2006年 8月 07日

ナルシシズムに支えられた向上心

投稿者 by vulcan at 23:37 / カテゴリ: 存在理由 / 0 コメント / 0 TrackBack

34歳と3ヶ月の間、つまり、今から2年前まで、私の根底に一貫して流れていたものは、『向上心』(現在の状態に満足せず、よりすぐれたもの、より高いものを目ざして努力する心)だったと思います。今は『向上心』を失ってしまったのかというと、そういうわけではありませんが、『向上心』は最重要のテーマではなくなりました。

何故『向上心(神?)』を信奉していたのかと振り返ると、「力を誇示したい」という欲望を満たすためです。常に他者に認めさせることのみに執着しており、認められることに喜びを感じていました。そして、認められるために、常に上を目指して、必死に努力していました。その結果、いろんな分野の知識を習得できましたので、20代と30代前半を生きるには悪くないキーワードだったのかもしれません。

しかし、冷静に分析してみると、認められることが目的であったため、どれもこれも中途半端というか、極めたものは無いに等しいことに気づきます。「それがゼネラリストというものだ」というのは強弁でしょう。一般的に、あるいは素人目に見れば十分極めていると見えても、達人の目から見れば素人の域を出ているとはとても言えません。それで良しとしたのですが、忙しいからというのが第一の理由ではなく、あとははったりで何とかなると思ったからです。

つまり、認められたいと思う相手は、達人ではなく、一般人だったと言うこともできます。まあ、達人に認められたいと思うぐらいの人は、一足飛びに達人になりたいと思うのが普通でしょう。

そんなわけで、かなり偏った『向上心』だったわけですが、それでもまがりなりにも向上できたのは、ナルシシズムに支えられていたからだと思います。当時の決まり文句は「流石、俺様」でした。ある意味で、亀田興毅に似た感性を持っていたことになると思います(テレビを見ないので彼のことはほとんど知りませんが、同じ匂いがします)。

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