2008年 1月 06日

読書感想『ブレイクスルー思考』

投稿者 by vulcan at 10:36 / カテゴリ: 存在理由 / 0 コメント / 0 TrackBack

飯田史彦先生の『ブレイクスルー思考』を読み返しました。今回は、数々の飯田先生の著書を読んだ後での読み返しでもあり、また『転生の秘密』を読んだ直後だったこともあり、初回に読んだときとは違う感覚で読むことができ、有意義だったと思います。読書感想文を書く前に、ブログにて感想を整理しておこうと思います。

ブレイクスルーをもたらす五つの仮説

仮説1「人間の本質は、肉体に宿っている意識体であり、いわば研修所である物質世界を訪れては、肉体をまとって生まれ変わりを繰り返しながら成長している」

仮説2「人生は、死・病気・人間関係などのさまざまな試練や経験を通じて学び、成長するための、修行の場であり、自分自身で計画したものである」

仮説3「宇宙には、因果関係の法則が働いている」

仮説4「人間は、自分の成長のために最適な両親(修行環境)を選んで生まれ、夫婦や家族は、過去の人生でもそうであったように、未来の人生でも、夫婦や家族として身近に生まれ変わる」

仮説5「全てのことには意味や価値があり、全ての試練は、予定通りに順調な学びの過程である」

『転生の秘密』を読んだ今、仮説5に関しては一定の留保を求めますが(例外的な全くの偶然もあるにはあり、本書でもそれをブラックボックスとして片付けようとしています。また、学びを目的としている可能性は高いものの、カルマとして捉え、考察し、自省すべき場合も多くあります。)、その他の仮説は既に自分の中では公理(論証がなくても自明の真理として承認され、他の命題の前提となる根本命題。)だと思っています。

人生計画の方法

(1)「この時、A子さんに失恋する」「この日時に、この場所で事故にあう」「この年、この大学には落ちる」と、日時・内容・相手などを具体的に決めておく場合

(2)「この時期に、誰かに大失恋をする」「この時期に、大事故にあう」「この年の受験は、実力が発揮できずに、厳しい結果になる」などと、日時や内容を大まかに決めておき、あとは状況に応じて現象化するように仕組んでおく場合

(3)「思春期に、人生を左右するような大事件に巻き込まれる」などと、時期も内容もかなり大まかに決めておき、あとは状況に応じて現象化するように仕組んでおく場合

(4)「今回の人生は、とにかく波乱万丈な人生を送る」などと、全体的な方針だけを決めておき、あとは状況に応じて現象化するように仕組んでおく場合

正にロールプレイングゲーム的な発想であり、初期のロープレのように全ての日時と内容と相手が決まっていたものから、徐々に自由度が生じ、メインストーリー上必要な事項以外は体験するかどうかは任意になり、次いで、ストーリー自体が複数設定されたものが生まれ、更には環境だけ用意され、ストーリーは参加するプレーヤーの行動によって、あるいはホスト側の気まぐれによって変化するネットワーク型のロールプレイングゲームのようなものが生まれています。
「人生とはそのようなものだ」と思えばなるほど腑に落ちる点も多いものです。

ほんの一握りの人々を除いて、過去生カウンセリングに訪れる人のほとんどは、「因果関係の法則」を誤解しており、「過去生の過ちを罰する神秘的な力」だと考えていることが多い。したがって、自分の不幸を嘆く人は、「この惨めな人生は、過去生で誰かにひどい危害を加えたために、その報いを受けているのだ」と考えているのである。理知的な人々が、「過去生の『借り』を返すには、あと二、三回の人生が必要なんです」と話しているのを、よく聞くことがあるが、彼らは根本的なところで、「因果関係の法則」を誤解しているのである。

地球には因果関係の法則が働いており、あらゆる場面、状況を因果関係として捉えることができ、実際因果関係によって作用が生まれます。これが、何世代もの人生においても同様に因果関係の法則が働きそれをカルマと呼ぶわけです。そして、リーディングの記録などを読めば、上記のようにカルマには「過去生の過ちを罰する神秘的な力」があるものと解釈するのが自然だと思います。
しかしそれが根本的なところでの誤解だと言っています。どう誤解しているのでしょうか?
一つの鍵は、人生は自分の選択である点で、罰であっても自ら選んだ結果であることで、『報い』として受身で捉えている限り、何世代たっても抜け出せない業のようなものになるのではないでしょうか。自ら選択している以上、『報い』ではなく『困難な試練』であり、必要な学びを学ぶことができれば何世代も『報い』を受ける必要もなく、場合によっては今生において学びを終えて人生の途中から全く違った人生がスタートする可能性だってあるかもしれません。
そういう解釈なら誤解でないのでしょうか?

さて、『ブレイクスルー思考』を読み返した全般的な感想を述べます。

プラス思考やマイナス思考ではなくブレイクスルー思考ということで、プラス思考とどう違うのか、その違いにこだわりすぎていたのが一度目でした。今回は、『ブレイクスルーをもたらす五つの仮説』を前提に物事を捉えることが『ブレイクスルー思考』なのだと割り切り、結果的にプラス思考とかぶっていても気にする必要はないと思うことで気が楽になりました。

何のために生きているのか、何のために人生があるのか、そう考えるとき、「多くの感動を味わい、自分の存在価値を高め、後世に何かを残すことだ」というのが一般的な唯物主義者の理想ではないでしょうか。『ブレイクスルー思考』を読み、「今生だけでなく、未来生においても、多くの感動を味わい、分かち合い、素晴らしい体験を積み重ねるため人生がある」という考えを強くしました。そして、そのためには

成長するために最適な存在である人間

の特性を活かし、成長し続けることが大切であると再認識しました。

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