2006年 10月 18日

「導かれているな」という感覚

投稿者 by vulcan at 07:20 / カテゴリ: 存在理由 / 0 コメント / 0 TrackBack

ここ数ヶ月、時々私は、何かの力に「導かれているな」という感覚を味わうことがあります。大きく分けると二つの種類があり、一つは人間関係においてであり、もう一つは読書においてです。

人間関係においては、私が数ヶ月前に、とある目的のため「視野を広げたい」と思って以降、視野を広げるために「いろんな人の話を聞こう」という姿勢になり、普段「人間関係は面倒くさいから知人は少なくていい」と考えていた私ではありえないほどの方と知り合うことができ、そのお陰でいろんなことを多面的に考えることができるようになり、また、人間関係の楽しさが分かってきました。

人間関係の輪も広がっている感じなのですが、それも「Aさんを知ったことでBさんを知り、Bさんを知ったことでCさんを知る」というように、連鎖的なことが多く、「Aさんを知らなければCさんは決して知りえなかったであろう」ことを思うに付け、「導かれているな」という感覚に至るわけです。

読書においても同じようなものです。今までであれば好きな作家、興味のある分野の書物しか読もうとしなかったのが、やはり「視野を広げたい」というのがきっかけで、様々なジャンルに触手を伸ばすようになりました。但し、手当たり次第に読破するというのではなく、やはり連鎖というものがあります。AさんやBさんと知り合ったことで漠然と興味を持った分野の書籍Xをふと手に取ったことが皮切りとなり、その書籍で紹介されているYという書籍を読んでみたくなり、Yで取り上げられている事項とまた別のふとしたきっかけで手にしたZで取り上げられている事項との間に共通項があったりしたときに、ここでも「導かれているな」という感覚に至るわけです。

結局のところ、視野が広がれば、いろんな人に出会い、いろんな書物に出会うので、いつかはそういった「偶然の一致」を感じたり、「脈々とつながった連鎖」を感じたりするのでしょうが、わずか5ヶ月でそうした感覚に到達するというのは、「導かれている」と思うのも理解していただけるのではないでしょうか。

以下に、私が感じた偶然の一致の一つを紹介します。

先日、会社の書庫を整理していたら、4年前に贈呈された北尾吉孝氏の『人物をつくる』という書物が出てきました。頂いた当時は、北尾氏に対する偏見によって読む気がしなかったため、そのまま読まずにおいていたもので、すっかり存在すら忘れていました。このときは「北尾氏の人間学とはどのようなものか」と興味が沸いてきたので読んでみました。

北尾氏の直筆のサインがあることも判明し、今まで読まずにおいておいたことを申し訳なく思いましたが、読んでみて、北尾氏に対する見方も変わり、新たな興味を持ち得ました。

一つは道元の『正法眼蔵』に対する興味であり、もう一つは松下幸之助氏の『指導者の条件』に対する興味です。

早速両者を読むこととしました。『正法眼蔵』は、中野孝次氏の解説書を3週間かけて二度読みましたが、解説書であっても今の私にはあまりにも難解で、ちょっと歯が立ちませんでした。

一方、『指導者の条件』は指導者として備えるべき102個の条件が列挙され、それぞれに松下氏の解説がついています。経営者が備えるべき様々な資質をコンパクトにまとめているという意味で、経営者のバイブル的な書籍で、時々見返しては己の行動を振り返るのに適していると思います。

この『指導者の条件』のなかで、『訴える』という項目での解説に用いられた松代藩家老恩田木工(モク)の逸話と、『人を育てる』という項目での解説に用いられた吉田松陰の逸話には非常に感銘を覚えました。長くなりますが少し引用します。

訴える

十三歳で松代藩十万石の家督を継いだ真田幸弘は、十六歳になって元服すると、非常に困窮している藩財政を建て直すため、家老の末席にいた恩田木工を抜擢し、藩政の改革にあたらせることにした。
すると木工は、まず屋敷に家族親戚を集め、「今度こういう重責を担ったからには、自分は率先して徹底した倹約をしなくてはならぬ。しかしそれを家族や親戚のみなさんに強制はできない。ついてはこの際、妻を離別、息子は勘当、親戚とは義絶してこの仕事にあたりたい」といった。これにはみな驚いて、「いや、どのような辛抱でも、おっしゃる通りにするから、そんなことはしないでください」と嘆願したので、木工も喜んでそれを聞き入れた。

(後略)

これを読んだとき、思わず涙がにじみました。「果たして木工ほどの覚悟を決めることができるか」と己に問い正すと、うなるしか能が無さそうです。常日頃、正義を追い求める姿勢を貫いてこそ、初めて口にできる言葉だと思います。

人を育てる

吉田松陰は二十三歳の時、海外へ密航を企てて失敗し、捕らえられて入獄の身となった。この時、牢内には十一人の囚人がいたが、松陰はすぐに皆と親しくなるとともに、そこをお互いの教育の場としたのである。すなわち、松陰自身はみずからの得意とする、いわゆる四書五経の講義を行なうとともに、俳諧に詳しい人には俳諧を教えさせ、書道に秀でた人には書道を教えさせ、自分もそれを学ぶというようにした。それによって、今まで絶望的な雰囲気だった獄内が、みなそれぞれに自信と勇気を取り戻し、活気にあふれてきた。それが藩当局の認めるところともなって、ついに松陰を含めて全員が解放されるにいたったという。

(中略)

松陰は入獄の時、”かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂”という歌を詠んでいる。そうした国の将来を憂うるひたむきな思いが、囚人であろうと軽輩であろうと、わけへだてなく、人間としての価値に目覚めさせずにはおかなかったのであろう。

「この、”かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂”こそが、私の求めていた言葉だ」と感じ、本書を買った価値があったと思った次第です。

さて、その後、いくつかの本を間に読み、再び北尾吉孝氏の書籍を読む機会を得ました。図書館で借りてきた『中国古典からもらった不思議な力』がそれですが、巻末に記載された書籍紹介の中で『武士道』(新渡戸稲造著、奈良本辰也訳・解説)を見つけ、非常に惹かれるものを感じました。

その直後に、妻が、「新渡戸稲造の『武士道』を読んでみたい」と言ったので驚いたのですが、妻は、藤原雅彦氏の『国家の品格』を読み終えたところで、そこで紹介されている新渡戸稲造の『武士道』に興味を持ったそうです。

私も、2ヶ月ほど前に『国家の品格』を読み、「極論もあるが、本質的には藤原氏の思想は全て正しい」と感じていましたが、そのときは『武士道』にはそれほど興味を抱いておりませんでした。

そんなわけで、妻との意見の一致をみたことで、俄然読みたくなった『武士道』を、図書館で検索しましたが、貸し出し中とのことで、予約だけしておきました。その一週間後、図書館からはまだ予約の書籍が届いた連絡がなかったのですが、週末家族でブックオフに立ち寄り、そこで、求めていた奈良本辰也訳・解説の『武士道』と、『いま新渡戸稲造の「武士道」を読む』(志村史夫)が目に止まり、早速買い求めました。

後者は『武士道』をパラグラフ毎に区切って解説を施したもので初心者には読みやすく、先にこちらから読んだのは正解でした。奈良本氏の訳した『武士道』の方は、解説は後回しにして原著を先に示しており、原著の流れがつかめるため、これはこれで有意義なものですが、最初にこちらから取り組んでいたとすれば消化不良に陥っていた可能性が高いと思います。

そして、私が驚いたのは(というか私が如何に馬鹿かが窺い知れますが)、北尾吉孝の『中国古典からもらった不思議な力』と奈良本辰也訳・解説の『武士道』と志村史夫の『いま新渡戸稲造の「武士道」を読む』が、いずれも三笠書房の出版物であったことです。「三笠書房の出版物という共通項があったからこそ、ここまで辿りついたのだ」と、今思います。

ところで、『武士道』にはいくつもの教訓がありますが、その中でも目を見張ったのが、以下の部分です。

武士道は一の無意識的なるかつ抵抗し難き力として、国民および個人を動かしてきた。新日本の最も輝かしき先駆者の一人たる吉田松陰が刑に就くの前夜詠じたる次の歌は、日本民族の偽らざる告白であった。

かくすればかくなるものと知りながら
やむにやまれぬ大和魂

形式こそ備えざれ、武士道は我が国の活動精神、運動力であったし、また現にそうである。

さて、私の見出した『武士道精神』につながる『偶然の一致』は、まだまだあるのですが、ここまででもあまりにも長くなってしまい、「既に興ざめの域をとうに越した」と思いますので、このあたりで筆を置きたいと思います。

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