2007年 1月 22日

『戦国の軍師たち』堀 和久

投稿者 by vulcan at 20:38 / カテゴリ: / 13 コメント / 0 TrackBack

昨年の晩秋、弟に「黒田官兵衛の生き様に感化された」旨を伝え、次は「上杉謙信を読んでみたい」ので、良書紹介をお願いしていました。

基本的に歴史上の人物にはあまり関心を持って少年時代を送らなかった私は、上杉謙信が義に厚い優れた武将であるという程度の知識しかなかったのですが、一方で弟は、祖父譲りで少年時代から歴史小説が大好きであり、祖父からいろいろと日本の歴史を学びながら、書籍を借りたりもらったりしており、中でも上杉謙信を崇拝していましたので、きっといいアドバイスをしてくれるだろうと思ったわけです。

謙信に目が行ったのは、昨年夏に弟から『林泉寺(謙信が幼少のころに過ごした寺で長尾家の菩提寺)』と『春日山城』に行ってきたとの報告を受けたことがきっかけですが、昔から、私の名前が『ケン』で弟の名が『シン』なので、そんなつまらない理由ですが気に入っておりました。したがって、中日の川上憲伸も好きです(笑)

ちなみに、今、月に一回tenjin95和尚による『正法眼蔵』の勉強会&座禅に参加しているのですが、道元の『正法眼蔵』を勉強するのですから、当然、tenjin95様も曹洞宗の方で、『林泉寺』も曹洞宗ですから、これもなにやら縁に結び付けて考えたくなります。

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そんなわけで、弟は宅急便で『天と地と』(海音寺潮五郎)全五巻と『上杉謙信』(咲村 観)全三巻と『戦国の軍師たち』(堀 和久)を送ってくれました。

今は『上杉謙信』を読み始めたところですが、上杉謙信を依頼して、『戦国の軍師たち』を送ってくれるあたり、「流石は我が弟!」と感動し、先にそちらを読みました。

山本勘助(武田)、宇佐美良勝(上杉)、立花道雪(大友)、片倉小十郎(伊達)、山中鹿之助(尼子)、黒田官兵衛(豊臣)、島左近(石田)、明智光秀(織田)、松田憲秀(北条)、小早川隆景(毛利)、竹中半兵衛(豊臣)、真田幸村(豊臣)、鳥居元忠(徳川)、本田正信(徳川)の14名の軍師を取り扱っており、現代サラリーマンに置き換えながら評しているところなど、非常に面白く読むことができますが、中でも立花道雪と鳥居元忠の軍師ぶりには胸に響くところも多く、今この時期にこうした本を紹介してくれた弟に対して、非常に感謝している次第です。

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2007年 1月 16日

『豊饒の海』三島由紀夫

投稿者 by vulcan at 23:37 / カテゴリ: 存在理由 / 3 コメント / 0 TrackBack

ようやくのことで『豊饒の海』全4巻を読み終えました。

唯識の知識も乏しく、全編を通して触れられている阿頼耶識も全く歯が立たず、うわさどおりの非常に美しい文章に酔いしれたばかりでした。

なぜ今この時期に三島由紀夫の『豊饒の海』を読んだのだろうかと、その意味ばかりを考えておりましたが、おそらく自分に、「身を滅ぼすほどの自尊心を持ち続けよ」と鼓舞する一方、「過ぎた自意識によって身を滅ぼすな」と警告するために読んだのだろうと思います。

なお『豊饒の海』の感想をもう少し書こうと思いましたが、龍尾さんの感想を読み、恥ずかしくなりましたのでそちらを若干引用するに止めたいと思います。

 「豊饒の海」は主題が一貫しておらず、物語りとして破綻している。 しかし、それぞれの巻での主題のブレっぷりが三島由紀夫の内的な世界を表しており、 結果として俺は、その破綻っぷりに人間としての三島の誠実や限界が見える気がして、故に「豊饒の海」全巻を愛している。

なお、三島由紀夫が自決したのと私の生れた年とが同じ昭和45年であり、私が生まれた方が先であるというのは、本書的に言うと私が三島の転生ではないことを示し、安永透少年にかぶって考えてしまいます。

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【2007/1/17追記】
そういえば、透少年は『悪霊』(ドストエフスキー)に出てくるスタヴローキンに似ていると思います。スタヴローキンにはなりきれませんでしたが、そのスタヴローキンも何か、彼の目指す姿にはついになりきれなかった(それが何だったのかが分からなくなった)と思います。

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2007年 1月 16日

赤い不思議な毛糸のチョッキ

投稿者 by vulcan at 21:33 / カテゴリ: 育児 / 1 コメント / 0 TrackBack

先日、NamePの実家に帰ったとき、Bianが赤い毛糸のチョッキをもらいました。Bianはすっかり気に入って、寝るときにパジャマの上に来て寝ています。

そのチョッキはNamePの妹が使っていたものです。私が大学時代、NamePと付き合い始め、NamePの実家に遊びに行くと、一回り年の差のあるNamePの妹は、確かそのころまだ幼稚園で、私の好みのボーイッシュで可愛らしい女の子でした。今でもかわいいですが(フォロー)。

そのチョッキには名前が書いてあるのですが、話によるとAさんというNamePの実家の裏の家の女の子が当初使っていたものらしく、それをNamePの妹が譲り受けて、気に入って大事に使っていたもので、きっとBianが喜ぶだろうと思って今回くれたそうです。Aさんは震災の後、家を移ったらしく、その後の消息は聞いておりません。

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さて、そのAさんですが、実は私は知っています。というのも、NamePと付き合うきっかけとなったバイト先の塾において、NamePと付き合い始める前の大学2年生のときだったと思いますが、最初に受け持ったクラスのなかにそのAさんがいたからです。当時小学5年生だったと思います。とてもボーイッシュで私の好みの可愛らしい女の子で、ただ、とても甘えん坊で我儘で、授業も彼女に随分振り回され、苦労したといえば苦労しましたが、それはそれで楽しい思い出です。

そんなわけで、BianとAさんはボーイッシュで可愛らしく、且つ、我儘で、相当似ていると思います。ほかにも探せば共通項はもっと見つかるでしょう。

それで、Bianに「このチョッキは父ちゃんが大学時代に先生をしていたときの生徒の女の子が小さいころに来ていたらしく、その女の子は、ちょっと我儘で、可愛らしい、ドキンちゃんのような女の子だったんだよ」と言ったところ、Bianが即座に「じゃあ、Bianに似ているね」と言いました(流石)。

というわけで、ボーイッシュで可愛らしい、ちょっと我儘な女の子に受け継がれるという、赤い不思議な毛糸のチョッキが我が家にたどり着いたというご報告でした(笑)

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2007年 1月 15日

私がもっとも重視する事柄

投稿者 by vulcan at 22:35 / カテゴリ: / 13 コメント / 0 TrackBack

12月のある日、Bianと二人でお風呂に入る機会がありました。ここのところ、平日は夜遅いので子供達は寝付いていますが、その日は早めに帰ることにして「帰るメール」を打ったところ、Bianだけは風呂に先に入るのを拒否し、私を待ってくれていたのです。

ゆっくり二人っきりでお風呂に入りながら、幼稚園でのつらかったことを目を潤ませながらしみじみ語ってくれたり、私も5歳のBianを前にして、人生とは何か、生死とは何か、善悪とは何かといった小難しい話をくどくどと話していました(笑)

そんな折、Bianが次のようなことを言ったのです。

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「父ちゃんは、吉村家のリーダーなんだから、もっともっと子供たちの手本になるようになってね」

Bianの意味するところとは、時々私が教育上の理由から、しつけにうるさかったり、叱ったりすることが、子供心を傷つけるときもあるので、配慮して欲しい、というもので、だからといって方針を変更するのもどうかと思いながら、こうして指摘してくれるBianを大事にしなければと思いました。

そして、何より、私を最も鼓舞する表現を、5歳の娘が体得していることに対して驚くと同時に、NamePの教育の賜物と感謝しました。

年末年始、いろいろ考えた末、吉村家の血筋を絶やさないようにすることが私に課せられた何よりも大切な使命であり、聡明な子供たちを見るにつけ、親馬鹿ながら、吉村家の血筋が耐えるということは国家的な損失だと思うに至り、またこの点に関して父と見解が一致しました。

そうした要請から、子供三人ではまだまだ不足であり、四人目はもちろんのこと、NamePが許すならば五人目以降も望みたいと思っております。

そこから導かれる帰結は、NamePは引き続き専業主婦となること、たくさんの子供を立派に成長させる責任を果たすべく、私はしっかり稼ぐ必要があることです。

というわけで、自らを鼓舞している次第です。

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2007年 1月 13日

そういえば・・・

投稿者 by vulcan at 02:25 / カテゴリ: 存在理由 / 1 コメント / 0 TrackBack

11月26日の日曜日に白南天を買い求めました。

難を転じて福となす力があるとのことで、普通の赤い南天は結構あるのですが、白南天はなかなか見つからず、苦労してようやく見つけたのです。

思えば、あの日からいろいろな軽重の難事が起こっているようにも思え、且つ、そうしたことを境に様々な面で良い方向に向かっているようにも解釈でき、人生の妙味を思わずにおれません。