2007年 2月 21日

『上杉謙信』咲村観(1)

投稿者 by vulcan at 18:08 / カテゴリ: 存在理由 / 0 コメント / 0 TrackBack

本書は、経営における心構えに通ずるものがちりばめられており、歴史小説というよりビジネス書ではないかと私は思います。そうした思いを持って読み進めましたが、以下の著者後書きを読んで納得しました。二度繰り返し読みましたが、非常に含蓄があり、「なるほど、歴史小説とは歴史を紹介するのが目的ではなく、歴史を材料に著者の思想を訴えることが目的であるのか」と今更ながら気がつきました。

ともあれ、史実をひもどいてわたくしが感じたことは、戦国時代も現代も、人間の意識構造はかわらぬということである。
善人もおれば、悪人もいる。
虚々実々の駆引きがまかりとおり、利害を軸にして離合常なく、そのなかで弱者や無能力者が亡ぼされてゆく。
現代のサラリーマン社会に似たものをみたように、わたくしは思った。
同時に不透明時代を生き抜く術は、生き方はと執筆中考えさせられた。
それを謙信の言葉としてあらわしたのが、この小説でもある。
信玄の生き方がよいのか、謙信のそれが正しいのかは、判断の分かれるところであるが、この物語のなかから、現代社会に通じるものを読者が汲み取られ、処世観確立の一助にしていただけるならば、幸いだと思う次第である。

なお、本書の執筆にあたっては、元金沢大学教授、井上鋭夫氏著、「謙信と信玄」(日本歴史新書、至文堂発行)の記述から、多大の知識を得たことを、特に付記しておく。

昭和五十八年二月

咲村 観

本書は、『天の巻』『地の巻』『人の巻』の三巻構成であり、『天の巻』から紹介したいところですが、手元には後書きのある『人の巻』しかないので、趣向を変えて後から順に紹介することにします。私が感銘を受けたのはいずれも処世術に係る部分なので、後から順でもあまり支障はないと判断したのもその理由の一つです。

国主の地位に就いて以来、執念のように狙い続けた天下平定の夢は、これであえなく果てたのである。
”信玄の陣没といい、出陣を前にしてのそれがしの病といい、織田信長という武将は、幸運な男だ。
それがしは神仏の眼からみれば、信玄同様、歴史の一コマを彩る道化役者の武将に過ぎなかったのかも知れぬ”
諦めの気持ちとともに、思いがよぎってゆく。

いきなり死ぬ直前の場面ですが(笑)、信玄にしても、謙信にしても、信長にしても、秀吉にしても、歴史の一コマを彩る道化役者に過ぎないという見方をすると、感慨深いですし、気も楽になります。

「それがしも来年は四十九歳、いよいよ老境に入った。
合戦に明け暮れる生涯であったゆえ、普通人より或いは短命かも知れぬ。
しかし、それでよいのじゃ。越中、能登、加賀ほかの領国を得られただけでも、幸せだと思わなければならぬ。
天下取りの行方がどうなるかは、神仏のみぞ知ること、それがしが関知するところではあるまい。
ただ、やらなければならぬことは、生涯かけても果たすのが、人の道。
いまは率直に言って、そんな心境だ。」

『やらなければならぬことは、生涯かけても果たすのが、人の道』という一節に非常に惹かれました。信念の強さというものが、物事を、他人を、そして自分自身を動かす鍵だと思っています。

景虎の考えには、脱漏がない。
これまで指揮をとった合戦で、一度も敗れたことがないことが、それをあらわしている。
知恵の周りの早さと、勇気と果断さが、その原因であったが、”神は非礼を受けず”との人生観が精神的支柱となり、義のための戦いに徹する信念が、仏道への帰依とともに、その行動を規制する重要な要因をなしていたのである。

この点が、私が謙信を崇拝する所以であり、恐らく、私の弟も同様だと思っています。

「なるほど。殿の寛容さが、このような時期にわれわれの幸運となって帰ってこようとは・・・ともあれ、人間情けは施しておくものですな。
殿の生き方を手ぬるいと感じたときもございましたが、今にして思えば、それが正しかったと近頃になり、わかるようになりました」
「いかなる事態に見舞われようと、武将たる者、人の道をはずさぬことが肝要だ。
これは古今東西を問わぬ、理法でもある」

『正しさとは何か』ということを哲学した時期がありましたが、信念さえぶれなければ、どんな判断であろうと、いつかはそれが正しさとなるように今は思います。正しさなど無いのが本当であり、全ての判断は正しいというのも間違っていないと思います。しかし、信念がぶれているようですと、何をやっても、あらゆる判断が正しくないとなりえます。これが私の到達した結論です。

「やはり人間、そのときどきに、打つべき手は打っておくものだ。二十四歳のとき本願寺に礼を尽くしたことが、現在の困難な状況のなかで、これほどの成果をもたらそうとは、思いもおよばぬこと。
これで、信長の天下を覆し得る素地は整った。
あとは能登を制し、後顧の憂いなき状態に国内を固めて、上洛の兵を進めるだけだ」

22年前に打った手が今頃効果を示すというのは、人知の及ぶ範囲ではありませんが、何事もやるべきことをやるという心構えが、このような解釈を生み出すのだと思います。
何事も解釈である、というのがもう一つの私の結論です。事実は曲げられませんが、解釈はいかようにもなります。ポジティブに解釈することが肝要ですが、単なる能天気というのは反省すべきで、日々精進する心構えが伴わなければ真にポジティブにはなれません。精進していなければ、ポジティブに捉えてばかりいる自分が、実態と遊離してしまい、自分自身を信じられなくなるでしょう。
かく言う私も、時々自分自身を信じられなくなる、つまり、自信を無くすのですが。

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