2008年 1月 26日

新部署設立に向けて

投稿者 by vulcan at 00:40 / カテゴリ: / 11 コメント / 0 TrackBack

今の会社に入って8ヶ月が経ちました。相変わらず忙しいですが、嬉しいことがあります。それは、新しい部署の新設を許可されたことです。

「ITに特化したい」

これが私の願いでした。それをようやく確信することができました。

これまで、

(果たしてITに特化できるだけの技量があるだろうか?)

という不安を持っていたため、煮えきることができず、結果的に、【何がしたいのかがよく分からない】器用貧乏な位置づけに甘んじていた(安住していた)ように思います。

自分自身、何ができるのか、何がしたいのか、それがよく分からなかったために、【存在理由】のカテゴリーを設けて自問自答してきたように思います。自問自答しだしてから18ヶ月、37年目にしてようやく進むべき道が定まりました。不惑を前に定まって良かったです。

さて、以下の文章は新たな道を歩みだす門出に、つまり部署の新設に当たって、練りに練った綱領の序文です。ここに決意を表明し、不動のものとしたいと思います。

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支柱となる精神(神への誓い)

【設立趣意】
IT戦略推進室は、己のIT技術の向上と、それによる社会への貢献を志す者に対して、切磋琢磨を促し、自己を超越させる最適な修練の場として誕生した。
かような職場を守り、増大させることは、志を同じくする後進への義務である。我々は、収益の拡大、内部統制の強化、セキュリティの向上に資するため、次の使命を果たす。

【使命】
IT戦略推進室の使命は、情報と技術の精鋭集団を形成し、IT戦略・経営戦略の推進、及び全社的なIT武装化を図ることにある。

【基本精神】
『学ぶ価値のある知恵はすべて学べ 学んだ知恵を活かして行動せよ』

【理念】
我々はエレガントさを追及する。そして、我々のエレガントはアジャイルである。

【約束】
チームワークを優先し、個人プレーに陥らない。チームの勝利に勝る達成感はない。

アジャイル:経営環境の変化に迅速に対応できる柔軟な情報システムや、効率的なシステム開発手法

2008年 1月 06日

読書感想『ブレイクスルー思考』

投稿者 by vulcan at 10:36 / カテゴリ: 存在理由 / 0 コメント / 0 TrackBack

飯田史彦先生の『ブレイクスルー思考』を読み返しました。今回は、数々の飯田先生の著書を読んだ後での読み返しでもあり、また『転生の秘密』を読んだ直後だったこともあり、初回に読んだときとは違う感覚で読むことができ、有意義だったと思います。読書感想文を書く前に、ブログにて感想を整理しておこうと思います。

ブレイクスルーをもたらす五つの仮説

仮説1「人間の本質は、肉体に宿っている意識体であり、いわば研修所である物質世界を訪れては、肉体をまとって生まれ変わりを繰り返しながら成長している」

仮説2「人生は、死・病気・人間関係などのさまざまな試練や経験を通じて学び、成長するための、修行の場であり、自分自身で計画したものである」

仮説3「宇宙には、因果関係の法則が働いている」

仮説4「人間は、自分の成長のために最適な両親(修行環境)を選んで生まれ、夫婦や家族は、過去の人生でもそうであったように、未来の人生でも、夫婦や家族として身近に生まれ変わる」

仮説5「全てのことには意味や価値があり、全ての試練は、予定通りに順調な学びの過程である」

『転生の秘密』を読んだ今、仮説5に関しては一定の留保を求めますが(例外的な全くの偶然もあるにはあり、本書でもそれをブラックボックスとして片付けようとしています。また、学びを目的としている可能性は高いものの、カルマとして捉え、考察し、自省すべき場合も多くあります。)、その他の仮説は既に自分の中では公理(論証がなくても自明の真理として承認され、他の命題の前提となる根本命題。)だと思っています。

人生計画の方法

(1)「この時、A子さんに失恋する」「この日時に、この場所で事故にあう」「この年、この大学には落ちる」と、日時・内容・相手などを具体的に決めておく場合

(2)「この時期に、誰かに大失恋をする」「この時期に、大事故にあう」「この年の受験は、実力が発揮できずに、厳しい結果になる」などと、日時や内容を大まかに決めておき、あとは状況に応じて現象化するように仕組んでおく場合

(3)「思春期に、人生を左右するような大事件に巻き込まれる」などと、時期も内容もかなり大まかに決めておき、あとは状況に応じて現象化するように仕組んでおく場合

(4)「今回の人生は、とにかく波乱万丈な人生を送る」などと、全体的な方針だけを決めておき、あとは状況に応じて現象化するように仕組んでおく場合

正にロールプレイングゲーム的な発想であり、初期のロープレのように全ての日時と内容と相手が決まっていたものから、徐々に自由度が生じ、メインストーリー上必要な事項以外は体験するかどうかは任意になり、次いで、ストーリー自体が複数設定されたものが生まれ、更には環境だけ用意され、ストーリーは参加するプレーヤーの行動によって、あるいはホスト側の気まぐれによって変化するネットワーク型のロールプレイングゲームのようなものが生まれています。
「人生とはそのようなものだ」と思えばなるほど腑に落ちる点も多いものです。

ほんの一握りの人々を除いて、過去生カウンセリングに訪れる人のほとんどは、「因果関係の法則」を誤解しており、「過去生の過ちを罰する神秘的な力」だと考えていることが多い。したがって、自分の不幸を嘆く人は、「この惨めな人生は、過去生で誰かにひどい危害を加えたために、その報いを受けているのだ」と考えているのである。理知的な人々が、「過去生の『借り』を返すには、あと二、三回の人生が必要なんです」と話しているのを、よく聞くことがあるが、彼らは根本的なところで、「因果関係の法則」を誤解しているのである。

地球には因果関係の法則が働いており、あらゆる場面、状況を因果関係として捉えることができ、実際因果関係によって作用が生まれます。これが、何世代もの人生においても同様に因果関係の法則が働きそれをカルマと呼ぶわけです。そして、リーディングの記録などを読めば、上記のようにカルマには「過去生の過ちを罰する神秘的な力」があるものと解釈するのが自然だと思います。
しかしそれが根本的なところでの誤解だと言っています。どう誤解しているのでしょうか?
一つの鍵は、人生は自分の選択である点で、罰であっても自ら選んだ結果であることで、『報い』として受身で捉えている限り、何世代たっても抜け出せない業のようなものになるのではないでしょうか。自ら選択している以上、『報い』ではなく『困難な試練』であり、必要な学びを学ぶことができれば何世代も『報い』を受ける必要もなく、場合によっては今生において学びを終えて人生の途中から全く違った人生がスタートする可能性だってあるかもしれません。
そういう解釈なら誤解でないのでしょうか?

さて、『ブレイクスルー思考』を読み返した全般的な感想を述べます。

プラス思考やマイナス思考ではなくブレイクスルー思考ということで、プラス思考とどう違うのか、その違いにこだわりすぎていたのが一度目でした。今回は、『ブレイクスルーをもたらす五つの仮説』を前提に物事を捉えることが『ブレイクスルー思考』なのだと割り切り、結果的にプラス思考とかぶっていても気にする必要はないと思うことで気が楽になりました。

何のために生きているのか、何のために人生があるのか、そう考えるとき、「多くの感動を味わい、自分の存在価値を高め、後世に何かを残すことだ」というのが一般的な唯物主義者の理想ではないでしょうか。『ブレイクスルー思考』を読み、「今生だけでなく、未来生においても、多くの感動を味わい、分かち合い、素晴らしい体験を積み重ねるため人生がある」という考えを強くしました。そして、そのためには

成長するために最適な存在である人間

の特性を活かし、成長し続けることが大切であると再認識しました。

2008年 1月 06日

禁煙中

投稿者 by vulcan at 10:18 / カテゴリ: 存在理由 / 0 コメント / 0 TrackBack

疲れないからだを手に入れたいと願い、昨年5月ごろから固体水素なるものを常用しており、お陰で疲れにくい体となり、健康診断の結果もオールAで、体重もベスト体重に近づいています。

さて、そんな中、祖母との約束もあるため、そろそろタバコを止めたいと思っていました。

過去の禁煙の経験から、血液内のニコチンが不足することが原因なのか、禁煙初期は一日中眠く、とても仕事にならないことがわかっていました。そのため、ただでさえストレスが多く、休むまもなく働く必要がある会社なので、とても禁煙できる状態にはなかったわけですが、思いのほか冬休みが長く、更に冬休みの直前に三連休があり、最終日の12月27日は大掃除だけなので、ほとんど12月22日から冬休みみたいなものであるため、この長期の休暇を利用しない手はないと思っておりました。

そんな折、12月21日のことですが、休憩してタバコを吸いに出かけ、戻ってきたところを社長に見咎められました。意志の弱い自分を追い込むには好機と捉え、社長の命令もあったのでメールにて禁煙の宣言文を社長宛に送りました。

あれから今日で16日です。不思議にこの期間、初期においてさえ、タバコを吸いたくてたまらないという気持ちが生じず、本当にタバコを吸っていたのかと思うくらいです。初期の眠気は確かにありましたが、1週間ほどで随分ましになりました。今では眠気に襲われずに仕事ができる自信があります。

そのようなわけで、気を緩めるわけには行きませんが、ほぼ禁煙が成功したように見受けられるため、ご報告する次第です。

2008年 1月 05日

冬休みの課題図書

投稿者 by vulcan at 21:57 / カテゴリ: 存在理由 / 0 コメント / 0 TrackBack

うちの会社はちょっと変わった会社で、冬休みに課題図書が与えられ、A4で3枚の読書感想文が課せられます。

入社した際、同様に課題図書が与えられました。そのとき与えられた課題図書が飯田史彦先生の『生きがいの創造』でした。そして、今回の冬休みの課題図書は同氏の『ブレイクスルー思考』でした。

しかし、『生きがいの創造』を読んだとき、非常に感銘を受けたため、飯田先生の著書を片っ端から読み漁り、既に『ブレイクスルー思考』を読了しておりました。そこで、社長にその旨報告し、別の課題図書の指定を願い出ましたところ、ジナ・サーミナラの『転生の秘密』を紹介されました。

『転生の秘密』を読み終えたとき、同書を読み終えた状態で『ブレイクスルー思考』を読み返すことに意義があることを感じたため、『ブレイクスルー思考』を読み返しました。

さて、それぞれの感想文を書くにあたり、ブログに投稿しながら頭を整理しようと思います。

『転生の秘密』はエドガーケイシー(1945没)のリーディングを研究したジナ・サーミナラ女史(1984没)の作品で、初版は1950年です。

まずは、気に入った何箇所かについて引用しながら注釈を試みたいと思います。

「制度としての結婚は輪廻論者の見解から見ると、多くの人が考えているほど神聖なものではない。もし社会が結婚は解消してはならないとするならそれはそれでよい。もしまたそうでなくても、それも可である。宇宙法則はそのどちらの制度によっても邪魔されることはない。なぜなら、もし人がある生涯で負債を払うことができない場合は必ず他生で払わされるからである。人間が任意に設けた外的形式はトランプのルールと同程度の重要性しかない。結局、どんなゲームにどんな規則を設けようと大した問題ではないのである。なぜならその真価はゲームをする際の腕と正直さにあるからである。」

人生とはロールプレイングゲームだと考えることは非常に興味深いことで、様々な処世のためのヒントが得られます。ロールプレイングゲームには様々なルールや法則が存在し、それらに対するスタンス(Low、Neutral、Chaosな選択肢や、選択の首尾一貫性)によりグッドエンディング、バッドエンディング、様々なエンディングからふさわしいエンディングが選ばれます。
同様に、人生もどういうスタンスで臨むかが重要であり、ルール自体は神聖なものではないということでしょう。結婚制度に関して言えば、自分の今生における目的をよく考え、それに照らしてどういったスタンスをとるべきかを判断することが一番重要だと思います。
ロールプレイングゲームのいいところはやり直しがきくことであり、ルールや法則を解明することができることですが、人生だって輪廻論者の立場に立てばやり直しのきくものであり、ルールや法則も解明されつつあるといえるのではないでしょうか。

「結婚の相手は大昔から惹引力によって結ばれた者であることを悟り、どんなに希望の無い事態に陥ろうと、それは偶然ではなくて大我の意志によるものであることを悟り、不和の中で無私を通しての向上の機会があることを知るならば、離婚が全くのマイナスであることが理解できるのである。だが反対に、人間はいかなる制度によっても不健全で有害な歪んだ関係の中に奴隷化されてはならないことを、また改心せぬ利己主義という豚の前に無私の愛という真珠を投げてはならないことを認めるならば、離婚は他の法律上の契約の解消と同様、健全で穏健で分別のある手段であると思うのである。」

結婚相手との不和がひどく、非常に困難な状況であっても、相手とは過去世において何度も一緒に歩んだはずであること、大いなる創造的エネルギーの意志が働いていることに思いを馳せるべきで、困難に潜む意義・意図を読み取る必要があるわけです。
もしかすると過去世においても犬猿の仲、仇敵であったかもしれませんが、それを承知で夫婦となることを予め選んでいたとすれば、今生においてそうした因縁を解消させることをチャレンジ目標に設定しえているのかもしれません。しかし、ロールプレイングゲームにエンディングが一つでないように、チャレンジ目標を達成することが唯一の道ではなく、別の道を選んだ方がハッピーかもしれません。特に相手に前世からの利己主義を変えようとする意志が全くみられない場合、豚に真珠を与えるべきではないでしょう。

「理想の樹立はケイシーの適応の哲学にとって絶対必要な要素である。しかもそれは職業的な自己訓練には特に必要である。リーディングは、人は自分の理想を明示しなくてはならぬと主張する。具体的な思考を助けるためにリーディングは、一枚の紙に物質的、精神的、霊的の三つの欄を設け、その下にその各々の項目で自分の憧れとする最も高い目標を書くよう何回もすすめている。」

理想とする霊的概念というのが一体どういうものなのか想像することが難しいですが、霊的概念から生じる理想の精神的態度としては、自分自身のこととして『不撓不屈』、家庭のこととして『掛け替えのない拠り所』、仕事のこととして『エレガントさの追求』を掲げます。そして、次のような状態を物質的な理想として掲げます。即ち、「90代まで生き、家族や友人・知人の役にたち続ける。そのためにシステム関連の知識を貪欲に吸収し、いつまでも現役でい続け、来世にも役立つ技術として持ち越す。」

さて、『転生の秘密』を読み終えた全体的な感想ですが、エドガーケイシーという大霊能力者がどのような人物であったのかを正しく概略理解できたことは大きな意義の一つです。多くは飯田先生の著書と共通性のある内容で、輪廻は真理であることに疑う気はありませんし、死ぬ間際まで貪欲に知識を深めることの意義が見出せる輪廻観の有利性は否定の仕様がありません。

カルマに関しての内容が多く、飯田先生よりもより冷徹な内容も多く、その分公平な印象を受けます。しかし、カルマは非常に難しい概念であり、真理を知っている者以外の者がカルマを軽々しく論じることは控えるべきなので、論じないことにします。

「つまり以上七つの強力な推定証拠が、ケイシーのライフ・リーディングとそれが確認する輪廻の原理とを立証している。推定証拠は必ずしも結論的なものではないが、これは往々にして真実な場合が多い。地球は丸いという証拠も単に推論的なものに過ぎない。誰も地球の全体の形が丸いのを見たものはないのだから(注:『転生の秘密』の初版は1950年。最初の人工衛星の成功は1957年。有人宇宙船の成功は1961年。)。また原始の存在も推論的に知られているに過ぎない。誰も原始を見たものはない。しかもこの推論を頼りにして地球を一周することもできれば、原始爆弾を考案することもできるのである。したがって、リーディングが与えるこれらの推定証拠を基礎に本格的な輪廻の科学的研究を提案することは、あながち非常識なことではない。」

実際、自分の子供を見て、長女の賢さ、長男のひょうきんさやリズム感、次女の運動能力などを見るにつけ、天賦の才を感じずにはおれません。
自分にしても、分析好きの性格はきっと過去世において分析家だったときがあると考えた方が、幼少のころからの分析好きを雄弁に説明すると思いますし、自分の高所恐怖症は過去世において飛び降り自殺でもした経験があるのではないかと思うほど、特に幼少のころは高所から落ちる同じ夢を何度も見てきましたし、時々無性に、意味もなく飛び降りたくなる衝動と軽く戦ったりします(笑)
あるいは長女と長男の仲の良さ、時に理不尽とも言える長女の要求・命令を従順に受け応える長男の姿を見ると、彼らが過去世において無二の親友・夫婦・兄弟・親子だったのではないかと思え、そう思っていた方が多くのケースで得心が行きます。
というわけで、輪廻を前提に考えた方が納得しやすいことが多いのであれば輪廻を基礎に物事を考えるのは合理的でありますし、輪廻を前提にした方が前述のとおり有利でさえあるわけですから、躊躇すべきではないでしょうし、もしかしたら躊躇することは馬鹿な証拠かもしれませんよ(笑)

2008年 1月 05日

冬休みの思い出

投稿者 by vulcan at 20:36 / カテゴリ: / 10 コメント / 0 TrackBack

今年は12月27日~1月6日までと長い冬休みを頂戴することができましたが、その長い冬休みも残すところあと一日となりました。そこで、冬休みの思い出を綴っておこうと思います。

冬休みの初日の12月27日は家族6人でディズニーランドに行きました。9時過ぎに入場し、夜の10時まで12時間以上遊びまくり、子供4人を連れまわす親も疲れましたが、子供たちも疲れました。
生後3ヶ月のKyoro子は終日抱っこかバギーで寝かせられたまま、2歳間近のTamaっちはバギーで連れまわされることが多く、夕方には疲れて一眠りとディズニーを楽しむには早すぎましたが、キャッスルカルーセル(メリーゴーランド)には2回乗り喜んでいました。。
一方、4歳間近のHikaru君は身長的にもデビューにふさわしく、スプラッシュマウンテンビッグサンダーマウンテンスペースマウンテンガジェットのゴーコースターなどジェットコースター系を総なめし、楽しかったようです。
Bian姫はディズニー・ドリームス・オン・パレードやエレクトリカルパレード・ドリームライツ、ディズニーマジック・イン・ザ・スカイなどに感激し、ゲット・ザ・フィーバーカントリーベア・シアターイッツ・ア・スモールワールドジャングルクルーズといった安心して観れるアトラクションに喜んでいました。
その他、カリブの海賊トムソーヤ島ホーンテッドマンションドナルドのボートジョリートロリーチップとデールのツリーハウスバズ・ライトイヤーのアストロブラスターと多くのアトラクションを楽しむことができました。

12月28日は祖母、叔母、従兄弟が遊びに来てくれ、賑やかな我が家を楽しんでくれました。

12月29日はイズミヤに買い物に行きましたが、先日補助輪を取ったばかりのHikaru君が補助なしの12インチ自転車でイズミヤまで往復し、我々を喜ばせてくれました。

12月30日は家族でスキ焼パーティーをしました。

12月31日はTamaっちの2歳の誕生日で、昼は映画を見に行き、夜は鴨鍋を食べました。

映画は「たまごっち ドキドキ!うちゅーのまいごっち!?」で、候補は「ルイスと未来泥棒」「マリと子犬物語」「シナモン」などがありましたが、評判が良いのでたまごっちにしたところ、非常に良い選択でした。
何度も泣き所が用意されており、我々夫婦、Bian姫はもちろん、普段クールなHikaru君まで涙を流し、その姿を見てNamePなどは観に来て良かったと言っていました。

1月1日はおせち料理を食べ、稲毛浅間神社へ初詣に行きました。凄い混みようで1時間ほど並びました。前日、成田神社に行く提案もあったのですが、普段お世話になっている浅間神社に参るべきだろうという結論で浅間さんにしました。成田さんはもっと混んでいたでしょうし、勝手のわからない場所で長時間並んでいたら子供たちをあやすのが大変だったと思われ、浅間さんにしておいてよかったと思いました。

1月2日はHikaru君の誕生日で、アンデルセン公園に行きました。というのも、親の二人とBian姫の持っているアンデルセン公園の年間パスポートが1月2日で期限が来るのと、4歳から入場料がかかるため、言い換えればパスポートをGetでき、前から写真入のパスポートに憧れを抱いていたHikaru君には最高のプレゼントになると思ったからです。
アンデルセン公園では太鼓のショーを観て、ポニー、ミニSL、小動物との触れ合い、美術館での工作などを楽しみました。

1月3日は補助なし自転車で遠出をしようということで、新習志野のTOKYOインテリアに自転車で行ってきました。すっかり12インチは乗りこなしているので、いよいよ14インチに挑戦させようと夜は14インチ自転車の補助を取り、翌日に備えました。

1月4日はHiakru君の自転車を14インチにアップさせたところ、調子がよさそうなので、一気に稲毛海岸のイオンを経由してPAT稲毛まで行き、14インチアップのお祝いと称して回転寿司でお昼を食べ、ついでにSL広場で遊んできました。

1月5日はTamaっちとHikaru君の誕生祝として、恒例になっている不二家レストランへ食事に行きました。ここは誕生日前後1週間の人がダンシングペコちゃんに誕生日を祝ってもらえるイベントがあり、子供たちの憧れになっている店なのです。

そんなこんなで、あっという間に過ぎていきましたが、非常に楽しい毎日で、充実した冬休みを過ごすことができました。