2008年 1月 05日

冬休みの課題図書

投稿者 by vulcan at 21:57 / カテゴリ: 存在理由 / 0 コメント / 0 TrackBack

うちの会社はちょっと変わった会社で、冬休みに課題図書が与えられ、A4で3枚の読書感想文が課せられます。

入社した際、同様に課題図書が与えられました。そのとき与えられた課題図書が飯田史彦先生の『生きがいの創造』でした。そして、今回の冬休みの課題図書は同氏の『ブレイクスルー思考』でした。

しかし、『生きがいの創造』を読んだとき、非常に感銘を受けたため、飯田先生の著書を片っ端から読み漁り、既に『ブレイクスルー思考』を読了しておりました。そこで、社長にその旨報告し、別の課題図書の指定を願い出ましたところ、ジナ・サーミナラの『転生の秘密』を紹介されました。

『転生の秘密』を読み終えたとき、同書を読み終えた状態で『ブレイクスルー思考』を読み返すことに意義があることを感じたため、『ブレイクスルー思考』を読み返しました。

さて、それぞれの感想文を書くにあたり、ブログに投稿しながら頭を整理しようと思います。

『転生の秘密』はエドガーケイシー(1945没)のリーディングを研究したジナ・サーミナラ女史(1984没)の作品で、初版は1950年です。

まずは、気に入った何箇所かについて引用しながら注釈を試みたいと思います。

「制度としての結婚は輪廻論者の見解から見ると、多くの人が考えているほど神聖なものではない。もし社会が結婚は解消してはならないとするならそれはそれでよい。もしまたそうでなくても、それも可である。宇宙法則はそのどちらの制度によっても邪魔されることはない。なぜなら、もし人がある生涯で負債を払うことができない場合は必ず他生で払わされるからである。人間が任意に設けた外的形式はトランプのルールと同程度の重要性しかない。結局、どんなゲームにどんな規則を設けようと大した問題ではないのである。なぜならその真価はゲームをする際の腕と正直さにあるからである。」

人生とはロールプレイングゲームだと考えることは非常に興味深いことで、様々な処世のためのヒントが得られます。ロールプレイングゲームには様々なルールや法則が存在し、それらに対するスタンス(Low、Neutral、Chaosな選択肢や、選択の首尾一貫性)によりグッドエンディング、バッドエンディング、様々なエンディングからふさわしいエンディングが選ばれます。
同様に、人生もどういうスタンスで臨むかが重要であり、ルール自体は神聖なものではないということでしょう。結婚制度に関して言えば、自分の今生における目的をよく考え、それに照らしてどういったスタンスをとるべきかを判断することが一番重要だと思います。
ロールプレイングゲームのいいところはやり直しがきくことであり、ルールや法則を解明することができることですが、人生だって輪廻論者の立場に立てばやり直しのきくものであり、ルールや法則も解明されつつあるといえるのではないでしょうか。

「結婚の相手は大昔から惹引力によって結ばれた者であることを悟り、どんなに希望の無い事態に陥ろうと、それは偶然ではなくて大我の意志によるものであることを悟り、不和の中で無私を通しての向上の機会があることを知るならば、離婚が全くのマイナスであることが理解できるのである。だが反対に、人間はいかなる制度によっても不健全で有害な歪んだ関係の中に奴隷化されてはならないことを、また改心せぬ利己主義という豚の前に無私の愛という真珠を投げてはならないことを認めるならば、離婚は他の法律上の契約の解消と同様、健全で穏健で分別のある手段であると思うのである。」

結婚相手との不和がひどく、非常に困難な状況であっても、相手とは過去世において何度も一緒に歩んだはずであること、大いなる創造的エネルギーの意志が働いていることに思いを馳せるべきで、困難に潜む意義・意図を読み取る必要があるわけです。
もしかすると過去世においても犬猿の仲、仇敵であったかもしれませんが、それを承知で夫婦となることを予め選んでいたとすれば、今生においてそうした因縁を解消させることをチャレンジ目標に設定しえているのかもしれません。しかし、ロールプレイングゲームにエンディングが一つでないように、チャレンジ目標を達成することが唯一の道ではなく、別の道を選んだ方がハッピーかもしれません。特に相手に前世からの利己主義を変えようとする意志が全くみられない場合、豚に真珠を与えるべきではないでしょう。

「理想の樹立はケイシーの適応の哲学にとって絶対必要な要素である。しかもそれは職業的な自己訓練には特に必要である。リーディングは、人は自分の理想を明示しなくてはならぬと主張する。具体的な思考を助けるためにリーディングは、一枚の紙に物質的、精神的、霊的の三つの欄を設け、その下にその各々の項目で自分の憧れとする最も高い目標を書くよう何回もすすめている。」

理想とする霊的概念というのが一体どういうものなのか想像することが難しいですが、霊的概念から生じる理想の精神的態度としては、自分自身のこととして『不撓不屈』、家庭のこととして『掛け替えのない拠り所』、仕事のこととして『エレガントさの追求』を掲げます。そして、次のような状態を物質的な理想として掲げます。即ち、「90代まで生き、家族や友人・知人の役にたち続ける。そのためにシステム関連の知識を貪欲に吸収し、いつまでも現役でい続け、来世にも役立つ技術として持ち越す。」

さて、『転生の秘密』を読み終えた全体的な感想ですが、エドガーケイシーという大霊能力者がどのような人物であったのかを正しく概略理解できたことは大きな意義の一つです。多くは飯田先生の著書と共通性のある内容で、輪廻は真理であることに疑う気はありませんし、死ぬ間際まで貪欲に知識を深めることの意義が見出せる輪廻観の有利性は否定の仕様がありません。

カルマに関しての内容が多く、飯田先生よりもより冷徹な内容も多く、その分公平な印象を受けます。しかし、カルマは非常に難しい概念であり、真理を知っている者以外の者がカルマを軽々しく論じることは控えるべきなので、論じないことにします。

「つまり以上七つの強力な推定証拠が、ケイシーのライフ・リーディングとそれが確認する輪廻の原理とを立証している。推定証拠は必ずしも結論的なものではないが、これは往々にして真実な場合が多い。地球は丸いという証拠も単に推論的なものに過ぎない。誰も地球の全体の形が丸いのを見たものはないのだから(注:『転生の秘密』の初版は1950年。最初の人工衛星の成功は1957年。有人宇宙船の成功は1961年。)。また原始の存在も推論的に知られているに過ぎない。誰も原始を見たものはない。しかもこの推論を頼りにして地球を一周することもできれば、原始爆弾を考案することもできるのである。したがって、リーディングが与えるこれらの推定証拠を基礎に本格的な輪廻の科学的研究を提案することは、あながち非常識なことではない。」

実際、自分の子供を見て、長女の賢さ、長男のひょうきんさやリズム感、次女の運動能力などを見るにつけ、天賦の才を感じずにはおれません。
自分にしても、分析好きの性格はきっと過去世において分析家だったときがあると考えた方が、幼少のころからの分析好きを雄弁に説明すると思いますし、自分の高所恐怖症は過去世において飛び降り自殺でもした経験があるのではないかと思うほど、特に幼少のころは高所から落ちる同じ夢を何度も見てきましたし、時々無性に、意味もなく飛び降りたくなる衝動と軽く戦ったりします(笑)
あるいは長女と長男の仲の良さ、時に理不尽とも言える長女の要求・命令を従順に受け応える長男の姿を見ると、彼らが過去世において無二の親友・夫婦・兄弟・親子だったのではないかと思え、そう思っていた方が多くのケースで得心が行きます。
というわけで、輪廻を前提に考えた方が納得しやすいことが多いのであれば輪廻を基礎に物事を考えるのは合理的でありますし、輪廻を前提にした方が前述のとおり有利でさえあるわけですから、躊躇すべきではないでしょうし、もしかしたら躊躇することは馬鹿な証拠かもしれませんよ(笑)

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