2006年 10月 25日

教育基本法案比較検討(1)

投稿者 by vulcan at 13:43 / カテゴリ: 雑感 / 0 コメント / 0 TrackBack

教育基本法案について、比較検討し、個人的な所見を述べてみたいと思います。

まずは、「前文」、「目的」、「教育の機会均等」、「学校教育」、「教員」、「幼児期の教育」についての所見を述べます。

前文

現行法(教育基本法)

(前文)
 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

政府案(教育基本法案)

(前文)
 我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。
 我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。
 ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。

民主党案(日本国教育基本法案)

(前文)
 心身ともに健やかな人間の育成は、教育の原点である家庭と、学校、地域、社会の、広義の教育の力によって達成されるものである。
 また、日本国民ひいては人類の未来、我が国及び世界の将来は、教育の成果に依存する。
 我々が直面する課題は、自由と責任についての正しい認識と、また、人と人、国と国、宗教と宗教、人類と自然との間に、共に生き、互いに生かされるという共生の精神を醸成することである。
 我々が目指す教育は、人間の尊厳と平和を重んじ、生命の尊さを知り、真理と正義を愛し、美しいものを美しいと感ずる心を育み、創造性に富んだ、人格の向上発展を目指す人間の育成である。
 更に、自立し、自律の精神を持ち、個人や社会に起こる不条理な出来事に対して、連帯して取り組む豊かな人間性と、公共の精神を大切にする人間の育成である。
 同時に、日本を愛する心を涵養し、祖先を敬い、子孫に想いをいたし、伝統、文化、芸術を尊び、学術の振興に努め、他国や他文化を理解し、新たな文明の創造を希求することである。
 我々は、教育の使命を以上のように認識し、国政の中心に教育を据え、日本国憲法の精神と新たな理念に基づく教育に日本の明日を託す決意をもって、ここに日本国教育基本法を制定する。

前文というのは、条文ではないことから、これを根拠に法的規制が行使されることはありません。そのため、とかく軽視されがちですが、前文は理念であり、実は非常に重要な存在です。なぜなら、これを元に法体系が構築され、また、条文間で矛盾が生まれた場合に、裁定は理念に立ち戻って行なわれるからです。

理念に基づいて判断していくことが、一貫性・公平性を保つ唯一の方法です。そうなりますと、理念というのは分かりやすくあるべきであり、なにが言いたいのかが、なんとなく分かるが漠然としているというのは、あるべき姿ではありません。そういう意味で、民主党案は非常に理念として、つまり前文として優れていると考えます。

また、政府案では「個人の尊厳を重んじ」という表現を使っているのに対し、民主党案では「人間の尊厳と平和を重んじ」という表現となっています。尊厳という言葉は『とうとくおごそかなこと。気高く犯しがたいこと。また、そのさま。「人間の―を守る」』という意味を指し、個人の尊厳を重んじるということが、どういう状況を生むか、空恐ろしくなります。尊厳を与えるべきは、どうあっても人間でなければならないと思います。

総じて、政府案は、「前文など短ければ短いほどよい」という考え方から、きれいな言葉を並べて煙に巻いた印象を受けますが、民主党案は、何ゆえ、今、教育基本法を改正しなければならないのかが、すっと理解できる構成になっていると考えます。

目的

現行法(教育基本法)

第一条(教育の目的)
 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
第二条(教育の方針)
 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

政府案(教育基本法案)

第一条(教育の目的)
 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
第二条(教育の目標)
 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
1 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
2 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
3 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
4 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
5 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

民主党案(日本国教育基本法案)

第一条(教育の目的)
 教育は、人格の向上発展を目指し、日本国憲法の精神に基づく真の主権者として、人間の尊厳を重んじ、民主的で文化的な国家、社会及び家庭の形成者たるに必要な資質を備え、世界の平和と人類の福祉に貢献する心身ともに健やかな人材の育成を期して行われなければならない。

『目的』という字義は、『実現しようとしてめざす事柄。行動のねらい。めあて。』であり、一方、『目標』という字義は、『見てすぐわかるようにつけたしるし。』です。これに対して、前文で述べている『理念』という字義は、『ある物事についての、こうあるべきだという根本の考え。』です。なお、現行法で規定している『方針』という字義は、『めざす方向。物事や計画を実行する上の、およその方向。』です。

私が一番違和感を感じるのは、政府案が『目標』として挙げていることが、果たして『目標』たりうるかということです。目標とはマイルストーンであり、達成したのかどうかがすぐに分かる性質を備えていなければならず、そうしたものを欠いた場合、寝言に過ぎません。

教育の機会均等

現行法(教育基本法)

第三条(教育の機会均等)
 すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。
2 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によつて修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。

政府案(教育基本法案)

第四条(教育の機会均等)
 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
2 国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。
3 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。

民主党案(日本国教育基本法案)

第二条(学ぶ権利の保障)
 何人も、生涯にわたって、学問の自由と教育の目的の尊重のもとに、健康で文化的な生活を営むための学びを十分に奨励され、支援され、及び保障され、その内容を選択し、及び決定する権利を有する。
第三条(適切かつ最善な教育の機会及び環境の享受等)
何人も、その発達段階及びそれぞれの状況に応じた、適切かつ最善な教育の機会及び環境を享受する権利を有する。
2 何人も、人種、性別、言語、宗教、信条、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
3 国及び地方公共団体は、すべての幼児、児童及び生徒の発達段階及びそれぞれの状況に応じた、適切かつ最善な教育の機会及び環境の確保及び整備のための施策を策定し、及びこれを実施する責務を有する。
4 国及び地方公共団体は、経済的理由によって修学困難な者に対して、十分な奨学の方法を講じなければならない。

民主党は「民主党の憲法提言でも学ぶ権利の保障を21世紀の基本的人権と位置づけているが、新法でも、「学ぶ権利の保障」を明記したことは民主党案の特徴である。」と述べています。現行法や政府案に「学ぶ権利の保障」が込められていると解釈できますので、一見どちらでもいいように思います。

しかしながら、『義務教育』というのが、「子供には教育を受ける義務がある」という解釈を成り立たせようとしているかのような世情を鑑みると、声高に『権利の保障』を掲げるのにも肯けます。『義務教育』の字義は『法律に基づいて、国民がその保護する学齢児童・生徒に義務として受けさせなければならない普通教育。』であり、分かりやすく言えば「子供の教育を受ける権利を妨げてはならない義務」ということだと考えます。

学校教育

現行法(教育基本法)

第六条(学校教育)
 法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。
2 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。

政府案(教育基本法案)

第六条(学校教育)
 法律に定める学校は、公の性質を有するものであって、国、地方公共団体及び法律に定める法人のみが、これを設置することができる。
2 前項の学校においては、教育の目標が達成されるよう、教育を受ける者の心身の発達に応じて、体系的な教育が組織的に行われなければならない。この場合において、教育を受ける者が、学校生活を営む上で必要な規律を重んずるとともに、自ら進んで学習に取り組む意欲を高めることを重視して行われなければならない。

民主党案(日本国教育基本法案)

第四条(学校教育)
 国及び地方公共団体は、すべての国民及び日本に居住する外国人に対し、意欲をもって学校教育を受けられるよう、適切かつ最善な学校教育の機会及び環境の確保及び整備に努めなければならない。
2 学校教育は、我が国の歴史と伝統文化を踏まえつつ、国際社会の変動、科学と技術の進展その他の社会経済情勢の変化に的確に対応するものでなければならない。
3 学校教育においては、学校の自主性及び自律性が十分に発揮されなければならない。
4 法律に定める学校は、その行う教育活動に関し、幼児、児童、生徒及び学生の個人情報の保護に留意しつつ、必要な情報を本人及び保護者等の関係者に提供し、かつ、多角的な観点から点検及び評価に努めなければならない。
5 国及び地方公共団体は、前項の学校が行う情報の提供並びに点検及び評価の円滑な実施を支援しなければならない。

ここで、大きく指摘しなければならないのは、政府案が教育を受ける者に対して義務を課している点です。『重んじる』とか『重視する』という用語を使っていますので、規律違反をした者を即座に法律違反とすることには当たらないと思いますが、教育を受けることを望んでいない者が、意思に反して(親の顔を立てて)教育を受けている場合、規律を重んじる姿勢が見られない可能性が高いと考えます。こうした者は、考えあっての姿勢(行動)である場合もあると思いますが、本条文に基づき、『社会的落伍者』として排除する世の中が助長されるのではないかと危惧します。

教員

現行法(教育基本法)

[再掲]第六条(学校教育)
2 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。

政府案(教育基本法案)

第九条(教員)
 法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない。
2 前項の教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならない。

民主党案(日本国教育基本法案)

第五条(教員)
 法律に定める学校は、公の性質を有するものであり、その教員は、全体の奉仕者であって、自己の崇高な使命を自覚し、その職責の十全な遂行に努めなければならない。
2 前項の教員は、その身分が尊重され、その待遇が適正に保障されなければならない。
3 第一項の教員については、その養成と研修の充実が図られなければならない。

何ゆえ、『全体の奉仕者』すなわち『公僕』の言葉を政府案は取り除いたのでしょうか。『公僕』の精神こそ今の教育に必要なものであり、教育者に自覚を促すべき事柄ではないでしょうか。『公僕』というのは『国家の下僕』という意味ではなく、その字義は、『広く公衆に奉仕する者。公務員のこと。』であり、きわめて崇高な精神であり、現行法から継承すべき精神であると考えます。

幼児期の教育

現行法(教育基本法)

対応する条文なし

政府案(教育基本法案)

第十一条(幼児期の教育)
 幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであることにかんがみ、国及び地方公共団体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない。

民主党案(日本国教育基本法案)

第六条(幼児期の教育)
 幼児期にあるすべての子どもは、その発達段階及びそれぞれの状況に応じて、適切かつ最善な教育を受ける権利を有する。
2 国及び地方公共団体は、幼児期の子どもに対する無償教育の漸進的な導入に努めなければならない。

この点について、民主党は「現在、幼稚園や保育園に通う経験なく小学校に入学する子どもが一定割合存在しているが、すべての子どもたちがより円滑な就学を図るためには、幼児段階での社会化のための教育を行うことが有効であり、そのためにも、幼児教育の漸進的な無償化が必要だと考えた。」と述べています。

私個人としては、当初、子供たちを幼稚園に通わせることをせず、学校教育は小学校からで十分と考えていたのですが、幼稚園での教育も意義はあろうと考え直して、年中組から入園させる方針に切り替えました。

幼稚園や保育園に通うことが、それらに頼らない方法に必ず勝るとは、今でも考えておりませんので、これを義務化する流れだとすれば反対の立場ですが、広く機会を与えるための無償教育の導入ということであれば、理解できます。


民主党コメンタール

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