さて、最初の目的地は市原ぞうの国だ。
ここは、前回の房総半島旅行の際に、NamePが行きたがっていたのだが、雨で断念したところで、実は自分はあまり関心がなかったのだが、NamePは行けなくなったことをかなり残念がっていた。今回は、象に乗れるということが4歳になったBianにとっては非常に魅力的だろうと思ったので採用した。目的地設定はぞうの国の電話番号で登録できたので非常に簡単だった。
市原市までは迷うような道でもないのでナビの音声案内を行わず、音楽を聴きながら快適なドライブを楽しんだ。助手席のBianは適応能力が高く、早速ダッシュボードのCDを選択し、聴きたい音楽のCDを交換していた。シートベルトがされているので、手でダッシュボードを開けられず、器用にキックして空け、キックして閉めるという技も披露してくれた(笑)
市原市からは音声案内が導いてくれ、12時ごろ到着。入り口で動物にあげるえさを買い、Bianは早速キリンににんじんを、アヒルにキャットフードみたいなアヒルのえさをあげ、ご満悦状態だった。その後、ワニ、ヘビ、亀、サルなどを見て、猫と触れ合う小屋でしばらく過ごした。たくさんの猫が思い思いの場所でくつろいでおり、なでていると癒された。
その後、メインイベントのぞうさんショーが始まり、ビデオを回しながら鑑賞した。象使いたちの巧みな指示にもとづき、5頭の象が座ったり、足を上げたり、サッカーをしたり、絵を描いたりして我々を楽しませ、驚かせた。特にサッカーはものすごいキック力があり、人間が受け止めたら吹っ飛びそうだし、バスッというあのキック音を聞いたら思わず頭を抱えてしまうだろう。期待以上に象がいろんなことをしてくれたので非常に満足した。
その後、ぞうさんライドショーの時間となり、事前にチケットを購入していたので、BianとNamePは乗せてもらいに行った。Hikaruとタマちゃんと自分はお留守番で、Hikaruには申し訳なかったが、最近怖がりが増しており、怖がって乗りたがらないリスクがあったので購入を見合わせたのだ。
ということで、Hikaruはバナナをぞうさんにあげに行き、自分はタマちゃんを抱っこしながらHikaruをサポートした。バナナをあげられたことがとても感激だったようで、おねーちゃんがぞうに乗っているのをみても駄々をこねず、自分の息子ながら良く出来た子だと感心した。
Bianは小象に乗ったのだが、それでも想像以上に高く、怖さ半分、それでも非常に楽しかったようだ。
その後、遅めの昼食をとりに行ったのだが、ここで本日のお昼休みは終了。続きはまた明日。
日頃の疲れから、木曜日の晩に突然旅行に行きたくなったので、深夜にネットで下調べしたうえて金曜日に宿とレンタカーを手配して房総半島に旅行してきた。
最近仕事が忙しくて疲れていたし、その影響で育児を手伝えずにいたのでNamePも疲れが見えていたし、(疲れから)親が手を抜いているため子供たちもストレスが溜まっている様子で、いろんな意味で『悪い気』を追い払うための気分転換が必要だったわけだ。
というわけで、家族風呂のある温泉宿を探した。高い旅館は敷居も高くて落ち着けないので、小市民には小市民らしい宿がふさわしいと考え、【ペンション】をキーワードに検索した。いくつか候補があったが、この季節の房総はハイシーズンなので突然の予約は厳しそうだったが、神は我々を味方して、我々好みのカントリー イン ザ リンクスの予約が取れた。値段的には大人12,000円ぐらいで高すぎず安すぎずニーズにぴったりだったので即決した。
続いてレンタカーの手配で、金曜日の朝には、レンタル希望日時の24時間前を既に回っており、ネットでの予約は拒否されたのでリトル心配したのだが、予約センターに電話したら希望のクラスが希望の日時で予約できた。
金曜日は雨だったので天気が心配されたが、日曜日は雨になるものの、土曜日は晴れになるようで、実は、普段車のない生活の我々にとって、レンタカーをしたときが絶好の買い物日和なわけで、日曜日は新居のための買い物を目論んでいたので、雨は選択肢が狭まって判断が鈍らないのでむしろ喜んだ。
そんなわけで、土曜日の朝は7時に目が覚め(家族は寝ていたが)、ダイエットも兼ねて歩いて稲毛海岸の営業所まで車を借りに行った(45分)。車はホンダのストリームでカーナビが付いており、キーは電子ロックだったので、車種のことはあまりよく分からなかったけど、それだけで満足した(笑)。チャイルドシートは児童用、幼児用、乳児用が既にセットされており、助手席に児童用がセットされているところなど、Bianの満足顔が目に浮かぶようでうれしかった(笑)
本当に久しぶりの運転だし、6人乗りのワゴンなのでちゃんと車を転がせるか心配したが、車幅が広いわけでもなく、乗りやすい車のようで最初の心配もすぐに解消された。車をマンションに付け、家に戻ると、ナナナント連中はまだ寝ていた。多少むっとして皆をたたき起こし、皆が朝食をとっているあいだに、自分は(車とナビの)マニュアルに目を通し、いくつか行きたいと思っている目的地をナビに登録し、旅行中に聴こうと思っていたCDを助手席にセットした。ようやく出発したのが10時ちょっと前。
さあ出発しよう、と縦列駐車からフロントを30センチほど出そうとしたところ、自転車が側面を横切り、リトルびびった。スタート後1メートルも進まないで事故ってしまったらしゃれにならない。用心用心。
というところで本日のお昼休みは終わってしまったので、続きはまた後日。
私は幼少のころから「筋を通せ」「筋が違う」と、ことある毎にというのは大げさですが、結構な頻度で親父殿から『筋』ということを諭されてきました。当時は、(筋なんかそんなもん知るか!)と、理解に苦しむこの言葉に反発を覚えたわけですが、30年も生きてきますと、なるほど筋というものが人間社会の大切な財産なのだということが分かってきます。
そして、『筋とは何ぞや』ということを哲学するわけですが、『筋』というものがなんとなく理解し、身についてくると、まあそれで事足りるわけでして、『まっすぐに生きること』『自分に正直に生きること』という程度の理解でよしとしておりました。
ところが昨日、ふと『筋』というものを考える機会がありまして、次のような解釈を展開したわけであります。
▼続きを見る⇔折りたたむ▲親父殿が嫌うことのひとつに『言い訳』がありました。したがって、私も物心付いたころから『言い訳』は極力しないよう心がけ、そのため、弁解したい場面でも弁解できずにほぞをかむ機会も多々ありましたが、しかしながら、その反面、『言い訳』する必要が生じるような落ち度も減ったわけです。
それはそうとして、昨日の思いつきですが、『言い訳』することと、『理由』を述べることとは似て非なるものだということが、この年になって初めて核心を理解したわけであまり威張れる話ではないのですが、とにかく両者の違いが分かり、慧眼の境地に至ったわけです。
起こった現象を説明する道理に適った理由を説明することは、なんらやましいことはなく、聞く側もそれを望んでいるわけです。対して、『言い訳』とは、情状酌量の余地というようなもので、理由を説明しているわけではなく、『女々しい』ということになります。
まあ、それだけのことですが、私にとっては大発見だったので、恥ずかしい文章ですが、ご紹介した次第です。
ここのところブログの更新が途絶えており、申し訳なく思っております。
(あれ、ちょっと勘違いかな^^;)
最近仕事が激しく忙しい状態で、いいのか悪いのか分かりにくい状況なんですが、総合的に見ていい方向に向かっておりますし、何より自分を鍛える絶好のチャンスなので、日々業務に邁進しております。しばらくの間、割りと流しながらの仕事振りでしたので、久々に全知全能を傾けるに値するやりがいのある状況に幾分嬉々としながら、多分にオーバーヒート気味で多少疲れながらの毎日です。
ということで、何をやっているのかこんな書き振りでは何も伝わらないとは思いますが、そこは機密にかかわりますので、ご容赦いただき、とにかくVulcanはがんばっているようだ、とだけご理解いただければ幸いに存じます。
ということで、またいつ更新できるか分かりませんが、と言いながら、もしかしたら明日以降もノリで更新し続けられるかもしれませんが、一つ今後ともごひいきにしていただければと思います。よろしくお願いします。
11日は家族で初めてカラオケに行きました。
Bianは2時間マイク持ちっぱなしで、得意の『ガッチャマンの歌』は「もういっかい」攻撃で5回歌いました(笑)
▼続きを見る⇔折りたたむ▲『ガッチャマンの歌』『ガンバの冒険』『行け、ザンボット3』『宇宙戦艦ヤマト』『トムとジェリー』『まんが日本昔ばなし』など、なつかしのアニメソング中心で、普段歌い聞かせていたとはいえ、2番、3番などは初めてなのに、字幕のスピードに目が付いていくようで、素晴らしい言語能力と状況対応能力に感心しました。また、特に『ガッチャマンの歌』は親の自分が言ってもあまり説得力がありませんが、聞き惚れてしまい、思わず拍手喝さいしてしまいました(笑)
Bianがマイクを離さなかったのとは対照的に、Hikaruは2時間ずっと黙りっぱなしで、マイクを向けても手で払われ、一度もマイクを持ちたがらなかったです。普段なら好きな歌がかかると踊りだすのにじっとおとなしく座っており、異質な部屋で緊張したのか、あるいは圧倒されたようです。
タマちゃんは熟睡しっぱなしで、さすが三人目は普段から上の二人が大騒ぎの中で暮らしているだけあって、あれだけ騒いでも気持ちよく眠っていました。
NamePも5年ぶりにカラオケで歌えて喜んでくれたようです。
2005年4月20日のブログで我が家の家訓を定めた。これを今一度振り返る。
責任ある行動・発言は信用(信頼)を築く唯一の手段である。つまり、筋を通すことを常に念頭に置こう。
人生は一度きりであり、時間は逆戻りしない。つまり、何事も全力で挑戦し、悔いのない人生を送ろう。
可能性は無限大であるが、限界を作るのは自分自身。つまり、自分の可能性を信じ、限界を超える勇気を育むもう。
血は水よりも濃いが、家族の絆は当然には成立しない。つまり、家族を愛し、共に歩み、互いに助け合おう。
一所懸命でありさえすれば苦しみさえも喜びに変わりうる。つまり、毎日を真剣に楽しもう。
世の中は完璧、完全、純粋なものほど弱い。つまり、極端に走らず、常にバランスを重視しよう。
今振り返ってみても、我ながらなかなか良い出来栄えだと思う。追加したいことはないか、考えてみた。
人生の愉しみは真の友との交流にある。
つまり、相手を信じ、真心を持って接し、義理人情を大切にしよう。
友情を手にしたければ、与え続けることである。
つまり、一度や二度の拒絶に屈せず、勝ち得るまで試みよう。
人それぞれ役割がある。
つまり、分をわきまえ、己の長所を活かす道を歩もう。
2つめがいまいちだが、とりあえず今日のところはこれでよしとするか。
2週間高松のVul両親に預けていたのだが、一人でトイレに行って便座によじ登り勝手に用を足すし、何でも自分でやりたがるとVul両親をうならせていたようだ。
そしてこの2週間でアンパンマンのカルタをすっかりマスターしてしまった。パズルも何気にできちゃうし(16ピースだけど)、歌も覚えるし、意外に頭がいいのかもしれない。
▼続きを見る⇔折りたたむ▲また、この2週間で負けん気も強くなった。今までならBianがちょっと脅せば確実に屈していたのに、譲らなくなった。結局けんかになって二人とも泣く羽目になるので仲裁する方は大変だが、頼もしくなった。
ただ、謝らない。Bianもこういう時期があったような気もするので止むを得ないのかもしれないが、非を認めることを極端に嫌がる。俺に似たのだろうか?と少しドキッとする瞬間である...
タマちゃんが生まれて、2週間はNameP母が手伝ってくれ、その後1週間はVul両親が手伝いに来てくれていたのだが、それから2週間はBianとHikaruは高松のVul両親邸に預かってもらっていた。
この2週間の間、里心がつくといけないし、仕事も遅くまでやっていたので電話も控えていた。2年前、Bian一人で預けたときは、間の週末だけ顔を見せに行ったのが返って里心をつかせたようで、寂しくなって千葉に歩いて帰ろうとするわ、夜に悲しくてしくしく泣くわで、大変だったが、今年はHikaruと二人だったので、お姉さんのBianは気丈なところを見せていたようだ。
▼続きを見る⇔折りたたむ▲久々の再開で自分は土曜日に神戸に迎えに行き、Bian達もほぼ同時に高松から神戸入りした。会うと嬉しさで飛び付いてきた(一方のHikaruはあまり感動もない様子)。激しやすさの違いだろうか・・・
2週間で「そんなのいけんわ(いかんわ、駄目だ)」とか、「○○しとるけん(してるから)」などと高松弁も多少板についてきたようだし、三波春夫のオリンピック音頭をマスターしてきて笑わせてくれたり(歌の最後に「みなみはるおでございます」というセリフが気に入っている様子)、Hikaruとコンビでぶっ続けで楽しませてくれる。Bianが歌い、Hikaruはテンポにあわせて激しくシェイクして踊りまくったり、チョコマカと走り回る。腹を抱えて笑いどおしだった。やっぱり我が家はこの調子じゃないとと再認識させてくれた。
すっかりお風呂掃除が板につき、お風呂掃除が趣味になりつつある今日この頃だが、掃除したくてうずうずしているものだから、NamePがまだ入っていないのに、かまわずにお湯を抜いて掃除し始めることもあって多少弊害も出てきており、NamePも手放しで喜んでいるわけではない。とにかく風呂を掃除するのが楽しくて、掃除するために風呂に入るという感もあるのだが、毎日こまめにさっと拭き掃除することが大事だと考えるようになると、次に目が行くのはトイレである。下世話な話だが男は小便をする場合、立ったままするので、便器の水が多少なりともはねる。これを放置すると便座が汚れるわけで、今まで放置していたのだが、用を足した後にトイレットペーパーでさっとひと拭きするだけで清潔感が全然違ってくる。というわけでトイレ掃除も毎度の日課になりつつある。