2005年 8月 28日

突入せよ!「あさま山荘事件」

投稿者 by vulcan at 03:23 / カテゴリ: / 12 コメント / 0 TrackBack

この映画を観るまで、浅間山荘事件がなんだったのか、すっかり忘れてしまっていた。というか、これまで、あまり興味も持っていなかった。

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そんな自分にはこちらの解説は時代背景(連合赤軍の簡単な歴史)が分かって非常に役に立った。

また、上記公式サイトのBBSをのぞいてみたが、小学生でもあさま山荘事件というか、警察組織に非常に詳しい方もいるようで、ビックリするとともに、そりゃそうだよなぁと思った。

映画はなかなか良く描かれており、手に汗握った。原作や小説などもこれを機会に読んでみたいと思った。

そういえば、自分は宇崎竜童に似ていると言われたことがあったが、彼の姿を見て、ダイエットしなきゃなと思った(笑)

【2005/9/1追記】
後日、BookOffで佐々氏の原作を見つけたので買って読みだした。

安保闘争、赤軍派の興隆、三島由紀夫事件など、自分の生まれたころはなるほどこういう時代だったのかと感慨深かった。

2005年 8月 27日

うれしかったこと

投稿者 by vulcan at 03:37 / カテゴリ: / 5 コメント / 0 TrackBack

最近、『MovableTypeを活用して脱初心者!』に、このサイトが役に立っていることを知らせるコメントを頂きました。

サイトを作らなければ出会わなかった人に、サイトが役に立ったとフィードバックしてくれ、それを知ったときというのは、ちょっと鳥肌モノのうれしさですね!

さて、こうした件に限らず、うれしさというのは、多くなればなるほど人生を豊かにしてます。

会社で自分が役に立っているという実感を得るたびに、また、同僚が役に立っていることを伝え、同僚の貢献に言葉で報いるたびに、うれしさを味わいます。

アプリケーションの構築や文章の書上げ、その他一定の仕事を完成させたときに達成感といううれしさがこみ上げてきますが、これも、一人でするよりもチームで行った方がうれしさを共有できる仲間の存在によってさらにうれしくなります。

困っているときに、知らない人に親切にされるときがあります。あるいは困っている人に親切にするときがあります。こうしたときも幸せを感じます。

見ず知らずの外国人が一生懸命レジ打ちのバイトを頑張っていたら「頑張って」と声をかける、街頭でチラシ配りのお兄さんお姉さんからティッシュやうちわをもらったら「ありがとう」と声をかける、そうしたことでも幸せになったりします。

こうして考えると、コミュニケーションが大切だとあらためて実感します。言葉は本当に大事ですね。このうれしさを、世界中の方とやりとりできたとしたらステキですね。英語に苦手意識を持っていたとしても、感謝を伝えたり、縁を大切にした言葉を発したりしたら、きっとそれを聞いた人は下手な英語でも『うれしい』と思うでしょう。
英語の勉強も頑張りましょう。でも、下手でも使うことをもっと頑張りましょう。←自分

2005年 8月 24日

人生の目的

投稿者 by vulcan at 23:20 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

人の一生は長いが、それぞれの年齢で出来ることは限られている。ある年齢の間しか出来ないことやチャンスは一生に一度だけしか訪れないことも往々にしてあることで、また、いつそのときが来るのか予想がつかないことも多い。その瞬間瞬間を悔いなく過ごすためにはそれなりの準備と努力が必要で、日々精進、研鑽を積むことが肝要である。我々には、休息は必要でも暇な時間など必要は無い。人生は暇つぶし。暇な時間を潰し続ける者こそ、最高の人生が約束される。

これは、旧HPの冒頭に私が述べていた人生哲学です。正しい一面はあるかと思いますが、今、人生の目的に照らしてみると、いかがなものかと首をかしげる面もあります。

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つまり、これまでの自分の人生観は、自分が主体であり、自分を高めること、人の何十倍も活躍できる自分になること、人に尊敬され、自分自身をもっともっと尊敬できるようになること、そして自分自身への信頼、つまり自信を高めること、これこそが人生の目的であり、それが幸せを約束してくれる、という考え方でした。

こうしたナルシズム、自己愛は人生においてある程度の時期必要ですし、今後も適度に、あるいは一時期には非常に必要となるでしょう。こうした自尊心の塊のような人生観がなければ、世界一、日本一など目指せるものではありません。自分自身の限界に挑戦するには自分を深く愛する必要があると思うのです。

しかし、果たして、自分自身を高めることが幸せを約束するのかというと、どうもそうではないというのが最近の自説です。

何のための人生か、人生に果たして目的があるのかどうかわかりませんが、いい人生を送りたいと思うのは私だけではないでしょう。そして、いい人生とは何かと考えたとき、自分の能力を最大限に高めることよりも、もっともっと大事なことがあることにようやく気がついたわけです。

私以外誰でも当たり前だと考えていると思いますので、今更な話で恐縮ですが、いい人間関係をたくさん築くことがいい人生につながると思うのです。自分が心から思いやり、応援し、その人の幸せを願い、何らかの方面で助力でき、そして自分も同じように応援され、助力される関係、そうした関係を数多く築きあげることが人生の目的です。

したがって、多くの人を幸せにすることが、その人たちとの人間関係を強め、すなわち、自分の幸せになるわけですし、ある人を幸せにするためには、その人の影響によって自分が幸せになり、その人に縁のある人たちを幸せにすることであるということです。

まあ、このように書くと、ちょっと逝っちゃった人、という印象を与えてしまいそうですし、今はそう考えたとしても、実はフラッシュアイデアであって、しばらくしたら考えも変わってしまうかもしれませんので、このぐらいにしておきます。

2005年 8月 13日

社労士試験放棄

投稿者 by vulcan at 03:00 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

今月末に行なわれる社労士の試験ですが、放棄することにしました(笑)

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去年、もう一息のところで不合格となり、今年こそ合格しようと思っていましたが、特にここ数ヶ月の勉強量が不足しており、知識が定着していません。

あと20日ばかりですし、せめて受けるだけでも受けてみたらと思ったりもしましたが、すっぱりやめることにしました。

というのは、楽しくないからです(爆)

社労士の勉強も部分的には結構楽しめます。何といっても会社で起こっていることを法律的に説明してくれますし、各種給付金については、知っているといざというときに尊敬されます。したがって、試験をあまり意識しないで勉強することはこれからも続けたいと思っています。特に、『社労士学習メモ』を充実させ、社労士の学習をしている仲間を見つけることができればいいなと思います。

しかし、これまでの2年半、社労士の学習を優先してきた関係で犠牲になっていた部分も結構ありまして、これからの学習は犠牲を払わない範囲に止めるつもりです。子供と遊ぶことにもっと真剣になり、読みたい本を読み、やりたいゲームをやり、観たい映画を観て、Webサイトを充実させたり等いろんなことに満足しながら、社労士の勉強も気持ちのいい範囲でやっていきます。

特に、今は子供と思いっきり遊べる大事な時期です。この時期を逃し、子供が自分の交友関係を確立した後には、たまには親子で遊ぶかというレベルになってしまうでしょうから、勉強があるから子供の相手ができないというのは本末転倒だと思うにいたりました。勉強は、子供が親離れしだしてから力を入れても遅くはないでしょう。

したがって、これからお盆休みに入るという本日、社労士の試験を放棄することに意義を感じます。明日からの里帰りに、読むかどうか分からない参考書を持ち歩かなくて済みます。

この2年半、『勉強があるから』という今考えると理不尽な理由でNamePにもいろいろ迷惑をかけてきており、今後はそうしたこともないわけで、彼女も(この時期にスパッと止めたことを)喜んでいますし、私もうれしいです。

ということで、試験直前に敵前逃亡という今までの自分なら忌み嫌っていた選択肢ですが、あと20日であってもこのまま続けることは『主義にあわない』ことが判明したため、やめることにしたわけで、後ろめたさやもったいなさとかは全然ありません。

2005年 8月 10日

人生の目的ってなんですか?

投稿者 by vulcan at 23:19 / カテゴリ: 駄文 / 0 コメント / 0 TrackBack

人生の目的。普段、そのようなことはあまり考えないと思います。しかし、時として自分の人生にあせりを感じたり、嫌気がさしたり、変化を欲したり、つまり、人生について悩むときが来た際に、人生の目的がなんなのか、今一度考えてみることは意義があると思います。

私の人生の目的はなんでしょうか。それを考える前に、私が何を大切にしているかを挙げることで、整理されてくるのではないかと思いました。

・子供、子供との時間、子供の将来
子供を見ていると、あるいは子供の思考方法に触れると、非常に癒されたり、新鮮な感覚を覚えたりします。子供と一緒にいるのは楽しいですし、子供の成長は楽しみです。子供はいろんな思い出をプレゼントしてくれます。したがって、親子のふれあいをとても大切にしたいと思います。

・妻、妻との時間、妻の将来
今日の自分があるのは妻がいてこそです(逆もまた真なりでしょうが)。また、子供たちがのびのび育っているのも、bianが3歳にしてボケツッコミをマスターしているのも、自分が丸くなったのも、自分が子供と遊べるような性格になったのも妻のおかげでしょう。今後もお互いに高めあっていきたいです。

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・先祖とのつながり
子供ができたことで、先祖とのつながりをより強く意識するようになりました。そして、先祖に守られているありがたみ、先祖の祝福を感じます。先祖が我家の家族を守らないはずはないし、家族を祝福しないはずもない、という自信があります。それだけに先祖とのつながりを大切にしたいと思います。

・プライド、自尊心
これは、『大切にしているもの』というよりは、『大切にしていたもの』です。ある意味で、今の自分があるのはこれのおかげだと思っています。しかし、これからの自分にとってはいらないものかもしれないと思い始めています。プライドの高さ、自尊心の高さが向上心を生み、今日まで自己を高めてこれたのだと考えています。しかし、本当の人生の目的を考えたとき、もしかするとプライド、自尊心が邪魔となってしまうのではないかと思います。

・仲間
こちらは『大切にしているもの』というよりも、『これからは、もっと大切にしたいもの』です。どうすれば仲間になれるのかはまだよく分かりません。というか、分かっているようで分かっていない、あるいは実践できていないというべきか、とにかくまだまだです。この件については日を改めてもう少し考察してみたいと思います。

以上を勘案すると、自分が大切にしていこうとしているものに共通するキーワードは、『人間関係』あるいは単に『関係』です。これこそが人生の目的なのではないかと思います。つまり『よりよい人間関係を築く』ことです。

2005年 8月 07日

花火クルージング

投稿者 by vulcan at 08:52 / カテゴリ: / 10 コメント / 0 TrackBack

『千葉市民花火大会を船上で観せてくれる!』

なんとも魅力的なお誘いを受けました。

きっかけは、『海の日に半日クルージングを数百円(保険代だけ)で体験させてくれる』という案内が地域新聞に載っているのをNamePが見つけ、応募したことです。

既に人数が多くて締め切っていましたが、応募はがきにつづったNamePの情熱・ユーモア(?)が伝わり、船(10人乗りぐらいのヨット)のオーナーから電話をもらって、前日に千葉みなとに停泊しているので乗船させてくれることになりました。

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そこで、自転車(それぞれ子供を乗せて)をこいで千葉みなと(電車3駅!)まで行き、停泊中のヨットでオーナーのJさん他3名とお近づきになりました。

停泊中なのでやることはなく、フィリピン人(といっても日本に来て15年)のお兄さん(名前忘れた)がソーセージを焼いてくれたり、ビールをご馳走になったり、とてもリラックスしたムードで楽しかったです。

子供たちはJさんの犬(名前:毘沙門)に夢中で、Bianは「ビシャ~」と大喜び。また、小学校4年生のみすずちゃんが面倒見よく遊んでくれ、すっかり仲良くなっていました。

次の日(海の日)も本ちゃんのクルージングが終わるころを見計らって自転車で駆けつけ、この日はヨット仲間がたくさんいる中で、再び停泊中のヨットで楽しいひと時を過ごさせてもらったのです。


そんなわけで、お互いに楽しい印象をもったことで、花火大会のお誘いが来たわけです。

何事も、やりたいと思ったら『まず行動する』、『楽しい雰囲気を作りたければまず自分が楽しむ』というのをあらためて考えさせられましたし、相変わらずのNamePのアグレッシブなパワーに感謝しました。彼女と一緒にいることでどれほど恩恵を受けているか、数え切れるものではありません。

さて、今回は単なる乗船ではなくクルージングです。東京湾内とはいえ、波はあります。

まず、停留しているヨットまで進むための小型ボートに乗り込みます。小型ボートを軽く雑巾がけして、荷物を運び、いざ出発。今回は大人7名子供2名犬1匹。

今回は帆を張るようで、その準備が大変でした。折りたたまれた帆にかかっているカバーを外し、マストの上部にJさんが上り、ロープの付け替えを行なったり、命綱を船につけたり、いろいろやることはあるのですが、ヨットマンはJさんひとりのため、我々素人はJさんの指示をうけてあたふたと無駄に動き回るだけでした。

風が結構あったため、波もあり、船は上下に大きく揺れました。NamePも子供たちも、もともと車でも酔うぐらいなので、あっというまに船酔いして、グロッキー。一緒に乗船した他の二人も船酔いに。とても花火を楽しむどころではなかったようです。

自分は船酔いはしない体質のようで(お酒に強い人は酔わないらしい)、花火も楽しめたし、波にもまれ、水しぶきがかかるスリリングな航海を楽しめました(といって、東京湾から出て波が数メートルになったときに楽しめるかといえば、怖さが勝つでしょうが)。

とにかく、自分はロープワークも魅力的でしたり、男の世界という感じのヨットが気に入りましたが、幼児やNameP(特に今の)には厳しすぎたかなと思いました。