2006年 10月 12日

きっこの日記の読書感想

投稿者 by vulcan at 09:37 / カテゴリ: 存在理由 / 0 コメント / 0 TrackBack

書籍版『きっこの日記』を読み終わりました。なかなか感想が書きにくいのですがトライしてみます。

私が『きっこの日記』を知ったのは耐震偽装問題で世の中が騒がれていた時期だったので2005年秋だったと思います。それ以前のログも多少読んではいましたが、過去ログを読むことに楽をさせない『きっこの日記』なのでそんなには読んでいませんでした。したがって、書籍版『きっこの日記』は、読んでいなかったログが多く取り上げられており、そういう意味では新鮮でした。

ところが、2005年秋以降の日記についても、新鮮さがありました。というのは、多くは斜め読みしていたか、読まなかったログだったからです。『きっこの日記』を日々読んでいると思っていましたが、実は選り好みをしていて、あまり関心のないテーマについては読んでなかったわけです。

次の特徴は、脈絡の起伏があまり感じられないというものです。これは、サンプラザ中野が言っているように「きっこはロックだ!」と普段から思っている我々にとって、かなり意外感があります。ハードパンチャーだと勝手に決め付けていたため、書籍版にもそうした傾向を求めていたのではないかと思います。

同様の趣旨で、メッセージ性があまり感じられないというのもあります。

いずれも書籍版『きっこの日記』をけなしているような感想ですが、そういう意図ではありません。ここでも、我々はあまりにもキッコ像を作り上げすぎているという反省があります。きっこはそうした期待を裏切ることが、我々のためだと思ったのでしょう。「自分は普通の人間だ」と言っているのではなく、祭り上げることの好きな日本人に対するメッセージかと思います。

いずれにせよ、起伏が少ないだけで脈絡はあり、メッセージが強くないだけでメッセージはあると考えます。

メッセージに関しては、やっぱり、きっこが普段から口をすっぱくして言っているように、「自分の頭でよく考えてほしい」というメッセージです。また、「一面だけ見ずに視野を広げてほしい」というメッセージも含まれていると思います。俳句のログを多く取り上げたのも、視野を広げてほしいと思うからであり、また、物事をいろんな角度で捉え、よくよく自分の頭で考えてほしいという思いがあったからではないでしょうか。

メッセージ、つまりテーマがそういうテーマであれば、起伏が小さいのもうなずけます。「北朝鮮はけしからん」とか、「コイズミは売国奴だ」とか、「いつまでも守銭奴どものいいようにはさせない」とか、そういった普段の『きっこの日記』に我々が読み取っていたテーマを訴えようと思えば、きっこほどの実力者なら、我々の感情をたぎらせるような脈絡をつけるのも造作もないことでしょう。

しかし、きっこは扇動者ではないわけです。我々がきっこに頼りすぎる嫌いが強いため、今ここでロック調を強めることはあまり良いことではありません。我々が自立し、自分で考えることができるようになったときには、きっときっこはもっと強いメッセージを訴えるかもしれません。

これが私の読書感想です。普段『きっこの日記』を読んでいない方が書籍だけを読むと、意図が通らないのではないかと余計な心配をしてしまいます。

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