に情けない状態であることが分かった。

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朝方、患部を圧迫していた包帯がほどけかけていたので、そのまま取っ払って洗濯に出して出社したのだが、患部の圧迫をするしないでは歩行の際の痛み全然異なることが徐々に分かってきたため、会社の近くで急遽サポーターを購入した。サポーターの威力は素晴らしく、ようやくそれなりに歩行が可能な状態になり、なるべく無理をしないように心がけて仕事をした。

帰宅後、風呂に入るためサポーターを取ってみたところ、両足ともふくらはぎに血だまりが出来ていた。これが肉離れ後に現れるという『内出血部分が皮膚の表面に浮き上が』るという現象かぁ、などと感心しながらNamePに見せると、百聞は一見にしかずでようやく肉離れも侮ってはいけない怪我であることを認識したようだった。

2005年 1月 10日

両足大腿部肉離れについて

投稿者 by vulcan at 00:15 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 1 TrackBack

高松の両親邸にて近所の子供たちと遊んでいたところ、50メートル走を仕切ることになり、最初は計測係だったのだが、自分も走ってみたくなり、10年以上のブランクを忘れて全力疾走した。

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ところが下り坂でもあり、20メートル過ぎた辺りで足がもつれだし、25メートルから逆に上り坂になっていたのでここで硬くなっていた足首がバランスの崩れを吸収しきれず転倒。両手に擦り傷、勢いがつきすぎてそのまま顔面横から着地し耳たぶに擦り傷、眼鏡のフレームにもこすり傷、勢いで一回転してジャンパーとGパンに穴が開いた。

気がつくと、両手は血が回りすぎてパンパンにはれ、大腿部後部が両足とも肉離れで歩行困難、後で、右足首の捻挫、ふくらはぎに軽度肉離れ、背筋に筋肉痛などを引き起こしていることが分かった。

とりあえず、保護者役が務まらなくなったので妹婿にバトンタッチ。別件で泣きべそをかいて帰ってきたBianが自分の手から血が出ているのを見て(たいしたこと無いが)自分のことのように泣き出し(死にかけていると思ったようである)、胸が熱くなった。

母が応急処置で冷湿布と包帯で圧迫してくれた。これが非常に理にかなっており、後でネットで肉離れの対処法を調べてみたところ、48時間は損傷した筋肉からの内出血を止めることが重要で、この対処が傷害の予後を決めるようだ。

対処としては安静、冷却、圧迫、高挙(心臓よりも患部を上にする)の4つであり、母のおかげで全治3週間が全治1週間になると予感し、とてもうれしく思った。ちなみに、48時間経過後は温湿布に切替えるようで、48時間経過した現在はそれに倣っている。

連休2日目は皆で遊園地に行く予定であった。普段の自分ならついていくところだったが、48時間以内は安静に、肉離れは侮れない、という知識がついていたので、自分は家で安静にしておくことにした。この決断は非常に正しく、寝るたびに回復の手ごたえを感じることが出来たし、遊園地に行った家族の話では随分歩いたそうである。

今回の調査で、肉離れも筋肉痛も捻挫も突き指も、また骨折でさえも基本的に対処は全く同じでよいということが分かり、とても収穫が大きかった。今後子供たちが怪我をする機会が増えるだろうが、適切な処置を知っていることがきっと役に立つだろう。筋肉痛の重度が肉離れであり、部位が関節になると捻挫、指で起こると突き指ということで仕組みは同じと思ってよいようだ。

また、時々テレビでやっている幼稚園の運動会でこける父親像が自分も例外ではないことを思い知り、普段のトレーニングのあり方の重要性を再認識した。普段から階段の上り下り、ジョギングを行なっており、昔から足は速いほうであったので、過信があった。

テレビでもそうした人は気持ちは前に行くのに足がついてこず、硬くなった足首がバランスを崩して持ちこたえられずに転倒すると解説していたが、まさにそのとおりの状態だった。今後は足首の柔軟性と10メートルダッシュをトレーニングメニューに加えたいと思う。とにかく、もう一度50メートルを疾走してみたい!と、強く思った。

とにかく、肉離れについての知識が蓄えられ、将来訪れると思われる幼稚園の運動会への心構えが出来(娘に恥をかかせず、また、無様な格好をビデオに撮られずに済み)、また、人生の新しい目標が出来たことはとても大きな収穫で、今回は非常に良い経験だった。また、母の治療のおかげと怪我をしたのが3連休の初日であったことで、連休明けの明日からはとりあえずそれなりに歩行は可能な様子で、これもまた非常にラッキーだった。

2005年 1月 05日

社労士が不合格となって本当に良かった

投稿者 by vulcan at 00:19 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

11月16日の日記で社労士が惜しくも不合格(選択問題は科目別・総合点とも合格水準越え、択一問題は科目別では合格水準越えだが総合点で合格水準を下回った)だったが、そのお陰で『合格講義実況本』(2冊構成で1000ページ強)という良質な参考書に年末に出会うことができた。

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この本は講義形式で読みやすく、まさに流れるように知識が整理されて蓄積されていくことが実感できる。しかし、細かい点や過去問については一切触れておらず(『問題対策』という別冊で問題の取り組み方として一部取り扱っているが)、試験対策としてはこれらだけでは不十分である。

しかし、この不十分さの割り切り方がとてもよい。とはいえ総ページ数から推し測れるように、こだわるところ(受験生泣かせな難しいところ)については徹底的に深く掘り下げて知識の定着を図っており、強弱のつけ方が非常に優れている。また、良く練られた講義形式で構成も良い(同じことか)。

しかし他の本での勉強を経ずに、いきなり最初からこの本で勉強を始めていたとしたらどうだったろうかとふと考えると、おそらくあまりのテンポのよさにページは進むが何も頭に入って(残って)いないという状況に陥るのではないかと思う。

読み物としての面白さだけで終始してしまう危険を孕んでいるともいえる。そういう意味で、2度の受験を経て、それなりに用語についての基礎知識を持ち、あとは整理して記憶を定着させるだけ、という段階で、この本に出合えたことは非常に素晴らしいことだと思った。

知識が十分あると、これまでの知識がものすごいスピードで頭を駆け巡り、(ふむふむ、なるほど)と、どんどん読み進んでいく。ところどころ(ん?ちょっとまてよ)と読み返すところがあって、これが知識の定着にとても役立つ。何しろものすごいスピードでものすごい量の知識が頭を駆け巡るので、忘れる前に関連のある知識が頭を駆け巡り、両者が結びつくことで更に知識が定着するのだ。シャワーのように浴びることで知識の習得を加速させるわけだが、それを受け入れるだけの基礎体力が備わっていたということが非常に大きく、本当に不合格になって良かった。

重箱の隅をつつくところまでてんこ盛りの通常の参考書の場合、どうしても読み進めるスピードが低下してしまうので、知識と知識が結びつく前に前の知識が記憶の底の方に下りていってしまっており、(えーっと、確か前に覚えたところと関連があるというか、関連付けて覚えるといいんだけど、どこだったかなぁ)と非常に手間取って結局結びつかなかったり、比較一覧表になってあまりにも関連付け・整理がなされすぎて逆に覚えきれないというケースが多い。

おそらく、昨年ぎりぎり合格ラインを超えていたとしたら、自分は社労士で開業しようなどとは端から思っていないのであまりそれ以上の勉強はしなかっただろう。せいぜい法改正に関する知識を毎年更新していくだけだったと思う。ところが運良く不合格となったので、更に体系的に知識を吸収することができる機会を得た。今年の8月まで半年強、これまでの知識を整理して記憶に定着させることが出来れば、実務に役立つことこの上ないし、極めてプロに近い水準に達することと思う。『知識に裏打ちされた自信が醸し出すオーラ』を社労士分野においても発することが出来る日も間近だと思う。