2005年 2月 04日

胆力を練る

投稿者 by vulcan at 23:54 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

自分は何事にも動ずることが少ない、侍のような肝っ玉を持っていると自負している。

これは果たして、胆力が練られている証拠なのか、検討してみたところ、どうやらそうでも無さそうだ。自分が動揺することが少ないのは、単にいろいろなケース、立場を想定しており、大抵の現象が自分の想定範囲内に収まるからであり、やはり想定範囲外の現象が起こった場合には自分も動揺する。

また、自分には手に負えない場合の問題のかわし方を身につけているともいえるが、必ずかわし切れるとも限らない。

胆力を練ることと想定範囲を広げることとは似ているようで同じではないように思う。もちろん想定範囲を広げる努力は重要だけど、想定外の、身の危険を感じるほどの本当にどうしようもない窮地に陥ったとき、そこを切り抜けられるかどうかは、それと同等かそれ以上の窮地に自分の身を置き、そこから脱した経験があるかないかにかかっているのではないだろうか。

つまりハングリーに生きているかどうか、確たる原理原則を持っているかどうかだ。想定範囲を広げることはあたかも暗記事項を増やすことに等しい。暗記した箇所がテストで出れば高得点が取れるが、覚えていない事項が出ればたちまち成績は見るも無残な結果になる。

原理原則を重視した学習をしていれば、最高点は取れないかもしれないけど、どんなときも一定レベルの得点はでき、難問中の難問に出くわしても解決できる可能性が高い。

胆力を練るためにはどうしたらいいか。それは、ずばり失敗を恐れず、何事もチャレンジすることであり、特に苦手と感じる分野に対して意欲的に挑戦することではないだろうか。

(追記)
そういえば、昔、数千人規模の銀行から、当事数人だった今のベンチャーに転職する際、親父から内定をもらう前に辞表を提出するよう助言された。僅か5日ほどの期間だったが、職を失うかもしれないという緊張感が脳裏を走ったことを思い出した。

当時は『なるほど、それが筋だ』ということで、親父の助言に従ったわけだけど、今思えば、このことが僅かにでも己の胆力を練ることにつながっているように思い、親父に対する感謝の気持ちが沸いた。

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