2006年 9月 05日

代替医療

投稿者 by vulcan at 13:39 / カテゴリ: 存在理由 / 3 コメント / 0 TrackBack

昨夜、妻から『ホメオパシー』に興味があると言われました。「ホメオパシーって何だろう?」という状態だったので、早速ホメオパシーについて調べてみました。Yahoo!で検索すると約50万件、Googleで検索すると約67万件、homeopathyで検索するとYahoo!で約800万件、Googleで約1100万件と膨大にヒットしますので、情報量はこと欠きません。

そんな中で、十数サイトを閲覧し、概要はつかめてきましたが、ホメオパシーがカルトなのか、21世紀の包括医療、統合医療なのかは判然としておりません。ホメオパシーに関する俄か知識を仕込むには日本ホメオパシー振興会のQ&Aが有用だと思います。

一方、日本ホメオパシー医学会ではホメオパシーの危険性を述べていますが、レイホメオパス(医学的な資格を持たないホメオパシー治療従事者)の拡大による権威の失墜を危惧しての防衛策という印象があり、何か違和感を感じました。日本ホメオパシー医学会の研修を受講できる資格者は『医師、獣医師、歯科医師、薬剤師の国家資格をもつ医療者』に限定しています。

日本ホメオパシー振興会が運営しているハーマンアカデミーは38,000円のセルフメディケーションコースも用意されていますが、本格的に学ぼうとすると4年間、343万円必要のようで、アカデミーを卒業しても医師/獣医師免許が無ければ医療行為ができるわけでもなく、将来、民間資格が国家資格になるのを期待して待つほか無いようです。

343万円あれば、その道数十年の専門家に診てもらった方が安上がりでしょうし、間違いも少ないでしょう。費やさずに済んだ時間は別の自分にふさわしい事項に回すことができます。教養のために38,000円のセルフメディケーションコースを受講することは意義もあると思いますが、ネットの情報も膨大にあるわけですし、図書館でも色んな文献を借りられるでしょうから、お金を使うことを急ぐのもどうかと思います。

また、医師法、薬事法はややこしく、あまり深入りしたくない領域として普段は避けて通ろうとしているのですが、ホメオパシーに興味を持つ以上は避けて通ることはできません。

日本の医師法・薬事法とホメオパシー

とはいえ、ハーマンアカデミーにおいて、ホメオパスを、「森羅万象の摂理に精通し、自然の摂理・道理に基づくことによって病の状態をその人本来の健全な状態に導く者」と定義しており、治療に人生哲学・世界観を導入している点は、新鮮な印象を持ちました。しかし、よく考えると代替医療と呼ばれるものは多かれ少なかれそういった側面があるのかもしれません。

そんな調査過程の中でたどり着いたのが、漢方の温心堂薬局です。ここにたどり着けただけで、ホメオパシーについて調査した労力は全て報われ、大いに甲斐があったことを理解しました。

まずは、ホメオパシーに関する所感を読みました。一部を抜粋して紹介します。

ホメオパシー

とにかくこうして出来上がったものがレメディーというホメオパシー薬である。しかし実際はただの水なのだ。苦しい説明をするならば希釈し振とうし1分子残す操作によりもともとの物質の記憶を残し、それが治療効果を発揮するというのだ。まさに仮説に仮説を重ねた治療理論である。このレメディーは時に薬局の店頭に並べ販売もされている。普通に飲用する限り、水に副作用はなく同じく効果もない。

これこそプラシーボの典型であろう。しかしこれに学ぶところは多い。レメディーの製法は細かく厳しく正確な手順を踏まなくてはならない。まさに神々しい治療のための儀式なのだ。これで期待できるものは治療家と病者の思いが渾然一体となって発現するプラシーボ効果であると考えるのがもっとも妥当なところである。放置しておいてもやがて日々揺れ戻る体調や一部の軽い病気、精神的なストレスによってもたらされる体の不調は、副作用のないレメディーを使っても被害は少ない。

「かなり偏見に満ちた文章だな」というのが第一印象でした。しかし、筋も通っていますし、効果がないと言っているわけではありません。プラシーボについては、「では、動物に効くというのはどう説明するのだ」という反証がすぐ返ってきますが、プラシーボが『効く』という信念による効果だとすると、信念を持つのを患者に限定する必要は無く、治療行為をする人の信念であっても構わないのではないかと思います。一見ぶっ飛んだ論理だとしても、「この水を飲めば愛犬が息を吹き返す」と信じて飲ませば、犬にも思いが通じるというのは、感覚的には理解できなくも無い話です。

そんな感じで読み始めた『温心堂』ですが、ありとあらゆる代替医療について所感が述べられており、いちいちうなずかずにはおれません。非常にバランスの取れた人物であることがうかがい知れます。

以下、気に入った表現を引用します。

漢方医学

漢方薬がいくらか有効だとして、それを利用する場合、分量や煎じ方に注意がいる。更に剤形によっても効果は異なる。異なるような気がするというべきなのか。エキス顆粒と同じ処方の煎じ薬、丸剤、散剤でそれぞれ手応えが違ってくる。

漢方に20年余りの歳月を係って来た温心堂主人が効果について『気がする』という表現を使われているのは、非常に含蓄があると思います。一時は漢方を万能と崇めた温心堂主人が到達した境地がここには濃縮されて表現されているのではないでしょうか。

鍼灸

それぞれ相容れない理論で治癒例を重ねているのを見ると、理論は科学的法則ではなく教義に近いような気さえしてくる。「気」に関われば、奇妙な観念に取り憑かれ、その観念に基づく奇妙な治療が行なわれたり、カルト的になったりする。鍼灸のみならず代替医療に普遍的に見られる注意すべき点である。

気功

更に気功について是非述べておきたい事がある。気功に取り憑かれ「魔境」に入った治療家や同業者を幾人か知っている。気功の副作用を「偏差」という。偏差が認識できるうちはまだ魔境に入っていない訳だが、その認識も出来なくなるくらい気功に傾倒すると妄想が芽生えプライドだけが限りなく「神」の領域に近づく事になる。「気」という曖昧で未確認のものには、不可解で常識を逸脱した恣意が入り込みやすい。量子力学などと弄し理解不能なものを似非科学で説明されると、更に理解困難になる。そしてこの気功こそ魑魅魍魎の跋扈する巣窟でもあり、また魑魅魍魎にもっとも利用され易い療法かもしれない。理解不能な理屈や科学に騙され得体の知れない道具を買わされる。ただのブリキのペンダントに師の「気」が込められているとして法外な金銭を要求する。ただの水を波動水やイオン水と称したり、ただの粗悪な薬草茶を仙薬と称したり・・・まさに人の健康願望につけ入る見事な商売を展開してくれる。

気功の限界と効用と療法の実態を考えるなら、もっぱら内気の充実に徹し呼吸法でリラックスしたり、体を柔軟に動かすことで、自然と渾然一体となる爽快感を愉しむに留めておいたほうが賢明であろう。

恐らく『魑魅魍魎の跋扈する巣窟』という表現で想定している魑魅魍魎とは比喩であって、字句どおりの『いろいろな化け物』を指しているのではなく、邪悪な心を持った人々という意図であると思いますが、妖怪変化の類を指していると解釈することもあながち間違っていない気がします。信心深い人に対して、魑魅魍魎は取り入ろうとするわけですから。

マクロビオティック(玄米菜食)

MLに参加して感じたのは医学的根拠もなく、精神主義的指導で実際に病気が治った人が居る事である。プラシーボ、自然治癒力とあっさり言い切ってよいのか?偶然自然治癒力が生かされたに過ぎないのかもしれない。しかし治療家によってその偶然の自然治癒力を引き出せる人と引き出せない人が居るのは確かである。熟練の技術なのか才能なのか・・・適確な言葉が見つからない。代替医療に限らず西洋医学の医師にも認められる。誤解を招く表現を許してもらえるなら天性とか霊的(spiritual)とでも形容するにふさわしい能力をもった治療家である。治療法の如何に関わらず高い治癒率を上げうる治療家であれば、通常医療より期待がもてるだろう。諸々の療法も極めれば「癒し」という一つの境地で融合するのかも知れない。

アーユルヴェーダ

人の代謝パターンを3分類し(カパ・ビッタ・ヴァータ)、これが五大環境元素(地・水・火・風・空)と結びついていると解釈する。東洋は体そのものも自然の一部、内なる宇宙とよび、自然と同じ環境があると考えている。余談になるがこの3分類は、偶然にも心理学でクレッチマーやシェルドンが唱えた、人の体型と気質の3分類に酷似している。
※闘士型→てんかん気質、痩せ型→分裂気質、肥満型→躁鬱気質。

ホメオパシーについて調べているとあちこちで目にする『アーユルヴェーダ』についても所感が述べられていたので注目しました。そして、心理学者の斎藤 環氏による『石原慎太郎を精神分析する』(週刊朝日別冊「小説トリッパー2001年秋季号」)というインタビュー記事を、一月ほど前に読んだときの記憶が蘇ってきました。そこでも、ドイツの精神科医クレッチマーが提唱した「分裂気質・てんかん気質・循環気質」という人間の気質に関する三分類について説明がなされていたからです。

カイロプラクティック(整体術)

創始者・パーマー氏は「あらゆる病気の95%は椎骨のズレが原因である。」従って「椎骨を調整することにより、あらゆる病気をなおすことができる。」という理論を展開している。ところが、パーマー自身が病気になった時には、普通の医師の所へ行ったという。1952年刊 パーマー著1問1答カイロプラクティックの本に、こんなことが書かれてある。

Q:背骨の機能は何でしょう?

A: 1)頭を支える  2)肋骨を支える  3)カイロプラクターの生活を支える

3)の選択肢には思わず失笑してしまうが、案外3)が正解なのかも知れない。

電気・電磁波療法

熟練した治療家であれば、経験や勘で病気の一定の見当はつくものと思う。それを器械で検証するに過ぎない。と、言えないだろうか?O-ring testや波動計など意念に左右され易いものは、特に診断には適さない。この手の器械は鍼灸師やカイロプラクターを始めとする多くの代替医療の治療家が利用している。信じているから利用するのだろうか。器械の数字を示せば顧客は信じ込みやすいという一面はある。入力した情報と出力された情報とに整合性のないブラックボックスに高価な代価を払っていないか検討の余地がある。

これらを完全なビジネスとして原理もわからぬまま販売している人達もいる。MLMやマルチの形態をとることも多い。講習会に誘われたり、これを副業に始めると親類友人、知人、近所をも巻き込み金も人間関係までも失いかねない危険性がある。一握りの成功者を支えるために、野心ある無能者を必要とするのだ。

作業・芸術療法

汗を流したり好きなことをやっているとき、ストレスを忘れたり心が満たされるのはあり得ることだ。これは当然癒しに利用できる。精神科では古くから作業療法や運動療法という形で取り入れている。現在さらに細分化され絵画、音楽、陶芸、ユーモア音響、、、などの多種類の療法があり、一部にはその療法士の国家資格まである。そこまで必要があるのだろうか?

心地よい音楽を聴くのは安らぎをもたらす。好みの絵画を見れば自然に豊かな気分がわいてくるであろう。絵を描いたり、焼物を製作したり、また文章を書いたりすることも自己を表現し実現する癒しの一面がある。これらに触れることで安らぎ、楽しみ不快や苦痛をしばしでも忘れることが出来るだろう。リハビリの一環として何らかの作業療法を取り入れている医療施設は多く、きっと渇いた療養生活の糧となる筈である。これらの利点は副作用のないことである。作業によって得られた物を販売し利益がもたらされるなら生産の喜びも享受できる。いまでこそ○○療法と名が付けば有難く高貴に見えるが、これらは昔からあったし行われてきたことである。言葉を変えれば、所謂「気晴らし。」なのである。気晴らしに資格ある療法士が必要なのか?

アロマテラピー

例えば、食物が胃にもたれ胸が焼ける、といったとき芳香性健胃薬を服用すると、たちまちガスが動きだし、食物や胃の水分も動き出す。そのため食欲が増す、軽い胃痛が取れる、吐気が収まる、このあたりまでは効能・効果としてよいだろう。しかしこれによって食欲が出て、栄養の摂取ができ、疲労が回復し、それによって風邪が治った、筋肉痛が改善した、偶然肝炎が治った、尿量が増えた、、、こんなことを捉えて疲労回復・滋養強壮・感冒・筋肉痛・肝炎・腎臓病などに効くとは言えないのだ。解りきったことだが、この「春風が吹けば桶屋が儲かる」式の効能・効果を謳うのは殆どの代替医療に見られる属性でもある。アロマテラピーの効果といえば畢竟、冒頭で述べたようなファッション性あふれるリラックスと楽しさにある。オイルマッサージなら更にマッサージ効果も期待できるだろう。

信仰療法

これを全否定しない。お布施という治療費が、小遣いの範囲で融通できる額であれば副作用もなく治癒に導かれる病気があるかもしれない。癒しには神秘的な闇も必要と考えている。原因不明の病気が、どんな言葉であれ解釈が為されることは、治療家にとっても病人にとっても癒しの契機となる。時々、祈祷師のお告げと言っては漢方薬や薬草を買い求めに見えられる。その病気に適応しないだろう、、と思ってもとりあえず渡すことにしている。というのも、見当違いの薬で効いてしまうことがあるのだ。こんな事が繰り返し起ると漢方の勉強など要らぬ、効くという信念さえ研ぎ澄ましておれば良いのだと思えてくる。実際そうなのかも知れない。漢方用語の、気が神に、血が悪霊に、水が霊魂に翻訳されたとしても解釈は成り立つ。信じるか否かの問題である。通常医療も代替医療も治療家が信じるに足る言葉で医療行為を続けているのであろう。言葉を突き詰めてゆけば、実はそれほど実体や根拠がある訳ではない。免疫学と言いながら神や霊を笑えなかったりする事もある。

栄養補助食品

業界の問題は、これに留まらない。既述の電気・電磁波療法と同じく魑魅魍魎の跳梁跋扈する闇なのだ。80~90%はそうだという調査報告もある。ノーベル賞学者だとか医学博士などの推薦の言葉を冒頭に書き綴った立派なパンフレットに、会社の理念や社会的使命が書かれている。栄養補助食品に留まらず豊富なアイテムで、生活製品まで網羅する。そして利益率表が準備されている。つまり、マルチやMLMまたは一発屋の草刈場ともなっているのだ。半年分買えば30%割引。一年分買えば50%割引、、、こんな馬鹿な話に騙される人が居るのだろうか?...少数ながら騙される人は後を断たない。病気の人の情報を聞きつけ売り込みをかけたり、講習会に誘う。明らかに邪悪な販売員には警戒するが、販売員までも洗脳され信じ込んでいると手におえない。理性や科学が及ばないばかりか、友人や肉親の叫びにさえ耳を貸さない洗脳につくづく恐怖させられる。食餌で不足した栄養を補う必要があるとき、高額すぎるもの販売形態に疑いのあるものには手をだしてはいけない。健康に不可欠なのは栄養補助食品ではなく、栄養バランスの取れた食生活こそ不可欠なのだ。生きるため誰しも医学や栄養学の素人であってはならない。

リフレクソロジー

リフレクソロジーは反射帯療法といって体の部分に、体の全体に対応する部分があると考える。例えば手なら、体の臓器などに対応する、その部分を圧迫したりマッサージすることで診断、治療を行う。足の反射帯は有名である。ある教祖が足裏診断と称して高額のお布施を巻き上げた事件は記憶に新しい。これらの療法にも流行廃りがあり、テレビや雑誌に取り上げられると、にわか療法家や、にわか療術所が雨後の竹の子のように建ち並ぶ、少し遅れて治療院を開業した時には閑古鳥が鳴き営業は悲惨なものである。流行は最初の人だけが得をし、周囲の人が少し潤い、次からの人は苦汁を舐める。

クリスタルヒーリング

竹炭、トルマリン、チタンなどの癒し製品が出回り利用している人も多い。商品が違うだけでこれもクリスタルヒーリングの類似物である。療法として取上げるのに躊躇するくらい、胡散臭いものが沢山あるが、肩こり、不眠、腰痛が治ったという話もしばしば耳にする。効くという科学的裏づけがなくても「効くものは効く。」と思えば効くのである。しかしそのように思い込むのに一定の条件が要る。高価、美しい、疑似科学での権威付けなど、この療法の常套手段である。高価でなくて効果が得られるなら良いが、高価でないと効果がないと信じる人も大勢である。

生物学的歯科療法

歯の充填剤を非金属性の物質と取り替える治療法。現在の充填剤である水銀、錫銅、銀、亜鉛などは正体不明の歯の感染症を引き起こす毒素が含まれ、それが原因で内臓や生理機能に重大な健康上の被害をもたらす。「歯は臓器だった、、」という内容の本を書店で見かけ興味を持ったが、帯の推薦人に船井幸雄の名があったので、そのまま書架に戻す。氏は医学者ではなく経営コンサルタントなのだ。氏の絶賛するものはEM菌だったり脳内革命だったり....その殆どが根拠に乏しいオカルトビジネスやマルチ商法、一発屋ビジネスだったりする。

瞑想

瞑想で病気が治ることはない。しかしリラックスによるストレスの軽減は癒しの助けになるだろう。癒しは心の安定やストレスの軽減によってもたらされるが、逆にストレスや緊張の中でも癒しが起る。癒しそのものが複雑なメカニズムを秘めているのだ。必ずしも絵に描いたように満たされた条件のもとで癒しが起るとは限らない。怒り、涙の中で癒されたり、治療家への憎悪によっても癒しに向かった例を知っている。

1日10分でも瞑想の時間を持つと、それまで気づかなかった感性が動き出す。意外なものが聞こえてきたり、見えてきたり、日々変わる体調の変化にも気付きがおこる。難しい事を言うつもりはない。少し頭が重いとか、胃がもたれるとか、足が凝っているとか、他愛もない体調の変化は生きているという実感につながり生きてゆく為の支えともなる。

これだけでもすごい量ですが、これで全てではなく、更に、『オステオパシー』『手かざし療法』『サイモントン療法』『バイオフィードバック』『ゲルソン療法』『断食療法』『薬用人参』『サメ軟骨エキス』『光照射療法』『波動療法』『代謝療法』『腸管洗浄法』『酵素療法』『飲尿療法』と、徹底の仕方が並ではありません。

上記は一部の引用なので偏った印象を与えているかもしれません。全体を読めば、温心堂主人は代替医療を否定しているわけではなく、警鐘を鳴らしているに過ぎないことが分かると思います。何事もバランスが大切であり、究極の真理というのはありえないことをベースにするべきだと思います。西洋医学には西洋医学の良さがあり、欠点があるように、代替医療も完全ではありません。

西洋医学の精神は検証できたことをベースに理論を構築するため、カルトに走りにくいブレーキがかかりますが、代替医療はブレーキを掛けにくい性格を有していますので、より一層気をつける必要があると思います。とはいえ、西洋医学といえども、理論の出発点は主観に基づいた仮説であることが指摘されていることは付言しておく必要があるでしょう。また、理論で説明がつかない現象をすべて排除するというのは科学として二流であり、科学も究極はアートであると信じています。

さて、代替医療について一通り知識を詰め込んだ私は、他のページにも興味を持ち始めました。サイトマップを見るとすごいボリュームであることが分かり、とても一日で全てを読み通すことはできませんが、いくつか選んで読んだものはどれも興味深い内容でした。

そんな中で、『危険な話の終焉を祈って』は、「原発について改めて考えさせられた」という程度の感想では済まされない、逼迫した事態が進行していることを理解することができます。下記の引用を読んだだけでも、もう見てみぬ振りをしていられる状況ではないことが伝わってくるのではないでしょうか。既に、長々とした代替医療の説明を読んだことで疲れていることとは思いますが、私のように原発の知識が欠落していた人は、是非、この機会に、『危険な話の終焉を祈って』を読んで、原発について理解を深めて欲しいと思います。

添加物、農薬、ダイオキシン、環境ホルモン、狂牛病、、、危険な話は後を絶たないが、個人の努力で回避可能なものはまだ救いがある。核は人類の存続に深刻な問題を投げかける。兵器はもちろんだが、原発によって生み出された世界中の核物質が人類の終焉を決するかも知れない。就任後間もない頃のある休日、人通りの少ない歩道を歩るく知事を見かけた。多分、愛娘であったに違いない。子供の手をとり、買い物の袋を下げた姿に親近感を覚えた。この平和な光景と、いまに至っての決断との乖離に茫然としている。世界の人々や子供の未来を考えた上での同意だったのか。「技術や費用、電力需要の問題で実現は困難だろう」という学者や識者の話もあるが、そこに行き着くまでの安全に不安があり、見切り発進も懸念される。政治に対する無力感...「どうせ世の中こんなもの」と悟っても、諦めに徹することはできない。なにか私にできることはないだろうか、神よ知恵を与えたまえ。

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コメント

ホメオパシーについて色々と調べていただきありがとうございました。
私は「資格が欲しい」「収入が得たい」などは全然考えていません。
ただ「子供を育てる上で役に立つ知識であれば吸収したい」「後になってから”えーっ、そんなぁ!知らなかったよ!”とは言いたくない」という意識で、アロマテラピーやホメオパシーを勉強してみたいなぁと考えている次第です。
とりあえずは講座を受けるとかいう前に、良さげな本を買って自力で勉強します・・・(-_-;)
とはいえ「読む時間」が用意されないと、それすら難しいのかもしれませんが★

投稿者:  NameP   at 2006年09月06日 00:42

NamePから『ホメオパシー』について興味があると聞いたとき、
「自分の調査能力を駆使すれば、何か役に立てるだろう」
「見聞を広めるいいチャンスだ」
「夫婦共通の話題・価値観につながるのでかかわるのは意義がある」
「本を読んだりネットサーフする時間が育児で忙しいNamePにはあまり無いから、道筋をつけてあげた方が効率がいい」
という考えに至り調査を行ないました。
結果、『温心堂』という、長く私が求めていたサイトにめぐり合い、非常に得をしました。

私が関与することに関しては、『自分で苦労して調査したことによる記憶の定着化』というメリットをNamePから奪い取ることになってしまうことを心配しましたが、それは杞憂というものでしょう。

なぜなら、今朝の会話で判明したように、私といえば、昨日あれほど注目していた『ホメオパシー』であるにもかかわらず、一夜明けると「ホメ・・・なんだっけ?ホメオロジー?」とか言っている始末で、俄か知識は俄かに忘れるという典型例を示す人物であるのに対し、NamePは、「一度聞いていることなのに忘れてしまうなんて信じられない!」という人ですから。

つまり、記憶力の定着のために繰り返し、あるいは広範に調査する必要があるのは私の方であって、NamePは結果を記憶し、実践する役割を担うというのが、我が家の夫婦の役割分担だと思うわけです。

投稿者:  Vulcan   at 2006年09月06日 09:58

夫婦の役割分担で「記憶する人」と、「実践する人」に当てはめていただき、恐悦至極に存じます・・・(^_^;)
「ホメ・・・オロジーだっけ?ホメ・・・ロテラピー?」という「素の謎顔」には朝一番から笑わせていただきましたが、私のお陰で(?)温心堂さんに出会えて喜んでいただき、何よりの知らせでした。
ネットで調査するのは私は「割と不得意」です。余計なサイトで時間をくったり、検索を掛ける言葉がおかしかったりマッチしていなかったりと、イラつくことが多いので、サクッと調べた結果を教えていただけること、いつも大助かり!なのです・・・(*^_^*)
だから「ちょっとネットで調べたいことがあるけど手間が惜しいなぁ」という時に、「●○のこと、興味あるから調べたいんだよね~なかなか時間が許されないんだけどさ・・・」と皿洗い中に言うと、私が家事を終えてPC部屋に行ったときには「えっとね~、大体こんな感じだわ」と調べてくれている!という流れがとても嬉しいのです♪得意な人が不得意な人をサポートするというのは「分かち合い」の精神で素晴らしい仕組みだと思います!いつもありがとう!

その短縮できた時間でブログを更新しているようなものです。お陰様はこちらこそん♪(^-^)

投稿者:  NameP   at 2006年09月07日 00:02
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