2004年 9月 19日

カラマーゾフの兄弟

投稿者 by vulcan at 19:21 / カテゴリ: / 8 コメント / 0 TrackBack

1879年(58歳)
お勧め度☆☆☆☆☆
出展:新潮文庫、原 卓也訳

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カラマーゾフの兄弟はドスト氏の予定では父親が殺され、兄が裁判にかけられるアリョーシャの青年時代を第1部とし、アリョーシャが30代後半になったころを第2部として描く二部作とする予定だったようだ。1881年60歳で没したため、第2部はついに着手されずに終わってしまった。多くの方が言うように、第1部だけでもほとんど物語りは完成しており、ドスト氏の思想はほとんど言い尽くされているといっても過言ではなく、第2部が必ずしも必要かどうかはわからない。しかし、あまりにもエゴのないアリョーシャはつかみ所がなく、第2部でどういう人物として描かれるのか興味があるし、第2部を通してようやく印象に残る人物となるのではないだろうか。第1部では、完全に自分をさらけ出した兄ドミートリイ・カラマーゾフとコーリャ少年だけが印象深い人物像として記憶に刻まれたが、その他の登場人物たちは、第2部での違った側面を見ることでより一層記憶に残るような気がするので、未完で終わったのは残念でならない。聞くところによると、第2部では、アリョーシャ・カラマーゾフが修道院を出て、リーザとの愛に傷つき、革命家になって皇帝暗殺の計画に加わり、断頭台にのぼることになったという説があるようで、あのアリョーシャが皇帝暗殺に向けてどう変わっていくのか、想像が尽きない。
とにかく、カラマーゾフの兄弟はドスト氏の最高傑作といってよいことは間違いなかろう。これを蔵書の読み返しのなかで最後まで取っておいたことは、なかなか良い判断だったと思う。

これらの問題の解決に窮したので、わたしはいっそ何の解決も出さずに済ますことに決めた。もちろん、明敏な読者はわたしがそもそもの最初からそういう腹でいたことを、もうとうに見抜いて、なぜわたしが意味もなく空疎な言葉や貴重な時間を費やしているのかと、腹を立てておられたにちがいない。それに対してなら、わたしはもう、きちんと答えられる。わたしが空疎な言葉や貴重な時間を費やしたのは、第一に、礼儀の念からであり、第二には、やはりあらかじめ何かしら先手を打っておこう、という老獪さからである。とはいえ、わたしは、自分の小説が『全体としては本質的な統一を保ちながら』ひとりでに二つの話に分かれたことを、むしろ喜んでさえいるほどだ。最初の話を読めば、第二の話に取り掛かる価値があるかどうか、あとは読者が自分で決めてくれるだろう。
(上巻P11より引用)

ドスト氏も自分が老獪であることを認めているわけだ、とほくそえみながらページに折り目をつけていたのだが、『カラマーゾフの兄弟』が、これだけで非常に完成度の高い小説であるのに、氏は第1部と位置付けていたのであり、第2部の構想を持っていたことがうかがえる重要な箇所でもあると後で思った。

このマルファという女は、決しておろかでないばかりか、ことによると夫より利口かもしれなかったし、少なくとも実生活の面では分別が豊かだったが、それでも結婚生活の一番最初から不平一つ、口答え一つせずに夫に従い、夫の精神的優越を認めて文句なしに尊敬していた。特筆すべきことに、二人はこれまでの一生、ごく必要な目先のこと以外は、互いにほとんど口をきかなかった。重々しく威厳のあるグリゴーリイが、自分の仕事や心配事はいつも一人で考えてくれるので、マルファはとうの昔から、自分の助言など必要ないのだと、きっぱり割り切っていた。自分の沈黙を夫が喜び、むしろそこに知恵を認めてくれているのを、彼女は感じていた。
(上巻P177より引用)

静かな二人で、ほとんどセリフがない(マルファはゼロではないか?)が、存在感のある二人である。沈黙に知恵があるという表現が気に入った。

「彼女と、それから親父のところへだって!ほう!まさに、どんぴしゃりだ!だってさ、俺がお前を呼ぼうとしたのは何のためだと思う。俺がお前に会いたがり、心のひだというひだ、肋骨という肋骨でまでお前を求め、渇望していたのは、何のためだと思う?まさしく、お前を親父のところへ、そのあと彼女、つまりカテリーナ・イワーノヴナのところへ使いにやって、それで彼女とも親父ともけりをつけるためなんだぜ。天使を派遣するってわけだ。だれをやってもいいようなもんだが、俺としちゃ、ぜひ天使に行ってもらう必要があったんだよ。それなのに、お前が自分から彼女と親父のところへ行ってくれるとはな」
「ほんとに僕を使いにやるつもりだったの?」病的な表情を顔にうかべて、アリョーシャが口をすべらした。
「待てよ、お前はそのことを知っていたのか。見たところ、お前はすぐに何もかもさとったらしいな。でも、黙っていてくれ、今のところ黙っていてくれよ。憐れむなよ、泣かんでくれ!」ドミートリイは立ちあがり、考えこんで、額に指をあてた。
「彼女の方からお前を呼んだんだな、手紙か何かよこしたのか、だからお前だって行くんだろうに、でなけりゃお前が行くはずないものな?」
「これが手紙ですよ」アリョーシャはポケットから手紙を出した。ドミートリイはすばやく走り読みした。
「これで裏道づたいに来たというわけか!ああ、神さま!弟を裏道づたいに来させて、私に出会わせてくださって、ありがとうございます。ちょうどおとぎ話の黄金の魚が年取ったばかな漁師の網にかかったように。いいかい、アリョーシャ、きいてくれ。今こそ俺はもう何もかも話すつもりでいるんだ。せめて誰かに言っておく必要があるんだよ。天上の天使にはもう話したのだが、地上の天使にも話しておかなけりゃ。・・・(略)」
(上巻P196より引用)

ドミートリイが興奮状態で、何を言っているのか何を暗示しているのかよく分からなかったが、かなり印象深いシーンである。後々になってこのときのドミートリイの心理状態が明らかになるとどのセリフも合点がいき、全てがドスト氏によって計算されていたことに気がつく。

「ちょっと待った!」フォードルがすっかり熱中して金切り声を上げた。「すると、山を動かすことのできる人間が二人はいるのか。お前もやはりそういう人間はいると思うんだな?おい、イワン、おぼえておけよ、書きとめておくといい、まさにここでロシア人が顔をのぞかせたな!」
「その指摘はまさに正しいですね、これは信仰における民族的な一面ですよ」肯定の微笑をうかべて、イワンが同意した。
「お前も同意するか!お前が同意なら、つまり、それにちがいないんだ!アリョーシカ、本当だろう?まさにロシア的な信仰だろうが?」
「いいえ、スメルジャコフのは、全然ロシア的な信仰じゃありませんよ」アリョーシャが真顔できっぱりといった。
「俺はこいつの信仰のことを言ってるんじゃない、こういう一面を言ってるんだよ、二人の隠者という、まさにその一面だけを言っているのさ。どうだ、ロシア的だろう、ロシア的だろうが?」
「ええ、そういう面は全くロシア的ですね」アリョーシャが微笑した。
(上巻P347より引用)

無神論者も心の奥深いところでは神を信じたい気持ちを持っている。キリストの言っているような山を動かすことなど誰も出来ないが、それでも山を動かせる人間が二人だけはいるということまでは否定しない。こうした一面は確かにロシア的な気がする。

「(略)・・・イワン、答えてみろ、神はあるのか、ないのか?いや、ちょっと待て、ちゃんと言うんだぞ、まじめに言えよ!どうして、また笑ってるんだ?」
「僕が笑ったのは、山を動かすことのできる隠者が二人は存在するというスメルジャコフの信念に対して、さっきお父さん自身、機知に富んだ批評をなさったからですよ」
「それじゃ、今もそれに似てるっていうのか?」
「ええ、とてもね」
「と、つまり、俺もロシア人で、俺にもロシア的な一面があるってわけか。しかし、哲学者のお前にだってそういう一面は見つけられるんだぞ。なんなら、見つけてやろうか。賭けたっていい、明日にでも見つけてやるさ。とにかく答えてくれ。神はあるのか、ないのか?ただ、まじめにだぞ!俺は今まじめにやりたいんだ」
「ありませんよ、神はありません」
「アリョーシカ、神はあるか?」
「神はあります」
「イワン、不死はあるのか、何かせめてほんの少しでもいいんだが?」
「不死もありません」
「全然か?」
「全然」
「つまり、全くの無か、それとも何かしらあるのか、なんだ。ことによると、何かしらあるんじゃないかな?とにかく何も無いってわけはあるまい!」
「全くの無ですよ」
「アリョーシカ、不死はあるのか?」
「あります」
「神も不死もか」
「神も不死もです、神のうちに不死もまた存するのです」
「ふむ、どうも、イワンのほうが正しそうだな・・・(中略)・・・イワン、最後にぎりぎりの返事を聞かせてくれ、神はあるのか、ないのか?これが最後だ!」
「いくら最後でも、やはりありませんよ」
(上巻P253より引用)

自分があると信じたい気持ちである以上、何もないってわけはあるまい、というかなり強引な理屈が受け入れられるところがロシア的な気がするし、そういう広大な大地に育まれた野性的な性格がうらやましく思う。

「(略)・・・とうとうあたし、ラブ・レターを書いてしまいました。・・・(略)」
(上巻P304より引用)

ラブ・レターの中に『ラブ・レターを書いてしまった』ことを触れるという技法は、ドキドキする気持ちをより一層高めてくれるような気がする。

「アリョーシャ、あなたは将来あたしの言いなりになってくださる?このことも前もって決めておく必要があるの」
「喜んで、リーズ、必ずそうしますよ、ただ一番大切な問題は別ですけどね。一番大切な問題に関しては、もしあなたが同意なさらなくとも、僕は義務の命ずるとおりに行います」
「それでなければいけないわ。だから知っておいていただきたいの、あたしもそれとは反対に、一番大切な問題であなたに従うだけじゃなく、どんなことでもあなたに譲歩するわ、そのことは今はっきり誓います、どんなことでも一生涯」
(上巻P421より引用)

気性が激しく、高慢な女性もまたロシアの大地が育むのだろうか。

「(略)・・・いいかい、もう一度はっきり断言しておくが、人間の多くの者は一種特別な素質を備えているものなんだ――それは幼児虐待の嗜好だよ、・・・(略)」
(上巻P464より引用)

幼児虐待が今に始まったものではなく、人間の歴史上常に存在していたということに驚愕した。

それにしても、もし今書いたこの若い官吏とまだそれほど年でもない未亡人との異常な出会いが、のちにこの正確で几帳面な青年の出世の足がかりとなったりしなければ、私とてこんな瑣末な、エピソード的な細事を詳しく述べたりしなかったであろう。この話はいまだにこの町では驚嘆まじりの思い出の種になっているし、ことによるとわれわれも、カラマーゾフの兄弟の長い物語をしめくくったあと、特に一言触れるかもしれない。
(中巻P354より引用)

ペルホーチンとホフラコワ婦人という脇役について、ドスト氏が後に語るかもしれないと暗示をしていることが非常に興味をそそる。カラマーゾフの兄弟は1500ページほどの巨大長編であるが、それでもまだ第1部であり、第2部に関する構想を氏が持っていたことが随所に見受けられる。ここもそうした一つである。カラマーゾフの兄弟は、これだけで十分完結している。もしかすると、第2部は読者が想像して作り上げるものとして氏はあえて書かずに暗示だけしておく方が良いと判断したかもしれない。全てを書き尽くすよりも読者の裁量に委ねるという、日本人的な発想かもしれないが、巨匠がそうした域に達していたことは十分に考えられる。

ついでに、言及するのを忘れていたが、読者もご存知の退役二等大尉スネギリョフの息子であるイリューシャ少年が、学校友達に《へちま》とからかわれた父親をかばって、ペンナイフで腿を突き刺した相手の少年こそ、このコーリャ・クラソートキンであった。
(下巻P18より引用)

まるで、別の物語が突然始まったかのような出だしでコーリャが紹介され、だれなんだこいつは?これほど仔細に記述するからにはそれなりに重要な人物なんだろうが、なぜ下巻まで一切登場しなかったんだろう?という疑問を突然解決してくれた。巨匠の老獪さがうかがえる。

「ええ、たしかに!万歳!あなたは予言者だ!ああ、僕達は仲良くなれますね。カラマーゾフさん。実はね、何よりも僕を感激させたのは、あなたが僕をまったく対等に扱ってくれることなんです。でも、僕達は対等じゃない、違いますとも、対等どころか、あなたの方がずっと上です!だけど、僕達は仲良くなれますね。実はこのひと月というもの、僕はずっと自分にこう言いつづけていたんです。『僕達は一編で永久の親友になるか、さもなければ最初から、最後までの仇敵として袂を分かつか、だ』って」
(下巻P94より引用)

頭が極めて良く、思いやりがあり、度胸もある、それでいて嫌味がなく、大人と軽口をたたく、完璧な少年である。小説の中でしか存在し得ないような完璧を備えた少年なら、どの本でも登場するが、これほどリアリズムを追及した完璧な少年はなかなかお目にかかれない。ドスト氏の最高傑作な脇役と言えそうだ。『白痴』では最も美しい人を描くことに失敗したと考えられるが、このコーリャ少年こそ最も美しい人という称号にふさわしいのではないだろうか。

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2002年 6月 30日

スタヴローギンの告白

投稿者 by vulcan at 19:18 / カテゴリ: / 9 コメント / 0 TrackBack

1872年(51歳)の作品
出展:新潮文庫「悪霊」、江川 卓訳

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チホンはすばやく目を伏せた。
「この文章は、致命的な傷を受けた心の真の欲求から発したものです。そう理解してよろしいですかな?」彼は執拗な調子に異常な熱さえ込めて言った。「さよう、これは悔恨であり、あなたを打ちひしいだ自然な心の欲求なのです、そしてあなたは、これまで前人未踏の偉大な道に踏み込まれた。ところがあなたは、いまからもう、ここに書かれたことを読むであろう全ての人を憎悪し、軽蔑されて、その人たちに向かって挑戦状を叩きつけられておられる。罪を認めることを恥じられなかったあなたが、なぜ悔恨を恥じられるのです?」
「恥じているですって?」
「恥じ、恐れておられる!」
「恐れている?」
「ひどく恐れておられる。自分の事を見るが良い、とあなたは言われるが、あなた自身は、その人たちをどのような目でごらんになるのです?あなたの告白のある部分は文章の力で強められている。あなたご自身の心理にいわばうっとりされて、実際にはあなたのうちに存在しない非情さで読むものを驚かせようとしておられる。これをしも、罪人の裁き手に対する傲慢な挑戦と呼ばずして何と呼びます?」
…中略…
「ぼくは、もしかすると、あなたに対して自分の悪口を言いすぎたのかもしれない」スタヴローギンがもう一度念を押すように繰り返した。「自分でもまだ良く分からないが…もっとも、ぼくがこんな露骨な告白で世間の人に挑戦するからって、それがどうなんです、あなたが挑戦と取られたからだが。ぼくはその人たちに、ぼくをもっともっと憎ませてやるんです、それだけですよ。そうすれば、ぼくもいくらか気が楽になるでしょう」
「つまり、敵意があなたの中に対抗の敵意を生み出し、憎むことによって、その人たちから同情を受けるより、気が軽くなるというわけですか?」
「その通りです。いいですか」彼は突然笑い出した。「この文書を発表すると、ひょっとしたら、ぼくはジェスイットだ、信仰者面をした偽善者だと呼ばれるかもしれないな、は、は、は。そうじゃありませんか?」
(下巻P579より引用)

罪を認めることは恥じないが、認めたことを悔恨することを恥じるというのは容易に理解できる。罪を認めるとき、一種の恍惚感があいまって誇りに思えるほどの感覚に襲われることもままあることだが、認めたその瞬間から悔恨が始まり、悔恨自体を憎悪し、そうした己を恥じるわけだ。こうしたとき、憎悪は得てして読者への敵意へと転化させられる。

「私の問いに答えてください、ただ心から、私一人に、一人だけに、夜、自分自身に話すようにして」別人のような声でチホンが言った。「もし誰か、このことで(チホンは文書を指した)あなたを赦す者があったら、それも、あなたが尊敬し、恐れている人ではなく、見知らぬ人、あなたが決して行き会わぬだろう人が、この恐ろしい告白を黙って読み、心の中であなたを赦してくれるとしたら、あなたはそのように考えて心が軽くなられますかな、それとも、同じことですかな?まあ、自負心の強いあなたとしては答えにくいかも知らんが、だったら心の中で考えてみなさるだけでよい」
「軽くなります」スタヴローギンは小声で答えた。「もしあなたが赦してくだされば、もっとずっと軽くなるでしょうが」彼は目を伏せて、付け加えた。
…中略…
「準備ができておられない、鍛えられておられない」チホンは目を伏せて、おずおずとつぶやいた。「土壌から引き離されておられる。信じておられない」
「聞いてください、チホン神父。ぼくは自分で自分を赦したい。これがぼくの最大の目的、目的の全てなのです!」スタヴローギンは暗い歓喜の表情を目に浮かべて言った。
(下巻P581より引用)

自分で自分を赦すために告白文を書くというのは、試してみたことがあるが、自分の告白に自分が耐えられるかどうかを測ったり、自分自身の自己非難に堪えられなくなって告白に打って出たり、さまざまな理由、さまざまな効果が存在するのだが、得てして自己陶酔の域を出ず、告白内容も世間をあっと驚かすほどのものでもないので他人の目から見ればとても退屈な代物と映るかもしれない。 チホン神父のような人物や、どこかの知らない誰かが読んで赦してくれたとすれば、至福の極みであり、それをあてにして公開することもあろう。

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2002年 6月 30日

悪霊

投稿者 by vulcan at 19:14 / カテゴリ: ドストエフスキー / 0 コメント / 0 TrackBack

1872年(51歳)の作品
お勧め度☆☆☆
出展:新潮文庫、江川 卓訳

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「悪霊」は脇役の影が薄い小説である。そして主な主人公も謎めいていて一人として理解できたとは思えない。何もかもが中途半端な仕上がりであり、1,000ページを超える長編とは思えないしろものと言える。
しかし、登場人物の一人、語り手はまさしくドストエフスキーの声をそのまま語っており、それがこの小説の品位を絶大に高めているといえよう。特に「スタヴローギンの告白」の章は彼の思想を贅沢にちりばめた世界文学史上まれに見るほどの貴重な文献とさえ言える。この章は、諸事情によってついに「悪霊」には組み入れられることが無かった。せっかくなので、また非常に含蓄のある章であることに対する敬意を表して、 「スタヴローギンの告白」 は別ページで紹介することとしたい。

公平に言って、ステパン氏は、教え子を自分になつかせることにかけては見事な腕前を発揮した。その秘訣は、要するに、彼自身が子供だったことである。当時はまだ私もいなかったし、真の友人無しには片時もいられないのが、ステパン氏の性分であった。そこでステパン氏は、やっと物心付いたばかりのいたいけな少年を、何の躊躇もなく、さっそく自分の親友に仕立て上げた。何かこう自然のうちに、二人の間には何の隔てもないような具合になった。ステパン氏がまだ十か十一歳のこの親友を、深夜、それもただただ、傷つけられた自分の感情を涙ながらに少年に訴えたり、何か家庭内の秘密を打ち明けたりするためだけに揺り起こすようなことも再三で、しかも彼は、それが全く許しがたい行為だということには、気が付きもしなかった。二人は、お互いにひしと抱き合って、涙に暮れたものである。
(上巻P58より引用)

スタヴローギンが少年時代にステパン氏と親友であったことは興味深い事実である。

「貴君(シェラミ)、もしぼくが承諾しなかったら、あの人はすさまじく怒ったでしょうよ、す・さ・まじく!それでもやはり、承諾してしまった今ほどではなかった」
この警句はなかなか彼のお気に召して、その晩は二人で一本あけてしまった。
(上巻P125より引用)

どっちに転んでも怒られる、存在そのものが非難の対象となってしまう(そう思い込んでしまう)ところがステパン氏の不幸の主要な原因のひとつであるが、常にあれこれ思いを巡らし(空想にふけり)、自分を不幸にしないではいられない(何よりも第一に自分が不幸でなければならない)不幸を求めるタイプというのは確かに存在する。

よくある例だが、久しい間深遠極まりない思想の持ち主と崇められ、社会の動きに対して真に重大な影響を与えうると期待された作家が、最後には、その根本思想の貧困さ、つまらなさを露呈して、彼の才能が早々と枯渇したのを誰一人惜しもうとしないといったこともある。ところが白髪の老先生方はそのことに気付かず、腹を立てる。彼らの自負心は、ほかでもない彼らの活動期の終わり近くになってから、時として瞠目させられるほどまで膨れ上がる。こうした手合いが自分を何と心得ているかは知る由もないが、神様以下ということはまずあるまい。
(上巻P129より引用)

主人公がカルマジーノフを評した文章だが、実際にはドストエフスキーがツルゲーネフを諷したもので、あまりにも辛らつな表現だ。カルマジーノフをこき下ろした箇所は随所にあり、如何に偏屈的にツルゲーネフを敵視していたかがうかがえる。 ツルゲーネフの狩人日記はとても面白いと思ったものだが、あれがいつごろの作品なのか、他の作品はどんなものがあるのかひとつ調べてみようと思う。

「ぼくは昨日、あのキリーロフ氏のところでお茶をよばれましたよ」と私は言った。「彼は無神論でおかしくなっているようですね」
「ロシアの無神論は駄洒落の域を出たことが無いんです」消えかかったろうそくを新しいのに代えながら、シャートフがつぶやいた。
「いや、彼は駄洒落なんて柄じゃないと思いますね。洒落どころか、満足に話もできない感じですよ」
「紙でできた人間なんです。何もかも思想の下男根性のせいですよ」隅のほうの椅子に腰を下ろし、両手を膝についた格好で、シャートフは平静に言った。
(上巻P216より引用)

自分で考え、自ら生み出した思想ではなく、本を読んで自分の言葉と思い込んでしまう人種が『紙でできた人間』とはうまく表現したものと感心した(ドキッとしながらも)。しかも、血肉となるには至っていない受け売り状態のことが『駄洒落』というのもあまりに手厳しく、痛快である。

「奥さん!」不意に大尉がわめくような声を出した。「ひとつ質問をさせていただけませんですか、たった一つだけですが、ずばりと単刀直入に、つまり、ロシア式の、魂から出た質問を?」
「どうぞ」
「奥さん、あなたはこれまでに苦しまれたことがおありですか?」
「つまりあなたは、ご自分が誰かのために苦しんできた、でなければ、今も苦しんでいるとおっしゃりたいのでしょう」
「奥さん!奥さん!」彼は、おそらく自分でもそれと気付かぬうちに、胸を叩きながら、不意にまた立ち上がっていた。「ここが、この胸のところが、それはもう煮えくり返らんばかりなんです、最後の審判の日にもしこのことが明るみに出ましたら、神様でさえ驚かれることでしょう!」
「まあ、たいそうな言い方だこと」
「奥さん、ひょっとすると、私の言い方は八つ当たり気味になるかもしれませんが…」
「ご心配なく、あなたにいつ黙っていただくか、わたしも心得ていますから」
「もうひとつ質問をしてもよろしいでしょうか、奥さん?」
(上巻P274より引用)

ロシアの男性はズケズケとした単刀直入な会話に憧れを抱きつつも、実際には非常に回りくどい表現や比喩ばかり口ずさむ。 最後の質問をし、それが達成されると次の最後の質問をする、これもロシアの男性のひとつのタイプであり、あつかましいのではなく、遠慮の塊であるがゆえである。 一方、ロシアの女性、特に中年以上の貴婦人連中は非常に高慢であり、恐れを知らない。当たり前のように高慢な姿は、嫌悪どころか好感を抱く。

「それにこの逸話はむしろニコライ君の名誉になるものですよ。どうしてもこの曖昧な《名誉》とかいう言葉を使わなければならないとすればですね…」
(上巻P292より引用)

スタヴローギンが質問に答えなかったことに対して、ピョートルが逸話を交えて擁護しようとした場面であるが、得てして自己弁護は不名誉なものであるからピョートルのようなお節介焼きは必要な人種である。 『名誉』は確かに曖昧な表現である。何であろうかと真剣に考え込んでしまった。今の理解において『名誉は己を尊敬するための拠り所となるべきもの』と定義したい。

ニコライ・スタヴローギンの憎悪は、ことによると、この二人を合わせたものよりも大きいかもしれない。ただその憎悪は、冷ややかな、冷静な、もしそんな言い方ができるとすれば、理性的な憎悪、したがって、最も醜悪な、ありうる限り最も恐ろしい憎悪なのである。
(上巻P324より引用)

『感情に振り回されず理性に基づいた憎悪』 何かを憎むとき本能や感情に振り回されずに憎むということはちょっと想像しにくいものだが、一度想像できてしまうと確かにそれほど恐ろしいものは無いようにも思える。 しかし何かを憎むとき理性的に憎むことなど本当にできるのだろうか?憎んだその瞬間から、憎むという行為そのものが感情なのだからありえない話ではないか。しかし、まあよく考えれば感情が無いとは書いてないわけだから、文句を言うのは筋違いというものか。『極めて冷静に憎む』というのは十分考えられる行為だし、おそらく逃げ切れまいと観念してしまいそうである。

「そこへもってきて、ぼくは時々人を笑わせる――これなぞは実に効果的なんですよ。何しろ外国で檄文を発行していた賢人が、ここでは自分たちよりも馬鹿と分かれば、それひとつだけでも連中はぼくのことを万事大目に見てくれますよ、そうでしょうが?きみの微笑は賛成のしるしですね」
もっともニコライは微笑など全く浮かべていなかったし、それどころか、眉をひそめ、幾らかじりじりした様子で聞いていた。
「え?なんですって?『どっちでも同じだ』と言われたようですが?」ピョートルはまたべらべらやりだした(もっともニコライは何も言いはしなかった)。「むろんです、むろんです。断言しますが、ぼくは何もきみを仲間扱いにして巻き添えをしようなんてつもりはこれっぱかりも無いんです。でもねえ、今日のきみはひどく突っかかってきますね、ぼくは率直な、楽しい気分でやってきたのに、君はぼくの一語一語に難癖をつけるんだから。断言しておきますが、今日のぼくは決してデリケートな問題を持ち出すことはしませんよ、約束します、君がどんな条件を出そうと、全部承知です!」
ニコライはかたくなに黙っていた。
「え?なんです?何か言いましたか?分かります、分かります、ぼくはまたへまなことを言ったんですね。君は条件なんて出さなかったし、出すつもりも無い、そう、そう、その通りですよ、まあ、落ち着いてください。条件なんぞ出すまでも無いことは、ぼく自身承知しているんですものね、でしょう?きみに代わって、先回りして答えておきましょう、むろん、無能ゆえにです。無能にして無能…笑ってますね?え?なんですって?」
「なんでもないですよ」ニコライがとうとうにやりとした。
(上巻P345より引用)

相手が応えるつもりがないか、相手が自分の意に沿わない返答をすることが予想されているときには、聞こえない声や示されない表情を聞いたり見たりしたことにして会話を進めるこの手法は一種芸術的であるとさえ思える。 相手がどう応えるか決めかねている場合や、判断に迷っている場合、判断することを放棄している場合などには実に効果的だ。しかし、まくし立て続けなければならないというのは、言葉を選びながら話す自分にとっては不可能だろう(相手が口を挟む隙がありすぎる)。

「これは《無能》ゆえにしたことじゃなくて、万一を考え、真剣にやったことなんです。まあ、無能な結果になったとしても、真剣さは買ってください」
(上巻P348より引用)

気の効いた、うまい表現だと思ったから思わず引用してしまったが、何もコメントが出てこない。いくつかの気の効いた、笑いをとることを目的とした表現は、引用したい気を抑え込んだのだが(引用したら自分が困るだろうと思い)、やはりここも引用しなければよかったかもしれない。 『真剣さを買ってくれ』とはなかなか口に出す機会の少ない表現だが、洒落とセットにすることで嫌味が消えてなかなか良いと思う(やっとこさコメントできた)。

「ぼくの見るところ、大尉、きみはこの四年間、まるで変わっていないねえ」ニコライは幾らかやさしい調子でこう言った。「どうやら、ほんとうのことらしいな、人間の後半生は普通前半生に蓄積された習慣だけから成り立つというのは」
「高遠なお言葉ですなあ!あなたは人生の謎を解いてしまわれる!」半ば悪ふざけ気味に、また半ば、警句の大好きな男であるだけに、事実、偽らぬ喜悦にも浸りながら、大尉は叫んだ。「ニコライ様、あなたの口にされたお言葉の中で、とりわけ私の記憶に焼きついているものがございますよ。まだペテルブルグにいらした頃、『常識に反してまで自分の立場を貫くためには、真に偉大な人間である必要がある』とおっしゃいました。これでございます!」
(上巻P415より引用)

特に男性は警句が好きである。警句には明らかに力がある。自分は警句マニアというわけではないが、いくつかの優れた警句を愛しているし、尊敬する人から警句をもらうとそれこそ有頂天になる。 世の中には警句集なるものが存在するが、あれは非常にナンセンスだ(記憶のタンスにしまっておいて必要なときに取り出せるように準備するにはもってこいだが)。警句が力を備えるのは局面とピタリと符合したときにおいてのみである。 人生の節目節目に警句をもらいたいものだが、そのためには人の節目節目に警句を贈らねばなるまい。そのためにも警句を仕入れておく必要があるというわけか。

「ぼくは何も分からなくなってきた!」スタヴローギンは憎々しく言った。「どうして皆はぼくから、他の誰にも期待できないようなことを期待するんです?なんのためにぼくだけが、他の人間には耐えられぬようなことに耐え、他の人間には背負いきれないような重荷を背負わなければならないんです?」
「ぼくは、君が自分から重荷を求めているのだと思っていましたよ」
「ぼくが重荷を求めている?」
「ええ」
「きみは…それを目にしたんですか?」
「ええ」
「そんなに目に付きますか?」
「ええ」
(上巻P455より引用)

自分から重荷を背負い込もうとする、重荷を背負わずにはいられないタイプの人間がいる。重荷を背負い、不幸を呪うことに快楽を見出すタイプである。ときには重荷が重すぎて絶望に打ちひしがれることもあり、そうしたときには是非とも支えとなってくれる人物が必要とされる。逆に言えばそうした際の真実の友を感じたいがこそ重荷を背負うのであろう。 しかし、そうした『真実の友』の役回りも大変である。白羽の矢が立てられた『友』も抱き合って泣けるぐらいの感受性が無ければ苦痛この上ない。

しかし職工たちが追い詰められた状態にあったことは事実であり、また警察に訴え出ても彼らの怒りを親身になって考えてくれようとはしなかったので、彼らが一団となって《将軍さま》のところへ出かけていき、もしできることなら先頭に嘆願書を掲げて、お屋敷の玄関前にきちんと整列し、閣下が姿を表された途端、全員がいっせいにひざまずいて、神様にでも訴えるように哀訴号泣しようと考えたのは、まことに無理ないことであった。私に言わせれば、これはやれ暴動だ、やれ代表選出だという以前の、古来から歴史的に存在した方法であった。ロシア人は昔から《将軍さま》とじかに話をするのが大好きで、しかも、ただ話ができたという満足感さえあればよく、その話がどういう結果に終わろうとも、それは問題外なのである。
(下巻P152より引用)

「死の家の記録」にもこうしたロシアの民衆像が描かれていたが、愛すべき民衆の一面である。しかし、一方で、ドストエフスキーの父親は百姓に惨殺されており、凶暴な民衆の一側面も忘れるわけにはいかない。

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2002年 6月 10日

弱い心他

投稿者 by vulcan at 16:54 / カテゴリ: ドストエフスキー / 0 コメント / 0 TrackBack

弱い心、人妻と寝台の下の夫、正直な泥棒、クリスマスと結婚式
1848年(27歳)の作品
お勧め度☆

出展:「ドストエーフスキイ全集 第2巻」河出書房新社、米川 正夫訳
4つの短編を読み終えた。ドストエフスキーを知る上で何かしら役に立つのではないかと期待したものだが、全くの期待はずれであった。「貧しき人々」でセンセーショナルなデビューを果たし、「分身」で少し訝しがられ、これらの小品でその名を地に落としたことが想像に難くない。「白夜」は幾らか名誉の回復に貢献し、自分の歩むべき道を印してくれたに違いない。巨匠といえども試行錯誤の時代があったのだと知ることができたのが唯一の収穫だった。

2002年 5月 31日

スチュパンチコヴォ村とその住人

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1859年(38歳)の作品
お勧め度☆
出展:「ドストエーフスキイ全集 第2巻」河出書房新社、米川 正夫訳

『ドストエーフスキイ全集』を図書館で見つけ有頂天になった。最初に読むことになった『スチュパンチコヴォ村とその住人』ははじめてみるタイトルで、そんなものが存在していたことに驚きを感じた。数ページ読みながら、幾分不安を覚えたので一体何ページあるのか調べてみると、224ページもある。文庫サイズであれば 400ページ近くになるであろうそのボリュームと題名の無名さとのコントラストが不安を増大させた。
結局不安は的中し、まさに『暇つぶし』でしかなかったことを思い知った。何が言いたいのか分からない小説ならまだ救いがある。そこには少なくとも謎があるから。謎すらない、ただの物語、くだらない童話を読んだ気がした。

2002年 5月 26日

百姓マレイ

投稿者 by vulcan at 19:20 / カテゴリ: / 9 コメント / 0 TrackBack

1876年(55歳)の作品
お勧め度☆
出展:「世界短編名作選(ロシア編)」新日本出版社、岡林 茱莫訳

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「未成年」と「虐げられた人々」は自分で持っていなかったため、図書館に借りに行くことにした。社会人になって以来初めて図書館に行ってみたが、読みたい本がいっぱいあって舞い上がってしまった。
ゴーゴリの「外套」が収められているということで「世界短編名作選」を借りることにしたが、そのあとになって「ドストエーフスキイ全集」も見つかってしまい、そちらの第2巻と併せて借りてきた。
「百姓マレイ」は田舎暮らしの10歳のころ、幻覚症状気味だった作者が「狼が来るぞ」という声を聞いてしまい、震えきって百姓マレイにしがみつき、マレイにあやされたというたったそれだけの、アネクドートとも言えない(本人もそう言っている)思い出話である。僅か6ページの中に何かの意味を読み取れないものだろうかと読み返しては見たが、老人の思い出以外に何も見つけられなかった。

マレイのところから帰ったあと、ぼくは「事件」のことを誰にも話さなかった。それに事件というほどのものでもない。マレイのこともすぐに忘れてしまった。たまに顔をあわせることがあっても、狼の話どころか、およそ口もきかなかった。それが二十年もたったいま、シベリヤであの出会いのすべてを、こんなにもはっきり、細かい線の一筋にいたるまでぼくは思い出したのだった。出会いはぼくの胸に知らないあいだに根をおろし、ぼくの意思とかかわりなく、しかるべきときに出し抜けに記憶の中に甦ったのだ。
(P99より引用)

二十年の経過ののちに突如記憶が甦るというのを今日体験したばかりであったため、何となく引用してしまった。しかしそれはアネクドートと言うべきものでもないので紹介はしない。 代わりに二十年以上前のトラウマについて話すとしよう。5歳のとき、友達(2歳)の母親が運転する車でぶどう狩りかなにかに車で向かった。助手席に母親、後部座席に自分と弟と友達の康君、妹は新生児だったから母親が抱っこしていたのかもしれない。 康君ちを出て2分もたたなかったと思う。最初のカーブでいきなり康君がドアを開けたのだ。アウト側のドアだったので、そのままドアは全開に開き危うく康君は転がり落ちるところだった。自分と弟の悲鳴に驚いた康君のお母さんが慌てて急ブレーキをかけたからよかったものの、あのときの恐怖は常に頭の片隅にある。 だから自分はドアロックが怖い。最近の車はそのほうが緊急時に脱出できるからといってロックをしない車が多い。そんな車に乗ると、高速走行時に無性にドアを開けてみたくなってしまう自分に怯えてしまうのだ。自分が運転しているときはそんな考えは思い浮かばないのだが、人が運転している車だと、考えないようにすればするほどドアロックに目が行ってしまう。ロックがされている場合には、何度も何度もロックがされていることを確認し、ロックされていない車だった場合には、慌てて手動でロックをするか、さもなければよからぬ想像をたくましくするのだ。

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2002年 5月 25日

白痴

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1868年(47歳)の作品
お勧め度☆☆
出展:新潮文庫、木村 浩訳

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「無条件に美しい人」「完全に美しい人」を描いてみせるという、ドストエフスキーの挑戦はあまりにも過酷な挑戦といえる。しかし巨匠としては立ち向かわざるを得なかったのだろう。とにかく彼は挑戦した。そのことだけでも賞賛に値するというものだ。しかし、そのような人物が果たしているのかという懐疑的な心理は、決して晴れることはなかったが。
「無条件に美しい人」というのは、結局はありえないのではないか。「無条件に美しい友情」や「無条件に美しい愛情」はあるだろう。しかし、美しさを唯一人の人物のみで表現することにはあまりにも限界があるようだ。「美しさ」には環境がとても重要な要素であることを思いがけず知ることとなったように思う。「戦争」や「地震」や「火事」といった死と隣り合わせの緊迫した環境から「野球部」や「族」や「ユニット」といった同じ目的を共有した集団まで、とにかく環境が「美しさ」を産むのである。
「白痴」を読み終えた最初の印象は、脇役達が非常に良く描かれている点に関してである。ドストエフスキーは脇役を描写する天才であるが、特にこの「白痴」ではそれが際立っている。あまりに脇役が引き立っているため、主人公のレフ・ニコラエヴィチ・ムイシュキン公爵の影が薄く感じてしまう。もちろんムイシュキン公爵はれっきとした主人公であり全編彼を中心に物語りは進んでいる。しかしながら、彼は自意識を持つことを禁じられていたため(ゼロではないが、ゼロに近い。それも自意識か、それを覆う仮面なのか判断がつきにくいものしかない。)、いつもの強烈な主人公の印象とよく描かれた脇役との絶妙なバランスというものが欠けている気がした。しかし「白痴」はとても示唆に富む長編小説であることも事実である。気がつけば24箇所も折り目をつけていたことが分かる。これらのうちどれを引用するかはゆっくり考えるとしよう。


エパンチン家の三人の娘は、いずれも健康で、はつらつとしていて、背が高かった。見事に発育した肩と豊かな胸、それにまるで男のようにしっかりした手の持ち主で、こうした体力や健康の結果として、当然のことながら、時にはなかなかよく食べることがあったが、それを隠そうともしなかった。母親である将軍夫人のリザヴェータ・プロコフィエヴナは、ときに娘達の露骨な食欲を非難するように、横目でにらむこともあったが、娘達は表面上はいかにもうやうやしい態度をとっていたけれども、現実には夫人のある種の意見などは、もはや娘達の間に以前のような絶対の権威を失ったばかりか、三人の娘で形作っている秘密会議(コンクレーヴ)の力が、ますます勢力を伸ばしてきたので、将軍夫人は自分の威信を保つためには、しいて争わずに譲歩したほうが、かえって得であると悟ったほどであった。もっとも、人間の性格というものは、それがたとえいかに良識の判断だとしても、それに耳を傾けることができない場合も少なくないものである。リザヴェータ・プロコフィエヴナも年を追ってだんだん気まぐれが激しくなり、辛抱ができなくなって、いまでは一種の変人にさえなってしまっていた。ところが、それでも、夫人の身近には素直によくならされた将軍がいたので、夫人の胸に積もり積もった鬱憤は、たいてい将軍の頭に浴びせかけられるのであった。すると、家庭の調和はまた回復して、何もかもこの上なくうまく収まってしまうのである。
(上巻P67より引用)

年頃の三人娘の典型的な家庭に思えて、その父親になるかもしれない自分としては、黙って素通りするわけにはいかない箇所であった。

「ついに生きていられるのはあと五分ばかりで、それ以上ではないということになりました。その男の言うところによりますと、この五分間は本人にとって果てしもなく長い時間で、莫大な財産のような気がしたそうです。この五分間に今更最後の瞬間のことなど思い巡らす必要のないほど充実した生活が送れるような気がしたので、いろんな処置を講じたというのです。つまり、時間を割り振りして、友達との別れに二分間ばかりあて、今二分間を最後にもう一度自分自身のことを考えるためにあて、残りの時間はこの世に名残に辺りの風景を眺めるためにあてたのです。
…(中略)…
その瞬間最も苦しかったのは、絶え間なく頭に浮かんでくる次のような想念だったそうです。《もし死なないとしたらどうだろう!もし命を取りとめたらどうだろう!それはなんという無限だろう!しかも、その無限の時間がすっかり自分のものになるんだ!そうなったら、おれは一分一分をまるで百年のように大事にして、その一分一分をいちいち計算して、もう何一つ失わないようにする。いや、どんなものだって無駄に費やしやしないだろうに!》男の言うには、この想念がしまいには激しい憤懣の情に変わって、もう一刻も早く銃殺してもらいたい気持ちになったそうですからねえ」
(上巻P109より引用)

ここはドストエフスキーが、彼自身が実際に銃殺刑に向かったときの心理描写をどうしても描く必要があると、あたためにあたためていたアネクドートだったのだろう。 彼が言いたいのは、別のところでも述べているように、人が人の生命を奪う死刑制度こそ最も極悪な殺人だということだ。そこには逃れられない死が待ち受けており、一縷の望みも抱きようがない。殺人犯に刺され息も絶え絶えの被害者でも、死ぬ瞬間まで助かる希望を抱いて死ぬはずだと彼は述べている。全ての希望を奪い去る死刑制度の最後の五分間ほど耐えられないものはないということを。実際その身を持って感じたドストエフスキーだから、重みが違うというものだ。

「あなたは優しい心遣いというものがありませんのね。ただ真理一点張りで―― そのために、不公平ということになりますわ」
(下巻P195より引用)

「無条件に美しい人」ムイシュキン公爵に対してエパンチン家の末娘アグラーヤの言った言葉であるが、意味深長である。ムイシュキンは優しさばかりがある。しかし、確かに優しい心遣いというものは無い。つまり真に優しいのであって心にも無く優しいのではない。しかし、それは全ての人に不幸を招かない処世術ではない。ある人に真に優しいということが、別の誰かを不幸にするのは大いにありえるわけで、全ての人に平等に真に優しいというのも、やはり誰か特定の人を不幸にするかもしれない。
このことは、自分も大いに悩んだ記憶がある。結局結論としては、両手で数えられるぐらいの、要は自分で面倒が見られる程度の少数の人に対してのみ優しく振舞い、あとの大多数に対しては、希望も期待も抱かせないほうが、かえって本人も不幸にならずに済むだろう、ということで、友達を選ぶにしても非常に慎重に、十本の指に入る人物かどうかをよく見極めてから付き合うようにしている。

しかしながら、それと同時に人間の理性は、こうした夢の中でしょっちゅうあらわれてくる無数の明らかな不合理や不可能事と妥協することがどうしてできるのであろう?
(下巻P248より引用)

現実世界では不合理なことや不可能事を頭から否定する人間も、夢の中では否定しない。これはどうしたことだろうか。ありうべからざることも本心ではあったとしたらどうだろうか、あってはならないこともあって欲しいといった深層心理の現れであるとしたら、人間は何枚も何枚もの理性という名の仮面をかぶって暮らしていることになるわけだ。

実際のところ、金もあり、家柄もよく、容貌も優れ、教育もあり、馬鹿でもなく、おまけに好人物でさえあり、しかもこれという才も無く、どこといって変わったところも無く、いや、変人といったところさえなく、自分の思想を持たず、まったく《世間並み》の人間であることぐらいいまいましいことはないだろう。
…(中略)…
彼らは他の全ての人々と同様、大別すると二種類に分けられる。一つは枠にはまった人々であり、もうひとつはそれよりも《ずっと聡明な》人々である。前者は後者よりも幸福である。枠にはまった平凡な人にとっては、自分こそ非凡な独創的な人間であると考えて、なんらためらうことなくその境遇を楽しむことほど容易なことは無いからである。ロシアの令嬢達のある者は髪を短く切って、青い眼鏡をかけ、ニヒリストであると名乗りを挙げさえすれば、自分はもう眼鏡をかけたのだから、自分自身の《信念》を得たのだとたちまち信じ込んでしまうのである。またある者は何かしら人類共通の善良な心もちを、ほんの少しでも心の中に感じたら、自分のように感ずる人間なんて一人もいない、自分こそは人類発達の先駆者であると、たちまち信じ込んでしまうのである。またある者は、何かの思想をそのまま鵜呑みにするか、それとも手当たり次第に本の一ページをちょっと覗いて見さえすれば、もうたちまちこれは《自分自身の思想》であり、これは自分の頭の中から生まれたものだと、わけもなく信じ込んでしまうのである。もしこんな言い方が許されるならば、こうした無邪気な厚かましさというものは、こうした場合、驚くほどにまで達するものなのである。
…(中略)…
この物語の登場人物たるガウリーラ・アルダリオノヴィチ・イヴォルギンは、後者の種類に属している。彼は全身、頭のてっぺんから足の爪先まで、独創的な人間になろうという希望に燃えてはいるが、やはり《ずっと聡明な》平凡な人の種類に属していた。しかし、この種類に属する人々は前にも述べたように、前者よりもずっと不幸なのでる。なぜなら、聡明な《ありふれた》人というものは、例えちょっとのあいだ(あるいは一生涯を通じてかもしれないが)自分を独創的な天才と想像することがあっても、やはり心の奥底に懐疑の虫が潜んでいて、それがときには、聡明な人を絶望のどん底まで突き落とすことがあるからである。たとえ、それに耐えることができたとしても、それはどこか、心の奥底へ押し込められた虚栄心に毒されてのことなのである。
…(中略)…
自分には才能が無いという深刻な自覚と、一方ではそれと同時に、自分こそ立派に自主性を備えた人間であると信じようとする押さえがたい欲求とが、すでに少年時代から絶えず彼の心を傷つけてきたのであった。彼は嫉妬心の強い、激情的な欲望を持った、生まれながらに神経のいらいらしているような青年であった。その欲望が激情的なのを、彼は欲望が強烈なのだと考えていた。頭角をあらわしたいという激しい欲望のままに、彼はどうかすると極めて無分別な飛躍を敢えてしようとすることがあった。しかも、いざそれを決行する段になると、彼はそれを決行するにはあまりに利口過ぎるということになってしまうのだった。それが彼を悩ましたのである。ことによったら、彼も機会さえあれば、自分の空想を実現するために、極端に卑劣なことをあえて決行したかもしれない。だが、土壇場まで押し詰められると、彼は極端に卑劣なことをしでかすには、あまりにも正直すぎるということが判明するのであった(そのくせ、ちょっとした卑劣なことなら、いつでも断ったりしないのだ)。
(下巻P263より引用)

世の多くの人間は平凡であり(そうでなければ平凡という言葉を当てはめるところがなくなってしまうではないか)、平凡な人間を二分すると、自分が平凡であることに気付かない人々と、自分が平凡であることを認めたくない人々に分かれる。 もちろん自分は自分自身を平凡な人間などとは思ってはいない。それどころか特別な人間とさえ思っている。己の弱さを否定するためだけに我慢もし、努力もした。しかし、自分がガンカとは違うとどうして言えよう。自分はガンカそのものではないか。嫉妬深く、激しやすく、自己顕示欲が強く、空想家で、思慮の無い行動とも移りかねない突飛なまねをしでかし、しかも臆病で、嘘がつけず、自分が利口であることばかりを責める。これほどに符合しているにもかかわらず、なおあがこうというのか。

忘れずに言っておくが、人間の行動の原因というものは、ふつう我々があとになって説明するよりもはるかに複雑な込み入ったもので、それがはっきりとしている場合は稀である。
(下巻P305より引用)

自分はくどくどと物事を書かずにはいられない。メール一通書き上げるのに3時間もかけることさえしばしばであり、以前勤めていた会社では日報が長すぎるとよく課長に嫌味を言われていた。稟議も極端に冗長であったことを思い出す。今も、大して変わっていない。単に自分にもの申せる人物が減ってしまっただけで、あいも変わらず長々とした報告書や当部見解や当社見解なるものを書き綴っている。 世の中の事象でさえとても込み入っているのだから、人間の行動は更に複雑怪奇であっても少しもおかしくない。だから、人の行動理由がはっきりしているときのほうが返って不安を増すほどである。

「愛しているというのに、苦しめているんですね!ねえ、考えてもごらんなさい、あの人が例の紛失物を椅子の下だの、あなたのフロックの中だのに置いて、あなたの目に付くようにしたということだけで、いや、その一事だけで、あの人はあなたに対して決してずるく立ち回らない、正直に謝るということを示しているんですからね。いいですか、謝ると言っているんですよ!つまり、あの人はあなたの優しい感情をあてにしているんですからね。ところが、あなたはあんな…正直この上もない人に、そんな侮辱を与えようとするなんて!」
「正直この上もない人を、公爵、正直この上もない人をですね」レーベジェフは目を輝かせながら相手の言葉を引き取った。「いや、そんな公平はお言葉を口にできるのは、公爵様、ただあなたお一人でございますよ!そのためにこそ、いろんな悪徳に腐り果てた私でございますが、崇拝といっていいくらい、あなたに信服しておるのでございますよ!では、話はもう決まりました!財布は明日とは言わず今すぐに探し出すことにいたしますよ。さあ、出て来ました。ほら、このとおり、金もそっくりそのままですよ。さあ、どうぞこいつを明日まで預かって下さいまし。明日か明後日には頂戴にあがります。ところで、公爵、どうやらこの金がなくなった最初の晩、うちの庭の石の下かなにかに隠してあったらしいんですがね、それをどうお思いになります?」
(下巻P322より引用)

最も強烈な印象を刻み込んだレーベジェフがようやく登場した。場面を少し解説するとレーベジェフの親友であるイヴォルギン将軍(ガンカの父で、金の無心と嘘をつかずにはいられなくなってしまったかわいそうな老人)が、どうやらレーベジェフの財布を盗んだ犯人らしいことが次第に明らかとなり(レーベジェフははじめから将軍を疑っていたが、将軍をその場かぎり喜ばすためだけに将軍の潔白を信じてかけらの疑念もみせず《それによって将軍と抱き合った》、そればかりか真犯人まで勝手に仕立て上げたぐらいであったが)、真綿で首を絞めるように将軍を追い詰め(彼が将軍を愛しているのは明らかだが、彼の性格はそれをせずにはいられないのである)、とうとう将軍が財布を返すためにもともとあったところに財布を置いたのである。最初はちょっと分かりにくいところに置き、それでもレーベジェフはわざと気付かないでいるので、次の日にはもう少し分かりやすいところに置き、しまいにはまったく最初と同じところに入れなおしたというのにレーベジェフは嬉々としているばかりで、それに気付いてあげようとしなかったのである。 また、レーベジェフは何度も公爵を裏切った。裏切ることが義務であるかのように裏切り続け、後になって公爵を裏切ったことを、公爵を人に売ったことを白状するのである。まるで、公爵に白状し、公爵の許しを得るためだけに公爵を裏切っているようにうつる。これほどまでに、一見するとその行動の原因が全く読み取れない人物には本の中でも出合ったことがない。 ところで、公爵一人を公平な言葉を口にできる人物とするために、自分は悪徳の限りを尽くしてきたという表現は、なんとも痛快である。

「いやじつは、私も何かそんなふうなことがいつも頭の中にちらちらしておったよ。いやいや、そんなことは断じて無いと思うのだが、何かの拍子でまたふと心に浮かんでくるのさ!」彼は妻の恐ろしい視線を浴びて、すぐ口をつぐんでしまった。ところが、口をつぐんだのは朝だけで、晩になってまた妻と差し向かいになり、またしても口を切らねばならなくなったとき、彼はいきなり一種特別な勇気を奮い起こしたように、思いもかけぬ考えをいくつか口に出した。「それにしても、実際のところどうなんだろうね?…(沈黙)。もし本当だとすれば、こりゃおかしな話だ。私は何も依存はないがね、ただ…(再び沈黙)ただ、仮に別な面からこの件を直視すればだね、公爵は、実際、いまどき珍しい若者じゃないか、それに…それに、それに――いや、その、名前だがね、うちの家名のことだがね、そうなると、目下零落しており、いわばその家名を維持するという体裁にもなることだし…つまり、世間に対してだね、いや、そういう見地から見ると、いや、つまりその…もちろん、世間がだね、そりゃ世間は世間さ。だが、それにしても、公爵だってまんざら財産が無いというわけでもないし…いや、それも大したことじゃないにしてもだよ。ただあの男には、その…その…その」(長い沈黙の末、とうとう言葉に詰まってしまう)リザヴェータ夫人は夫の言葉を聞き終ると、とうとう癇癪玉を破裂させてしまった。
(下巻P350より引用)

公爵のアグラーヤへの求婚は果たしていいことなのか悪いことなのかという不安が(何故不安なのかが今ひとつぴんときていなかったが)エパンチン家を支配しており、イワン・フョードロヴィチ将軍が、一家の主らしい落ち着いたところをみせようとリザヴェータ夫人に話しかけたのだが、返って夫人の気分を害したばかりでなく、自分が一番戸惑っていることを示すような失態を演じてしまったのである。これは、ひとえにリザヴェータを恐れていることに起因しており、息も絶え絶えに夫人に訴えている姿など涙ぐましいものである。

自分は再び自由に、アグラーヤのところへ遊びに来て、彼女と言葉を交わし、彼女と一緒にすわり、彼女と一緒に散歩できるということだけでも、彼にとっては疑いもなく幸福の絶頂であった。そして、一生涯それだけで満足していたかもしれないのだ!(ほかならぬこの満足こそリザヴェータ夫人が心ひそかに恐れていたことである。夫人は彼の人となりを見抜いていたのである。彼女は心ひそかにいろんなことを恐れていたが、それを思い切って口へ出すことはできなかったのである)
(下巻P370より引用)

リザヴェータ夫人が、娘の母親としての立場で、公爵の子供っぽい満足から、娘の不幸という結末を演繹し、不安を抱いていたことを知って意外な驚きを感じた。このことを理解すると、突飛な夫人の発言もなるほどとうなずける。つまり、それほど早い時機から夫人はこの結論を女の直感というやつで感じていたのだ。

「まあ、よく見とれていること、まるで目も離しゃしないじゃないの。あの人の言うことを、一言一言かみしめて、一言も聞き漏らすまいとしているんですからねえ!」あとになってリザヴェータ夫人が夫に言った。「そのくせ、恋をしているんだなんて言おうものなら、それこそまた大変なことになるんですからねえ!」
「仕方がないさ――そういう運命なんだから!」将軍は肩をすくめた。これからのちも長いこと、彼はしきりに、このお気に入りの言葉を繰り返したものである。ついでに言い添えておくと、もともと実務家肌の彼には、現在の状態についていろいろ気に入らぬことが多かったのである。まず何より不満だったのは、この一軒が極めて曖昧だという点であった。だが、適当な時期が来るまでは黙っていよう…リザヴェータの顔色を…読むことにしようと、彼は決心したのであった。
(下巻P371より引用)

お気に入りの言葉を繰り返す。 馬鹿の一つ覚えのように、ときにはわざと、お気に入りの言葉を繰り返すことがある。先週はなぜかFunctionプロシージャの説明をしていたときに、Functionの虜になってしまったようで、何度も何度も繰り返しFunctionと(しかも続けざまに、気が狂ったのではないかと自分で疑うほど)のたまわったものである。

「どうか私達のそばを素通りして、私達の幸福を許してください!」
(下巻P381より引用)

自分はつくづく幸せ者だと感じるときがある。それこそ自分の幸せが申し訳ないほどに感じてしまうぐらいである。これはもう少年時代から持っていた感情で、自分が利口であるのと同じぐらいに自分が幸せであることに後ろめたさを感じていたものである。

「こんなことになってから、私はどうしても我慢がならないのです。まして私はいろんなことを知っているんですからね…ロゴージンからも、ナスターシャ・フィリポヴナの女のお友達からも、ワルワーラ・アルダリオノヴナからも… ご当人の…その…ご当人のアグラーヤ・イワーノヴナからさえも、じつにいろんなことをたくさん聞いておりますのでな。こんなことはご想像もつかないことでしょうが、あのヴェーラ、私の可愛いヴェーラの手を通して、この世にたった一人の …いや、たった一人とは言えませんな、私には子供が三人ありますからな… あのリザヴェータ夫人に手紙を送って、極秘中の秘密まで知らせたのは誰だかご存知ですか?へ、へ!あの奥さんに、ナスターシャ・フィリポヴナという人物の一切の関係やら…その動静を手紙に書いてやったのは誰でしょうね、へ、へ、へ!あの匿名の人物は誰でしょうね!失礼ですがひとつお伺いしたいですな?」
「まさかあなたじゃないでしょうね?」公爵は叫んだ。
「いや、その通りでしてね」
(下巻P391より引用)

彼の意図はやはり見えない。謎が深まるばかりである。本当に公爵に許しをもらうために卑劣な行為をわざと引き起こしているというのか。彼は恐ろしく記憶力と情報収集能力が高い。この能力を正しく使えないのが哀れでならない。

「ほう!やっと冷静さを失って、びっくりしたようですね?いや、人間らしくなりたいという気になったのは、何よりですよ。その代わりに、ひとつあなたを喜ばしてあげましょうか。それにしても、
…(中略)…
ねえ、賭けをしてもいいですが、あなたが今どんなことを考えていらっしゃるか、ぼくはちゃんと知ってますよ。あなたは《例えこの男は殴る必要がないにしても、その代わり眠っているところを、枕かぬれ雑巾で絞め殺すことはできるな、いや、是非ともそうしなくちゃならんくらいだ》って考えているんでしょう… いまこの瞬間そう考えていらっしゃることが、ちゃんとその顔に書いてありますよ」
「そんなこと一度だって考えたことがありませんよ!」公爵は嫌悪の色を浮かべて言った。
(下巻P452より引用)

イポリートの「独白」は冗長で読むに耐えない代物だったが、そのときふと思ったのは(この男は公爵が自意識を禁じられた人物であるために、作者の欲求不満が溜まり、それを解消するために登場してきた人物ではないか)というものである。 結局「独白」から引用することをやめにしたので、唯一気の利いた表現を見つけたのでここを引用して彼の存在を忘れない処置を講じた。

「憐憫に値する女だというのですか?そうあなたはおっしゃりたいんですね、公爵?しかし、単なる憐憫のために、あの女の満足のために、もう一人の気高く清らかな令嬢を汚してもいいものでしょうか?
…(中略)…」
「でも、それでことは足りるんですか?」エヴゲーニイ・パーヴロヴィチは憤激して叫んだ。「『ああ、自分が悪かったんです!』と叫んだら、それでことは済むんでしょうか?悪かったと言いながら、自分ではかたくなに強情を張っているんじゃありませんか!一体そのときあなたの心は、その《キリスト教的》な心はどこにあったんです?あの瞬間のあの人の顔をご覧になったでしょう?いったいあの人はあの女よりも、二人の仲を引き裂いたあなたのもう一人の女よりも、苦しみ方が足りなかったとでも言うんですか?どうしたあなたはそれを見ていながら、あんなふうに放っておいたのです、ねえ?」
(下巻P491より引用)

公爵がアグラーヤとの結婚を間近に控え、公爵の愛に不安を抱きそれを確認しようとしたアグラーヤの行為は裏目に出て(そのほうが良かったのかもしれない)、公爵はナスターシャに乗り換えてしまった(適切な表現ではないが、自分もエヴゲーニイ・パーヴロヴィチと気分は同じである)。 全く、公爵には憤慨する。人を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、自分は終始頭を垂れているばかりである。責任が負えないことまで頭を突っ込んでばかりいるから不幸を招くのだ。もちろん、仮面をかぶらない人物という抽象的な存在にドストエスフキーが憧れを抱いたのはうなずける。そして、仮面をかぶった、理性に抑制された人間が必ずしも正しいとは限らないことも分かっている(むしろ全く正しくないという見解にも耳を傾ける用意はある)。しかし、そうは言っても、そうは言っても、これでは、あんまりだ!

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2002年 5月 12日

永遠の夫

投稿者 by vulcan at 19:12 / カテゴリ: / 15 コメント / 0 TrackBack

1870年(49歳)の作品
お勧め度☆
出展:新潮文庫、千種 堅訳

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「永遠の夫」はどうにも印象が薄く、一読したことがあるなどというのが信じられないぐらいである。買ったけれども読まなかったのではないかとさえ思える。今回読み返してみて、やはりほとんど初めて読んだような気持ちだった。
また、読み進めていくうちに何が主題かが分からなくなり、あとでどれを引用したものか困ったことになりそうだぞと思いながら、遂には読み終えてしまった。
しかし読み終えて安心した。
訳者が全てを解説してくれていたのだ。私の出る幕など一つも無かった。そしてこの解説にのみ読んだ記憶を認めたのだ。解説に対する解説もおかしいし、千種氏の解説はわたしの言いたかったことを全て言ってのけていらっしゃるので以下に引用して終えることにする。

ドストエフスキーの『永遠の夫』と聞けば、ロシアの大文豪の「永遠の夫」像とはどんなものであろうかと関心をそそられる読者があってもおかしくない。女性から見れば男性の理想像にほかならない「永遠の夫」を奥深い人生哲学と人間観照に根ざした天才ドストエフスキーがどのように把握し、描いているのか大いに興味をそそられるところである。あるいはその「怪物性」からどんなにか屈折した、心理的曲折に富んだ人間像が飛び出してくるだろうと多少の期待を抱きながら。
ところが実際に本書『永遠の夫』を読んでいるうちに、登場人物の屈折した心理描写はともかくとして、ドストエフスキーなりの「永遠の夫」像がはっきりしないのに歯がゆさを覚える読者も出てこよう。
もちろん「永遠の夫」が何であるかについてのくだりは無いわけではない。この作品でいう「永遠の夫」とは、男を取っかえひっかえしている淫乱な人妻の夫のことで、「生涯ただただ夫であることに終始」(本書4 妻、夫、愛人)し「ちょうど太陽が輝かずにはいられないように、妻に不貞をされずにはすまない」(同)そういう存在だという。
これでは「永遠の夫」という日本語の常識的な感覚から外れることおびただしく、いかにドストエフスキーが常識の枠を超えた巨大な存在とはいえ、素直には受け止められないところがある。
まあ、「永遠の夫」というタイトルに勝手な期待を持ったのがいけないといえば、それまでのことだが、とがめを受けるべきはやはり「永遠の夫」という日本語の訳語ではなかろうか。
ロシア語の書名はВечный муж、たしかに「永遠の夫」であり、ほかの外国語の訳語書名も日本語に訳せばこの通りの書名となっている。しかし、ロシア語の Вечныйという形容詞を使った表現を見ると、いわゆる「永遠の」という表現のほかに、「無期懲役」の「無期」とか、「万年筆」「万年候補」「万年雪」といった場合の「万年」にも使われている。
この線を押していけばВечный мужは何も「永遠の夫」というような取り澄ました訳語でなくてもいいことになる。たとえば、日本語としてはあまりなじまないのだが、「万年亭主」という訳語になっても、それほど見当違いではないだろう。
つまり、女房のほうは次々と愛人を替えて浮名を流しているのに、亭主のほうは浮気ひとつできず、いってみれば「亭主の座」にしがみつくしか能が無い。これすなわち「万年亭主」というわけである。
そうした前提に立って、この作品を読み直してみれば、妙に遠慮がちで正体不明な喪章をつけた人物も別に思わせぶりでもなんでもなくなり、読みすすむほどに、この人物こそが主人公の「万年亭主」だと納得して、興味津々たる話の運びに引きこまれて行くのである。
これが「永遠の夫」にこだわっていた日には、喪章の男トルソーツキイが主人公だと納得するのに暇がかかり、いや拒絶反応を起し、「永遠の夫」はどうでもヴェリチャーニノフでなくてはと決めてかかる破目になりかねない。そんな予断を持っていては、せっかくの名作の理解も中途半端に終わるだろう。
(P253訳者千種 堅氏解説より引用)

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2002年 5月 08日

罪と罰

投稿者 by vulcan at 19:05 / カテゴリ: / 11 コメント / 0 TrackBack

1866年(45歳)の作品
お勧め度☆☆☆☆☆
出展:新潮文庫、工藤精一郎訳

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ようやく「罪と罰」を読み返すことが出来るときが来た。そして、「罪と罰」を語るときが訪れたのだ!ドストエフスキーを語る企画を考えたのだが、「罪と罰」を語るためにこの企画を立てたといっても過言ではない。これまでの一月ばかりは「罪と罰」を語るために周到に用意されたプロローグでしかない。ようやくそのときが、つまり、機が熟したのである。これほどの幸福はめったにない。
「罪と罰」を読むのは、かれこれこれで四度目になると思う。しかし、四度目の今回でも、とても新鮮で、最高にわくわくする、完璧といってよい素晴らしい作品を読み返せた喜び以外に何も感じない。まったく完璧である。微塵の不満も無い。
それは、一つは自分の記憶力の無さに、そしてもう一つは自分の注意力の無さに起因した感動かもしれない。しかし、そんなことはどうでも良い。「罪と罰」は良いのだ。誰にも文句は言わせない。
四度目の今回は、とても素晴らしい発見があった。四度目だからできる発見であり、プロローグがあって初めて分かる発見であった。「罪と罰」は読者を異常に引き込む力がある。夢中になって頁をめくらせる力がある。何よりも展開が良い。構成が良い。心理描写が良い。その術中にはまり込むと見えにくいものが一層見えなくなる。つまり、ドストエフスキーの意図だとか、自分の知識では理解に苦しむ当時の状況や心理状態など、知らない英単語を読み飛ばして趣旨を理解して満足してしまう状況に似た、見落とした宝箱がごろごろしている。
自分は少し興奮しすぎたようだ。読み返しても何が言いたいのかさっぱり分からない。しかし敢えてこのままにしておこう。これこそ感動の表現というものだ。

「その女がよ、朝っぱらにおれんとこへ来やがったんだよ」と年上のほうが若いほうに言った。「とてつもなく早くさ、すっかりおめかししてよ。《おい、いやになれなれしいじゃないか、何だっておれにそうべたつくんだい?》と言ってやったら、言い草がいいじゃないか。《ねえ、チート・ワシーリエヴィチ、今日からあたし、あんたの思いのままになりたいのよ》だってさ。とまあ、こういうわけよ!そのめかしっ振りったら、まったく、ジャーナルだよ。ジャーナルそっくりなのさ!」
「なんだいそれぁ、兄貴、そのジャーナルってさ?」と若い方が聞いた。彼はどうやら《兄貴》にいろいろと仕込まれているらしい。
「ジャーナルか、それはな、おめえ、きれいな色の付いた絵のことよ。土曜日ごとに、郵便でさ、外国からここの仕立て屋に送られて来るんだ。つまりだな、誰がどんな服を着たらいいか、男のおしゃれはどうするか、女のおしゃれはどうするかってことが、書いてあるのさ。まあ、スケッチみたいなもんだ。男のほうはたいていすその長い外套を着ているが、女のほうときたら、おめえ、その豪勢な衣装ったら、おめえの全財産をはたいても、とても買えるしろものじゃねえよ!」
「まったくこのピーテル(訳注:ペテルブルグ)にゃ無いってものがねえんだなあ!」と若い方が嬉しそうに目を輝かせて叫んだ。「親父とお袋のほかは、何でもあるよ!」
(上巻P298より引用)

なぜ、これを引用したのか。どうしてここから引用を開始しなければならないのか。自分でも理解に苦しむ。
マルメラードフとカテリーナ・イワーノヴナの衝撃的な登場は要らないのか、老婆アリョーナ・イワーノヴナとの対決はどこへ行ってしまったのだ、そして何よりもラスコーリニコフの心理描写は、それこそ中心的課題ではないか。
これらを引用できないわけは、ひとえに引用にむかないためである。引用するには長すぎる。布石があちこちにちりばめられている。物語は完成しているのだ。それを壊す勇気は、断片化させる勇気は、自分には無い。
それではどうしてここを引用したかというと、一つは今も言ったように断片化できるからであり、《兄貴》の兄貴面や《若い方》の自分に手に入れられないものでもそれがそこにあるというだけで嬉しそうに目を輝かせるさまに心が和んだのと、《親父とお袋のほかは、何でもあるよ!》に意味深長な意図を感じさせられたためである。
どんな意図か、それは読めば分かるしそれを解説するのは野暮というものである。
が、読まない人のために敢えて付け加えると、ロシアの民にとって《親父》と《お袋》は神聖で絶対な存在であり、何物にも代えがたい存在であり、且つ抽象的な存在でさえあって、したがって、《親父》と《お袋》が無いのであれば、その他に何があろうと何もないのと代わりが無い、いや、むしろそれよりひどいということにつながるのである。

「なに?」とラスコーリニコフは目が覚めたように問い返した。「ああ…なに、その男を家へ運び込むのを手伝ったとき、血が付いたのさ…そのことですが、お母さん、ぼくは昨日実に申し訳ないことをしてしまったんです。たしかに頭がどうかしていました。ぼくは昨日、お母さんが送ってくだすったお金をすっかり、やってしまったんです…その男の妻に…葬式の費用にって。夫に死なれて、肺病で、あんまりかわいそうなんです…子供が三人、食べるものもなく…家の中は空っぽで…もう一人娘がいますが…きっと、あんな様子を見たら、お母さんだってお金をやったでしょう…でもぼくには、あんなことをする権利は全然なかったんです、だって、はっきり言いますが、あのお金はお母さんがどんな苦しい思いをしておつくりになった金か、ぼくはちゃんと知ってるんですもの。人を助けるには、まずその権利を作らなきゃいけないんです、さもないとフランスのことわざに言うCrevez, Chiens, si vous n'etes pas contents! (腹が減ったら犬でも殺せ)てことになりますよ」彼はにやりと笑った。「そうだろう、ドゥーニャ?」
「いいえ、ちがいますわ」とドゥーニャはきっぱりと答えた。
「え!じゃおまえも…そうなのか!…」と彼はほとんど憎悪に近い目で彼女をにらみ、あざけりの薄笑いを浮かべながら呟いた。「おれはそれを考慮に入れるべきだったのさ…まあ、立派だよ、お前はそのほうがよかろうさ… だが、何れはある一線に行き付く、それを踏み越えなければ…不幸になるだろうし、踏み越えれば…もっと不幸になるかもしれん…でもまあ、こんなことはくだらんよ!」
(上巻P393より引用)

ここははっきり言ってラスコーリニコフの言ってる意味が理解できない。心理は理解できる。しかしそれで満足していいのだろうか。
《おまえも…そうなのか!》は慈悲を施すには権利など必要ないしそもそも無関係であるという考え方をドゥーニャも持っていることを知って(おそらく予想していたが)、憎悪を覚えたのだろう。しかし奇麗事を言ってられないぎりぎりの境地に立ったとき、果たしてお前は迷うことも苦悩することもないかな?という、妹をさげずんだ心理が見え隠れする。
しかし、果たしてこの解釈でよいのだろうか?狂気じみたラスコーリニコフを解釈するには四度の読み返しではまだ足りないのかもしれない。

「なんのために?それがぼくにも分からないんです。だがぼくにはありのままの事実を語ったということ、それは確かです!あなたは実に汚らわしい、罪深い男だ。ぼくは決して間違っていません、その証拠にあの時すぐに、つまりぼくがあなたに感謝して、あなたの手を握り締めたあのときにですね、このことについて一つの疑問が頭に浮かんだのを、はっきり覚えているんです。一体何のためにあなたが彼女のポケットにそっと忍ばせたのか?つまり、どうしてそっとでなければいけないのか?ぼくが反対の信念を持ち、社会悪の根を少しも摘み取ることの出来ない個人的慈善を否定することを知っているから、ぼくに隠そうとした、ただそれだけのことだろうか?そう考えてきて、ぼくはあなたはこんな大金をやるのがほんとにぼくに恥ずかしいのだろう、と解釈したわけです。さらに、ひょっとしたら、思いがけぬ贈り物をして、家へ帰ってからポケットに百ルーブリも入っているのを見て、びっくりさせてやろうと思ったのかもしれない、とも考えてみました(ぼくも知ってますが、慈善家の中にはこんなふうに自分の善行を粉飾するのがひどく好きな連中がいるものです)。さらに、あなたは彼女を試そうとした、つまり彼女がそれを見つけて、お礼を言いに来るかどうかを見ようとしたのかもしれない、とも考えました。あるいはまた、お礼を言われるのを避けたいのかもしれない、その、いわゆる右手にもしらむべからず、というわけでね… 要するに、まあいろいろ考えてみましたよ…ほんとに、あのときは次々といろんな考えが浮かんでくるので、後でゆっくりそれらを検討してみることにしたんですが、それでもやはり、この秘密を知っていることをあなたに打ち明けるのは、慎みがなさ過ぎると思いました。しかしそう思う裏から、すぐに、ソーフィヤ・セミョーノヴナが、気が付く前に、運悪く金を紛失しないとも限らない、という不安が沸いたのです。それでぼくはここへ来て、彼女を呼び出し、ポケットに百ルーブリ紙幣を入れられたことを教えてやることに決めました。その前にちょっとコブイリャトニコーワ婦人の部屋に立ち寄って、《実証的方法論概説》を渡し、特にピデリットの論文(ワグネルのものですが)を読むように薦めて、それからここへ来たわけですが、来てみるとこの騒ぎです!いいですか、あなたが彼女のポケットに百ルーブリ紙幣を入れたのを、ぼくが実際に見ていなかったら、ですよ、ぼくはこうした全ての推論や考察を持つことができたでしょうか、できたでしょうか?」
アンドレイ・セミョーノヴィチは長い考察を述べ終わり、いかにも明快な論理的結論で言葉を結ぶと、がっくり疲れて、顔には大粒の汗さえ噴き出した。かわいそうに、彼はロシア語でさえ満足に説明ができなかったのである(もっとも、他の言葉は何も知らないが)。それで彼はこの弁護士としての功績を果たした後は、一時にすっかり消耗してしまって、急にげっそり痩せたようにさえ見えた。
(下巻P220より引用)

『白夜』のコメントで述べたように、自分もこのように考察するのが好きである。考察せずにはいられないといってもよい。それはシミュレートであったり、違う形をとったりするのだが、考察して論理的結論を導くのがとても楽しくて仕方がない。 アンドレイ・セミョーノヴィチの考察の事実という証拠によって、ソーニャが百ルーブリをくすねたという嫌疑が晴れたわけだが、考察が証拠になるという思いがけない展開と、考察の妙味を味わい深く表現しているところが気に入って長々と引用してしまった。

「ぼくたちは別々な人間だ…ねえ、ソーニャ、ぼくは今になって初めて、いまやっとわかったんだよ、昨日きみをどこへ連れて行こうとしたのか?昨日、君を誘ったときは、まだ自分でもどこへ行くのか分からなかった。きみに見捨てられたくない、ただその一心できみを誘い、ただその一心でここへ来たんだ。ぼくを見捨てないでね、ソーニャ?」
ソーニャはラスコーリニコフの手を強く握り締めた。
「でも、何のためにおれは、何のためにこの女に言ったんだ、何のためにこの女に打ち明けたんだ!」一分ほどすると、限りない苦悩にぬれた目で彼女を見守りながら、彼は絶望的に叫んだ。「今きみは、ぼくの説明を待っているんだね、ソーニャ、じっと座って、待っているんだね、ぼくにはそれが分かるよ、だが、ぼくは何を言ったらいいんだ?説明したって、君には何も分かるまい、ただ苦しむだけだ、苦しみぬくだけだ…ぼくのために!ほら、君は泣いてるね、まだぼくを抱きしめてくれる。――ねえ、きみはどうしてぼくを抱きしめてくれるんだ?ぼくが一人で耐え切れないで、《きみに苦しんでくれ、そうすればぼくも楽になる!》なんて虫のいいことを考えて、苦しみを分かつために来たからか。え、きみはそんな卑劣な男を愛せるのか?」
「だって、あなただって苦しんでるじゃありませんか?」とソーニャは叫んだ。
またあの感情が波のように押し寄せて、また彼の心を一瞬和らげた。
「ソーニャ、ぼくはずるい心があるんだよ。それを頭においてごらん、いろいろなことがそれで分かるから。ぼくがここへ来たのも、ずるいからだよ。こうなっても、来ない人々だっているよ。だがぼくは臆病で…卑怯な男なんだ!でも…そんなことはどうでもいい!そんなことじゃないんだ…話さなくちゃならんのだが、うまく言い出せない…」
(下巻P247より引用)

彼の苦悩が伝わってくる。しかしその苦悩とは一体何なのか。真にそれを理解するにはロシア正教徒に改宗しなければ不可能なのかもしれない。 己の弱さを認め、そこに甘んじることが卑怯であろうか。確かに卑怯と言う者もいよう。彼の思想の立場にたてば、己を許すことなど、甘やかすことなど、できるはずがない。自分自身について、完全に自分ひとりで責任を取る必要がある、自分のまいた種は自分でけりをつけねばならない、それに耐えられない自分を卑怯とののしっているわけだが、果たして耐えられる者などいるのだろうか?

「いや、ソーニャ、あれはそうじゃないんだよ!」と彼は、自分でも思いがけぬ考えの変化に驚いて、また心が高ぶってきたように、急に顔を上げて、またしゃべりだした。
「そうじゃないんだよ!それよりも…こう考えてごらん。(そうだ!確かにそのほうがいい!)つまり、ぼくという男はうぬぼれが強く、妬み深く、根性がねじけて、卑怯で、執念深く、その上…さらに、発狂の恐れがある。まあそう考えるんだね。(もうこうなったらかまうものか、ひとおもいにすっかりぶちまけてやれ!発狂のことは前にも噂になっていた、おれは気付いていたんだ!)さっき、学資がつづかなかったって、きみに言ったね。ところが、やってゆけたかもしれないんだよ。大学に納める金は、母が送ってくれたろうし、はくものや、着るものや、パン代くらいは、ぼくが自分で稼げただろうからね。ほんとだよ!家庭教師に行けば、一回で五十コペイカになったんだ。ラズミーヒンだってやっている!それをぼくは、意地になって、やろうとしなかったんだ。たしかに意地になっていた。(これはうまい表現だ!)そしてぼくは、まるで蜘蛛みたいに、自分の巣に隠れてしまった。君はぼくの穴ぐらへ来たから、見ただろう… ねえ、ソーニャ、君にも分かるだろうけど、低い天井と狭い部屋は魂と頭脳を圧迫するものだよ!ああ、ぼくはどんなにあの穴ぐらを憎んだことか!でもやっぱり、出る気にはなれなかった。わざと出ようとしなかったんだ!何日も何日も外へ出なかった、働きたくなかった、食う気さえ起きなかった、ただ寝てばかりいた。ナスターシヤが持ってきてくれれば――食うし、持ってきてくれなければ――そのまま一日中寝ている。わざと意地を張って頼みもしなかった!夜は明かりがないから、暗闇の中に寝ている、ろうそくを買う金を稼ごうともしない。勉強をしなければならないのに、本は売り飛ばしてしまった。机の上は原稿にもノートにも、今じゃ埃が一センチほども積もっている。ぼくはむしろ寝転がって、考えているほうが好きだった。どんなって、言ってもしようがないよ!ところが、その頃からようやくぼくの頭にちらつきだしたんだ、その…いや、そうじゃない!ぼくはまたでたらめを言い出した!実はね、その頃ぼくは絶えず自分に尋ねていたんだ、どうしてぼくはこんなに馬鹿なんだろう、もし他の人々が馬鹿で、その馬鹿なことがはっきり分かっていたら、どうして自分だけでももっと利口になろうとしないのだ?そのうちぼくはね、ソーニャ、みんなが利口になるのを待っていたら、いつのことになるか分からない、ということが分かったんだ…それから更にぼくは悟った、絶対にそんなことにはなりっこない、人間は変わるものじゃないし、誰も人間を作り変えることはできない、そんなことに労力を費やすのは無駄なことだ、とね。そう、それはそうだよ!… それでぼくは分かったんだ、頭脳と精神の強固なものが、彼らの上に立つ支配者となる!多くのことを実行する勇気のあるものが、彼らの間では正しい人間なのだ。より多くのものを蔑視することのできる者が、彼らの立法者であり、誰よりも実行力のあるものが、誰よりも正しいのだ!これまでもそうだったし、これからもそうなのだ!それが見えないのは盲者だけだ!」
(下巻P251より引用)

ここは、自分の考え、感情を表せばおそらくこういう表現にもなりえようと思ったため、自己の代弁として引用することに決め、そっと頁を折って印をつけたのだ。

「いや、話さなかった…言葉では。でも、母さんはいろいろと悟っていたよ。夜お前がうなされているのを、聞いたんだよ。もう大体は分かっていると思うよ。寄ったのは、まずかったかもしれない。まったく、何のために寄ったかさえ、ぼくには分からないんだよ。ぼくは下劣な人間だよ、ドゥーニャ」
「下劣な人間、だって苦しみを受けようとしてるじゃありませんか!ほんとに、行くのね?」
「行くよ。今すぐ。ぼくはこの恥辱を逃れるために、川へ身を投げようとしたんだよ、ドゥーニャ、だが橋の上に立って水を見たときに、考えたんだ、今まで自分を強い人間と考えていたのじゃないか、今恥辱を恐れてどうする」と彼は先回りをして、言った。「これが誇りというものだろうな、ドゥーニャ?」
「誇りだわ、ロージャ」
彼のどんよりした目に一瞬火花がきらめいたようだった。まだ誇りがあることが、嬉しくなったらしい。
「水を見て怖気づいただけさ、なんて思わないだろうね、ドゥーニャ?」と彼は醜い薄笑いを浮かべて、彼女の顔を覗きこみながら、尋ねた。
「おお、ロージャ、よして!」とドゥーニャは悲しそうに叫んだ。
(下巻P433より引用)

ラスコーリニコフに残された選択肢は、自殺をするか、さもなければ外国へ逃亡するかだ(しかしその金は無い)とスヴィドリガイロフに告げられて、怯え、長い時間の経過によってすっかりあきらめの境地に立とうとしていたドゥーニャは、《水を見て怖気づいただけさ、なんて思わないだろうね》という彼の言葉で、彼の自尊心が彼を苦しみぬいていることを悟ったはずだ(そんなことはもうすっかり分かっていたけれど、まるで動かしようの無い事実を突きつけられたかのような言葉によって)。だから《おお》なのである。 ところで、四度目にして強くその重要性、存在意義を感じたスヴィドリガイロフについて何も引用しないで終わろうとしている。そこで彼については、ここで少しコメントしようと思う。 評論家の間では、彼は絶望的ニヒリストという位置づけとなっている。このことを自分はよく理解できなかった。また、何故彼があのような行動、思考をとらなければならないのかとんと合点がいかなかった。しかし、今回、彼の《自分は終わってしまった人間である》という表現が鍵になっているのではないかと感じた(あれ、これはポルフィーリイ・ペトローヴィチの言葉だったっけ?そういえばポルフィーリイ・ペトローヴィチについても何も引用せずに終わりそうだぞ。いや、そんなことは今はどうでもいい。それにこの言葉がポルフィーリイの言葉であろうとなかろうと、そんなことはどっちだっていいのだ。ちぇっ、また自分の記憶力の無さを露呈してしまった。確かにポルフィーリイも終わった人間かもしれないが、スヴィドリガイロフこそ終わった人間なのさ。だから彼の言葉にしてしまったって別に構わないではないか)。 老いとその自覚、それこそがニヒリストを生み出す源であり、無信仰がそれに拍車をかける。となると現代、とりわけ日本の現代はニヒリストのるつぼとなってしまうが、そうでないとも言い切れまい。

「これが、つまり十字架を背負うということのシンボルか、へ!へ!まるでこれまでぼくが苦しみ足りなかったみたいだ!糸杉の十字架、つまり民衆の十字架か。銅の――それがリザヴェータのか、君が自分でかけるんだね、 ――どれ、見せてごらん?じゃああの女はこれをかけていたのか…あのとき?ぼくはこれと同じような二つの十字架を知ってるよ、銀のとちっちゃな聖像だった。あのとき老婆の胸の上に捨ててきたんだ。うん、そう言えば、あれを今、そうだ、あれを今つけりゃいいんだ…それはそうと、ばかなことばかりしゃべって、用件を忘れている。どうも気が散っていかん!… 実はね、ソーニャ、――ぼくは、君に知っておいてもらおうと思って、わざわざ寄ったんだよ…なに、それだけさ…それで寄っただけなんだ(フム、しかし、もっと話すことがあったような気がしたが)、だってきみは自分で勧めたじゃないか、自首しろって、だから今からぼくが監獄に入り、きみの願いがかなえられるって訳だよ。一体どうしてきみは泣いているんだ?きみまで?よしてくれ、もういいよ。ああ、こういうことがぼくにはたまらなく辛いんだ!」
しかし、不憫に思う気持ちが彼の中に生まれた。ソーニャを見ていると、彼は胸がつまった。《この女が、この女が、何を?》と彼は密かに考えた。《おれがこの女の何なのだろう?この女はどうして泣いているのだ、どうしておれの世話をするのだ、母かドゥーニャみたいに?おれのいい乳母になるだろうよ!》
「十字をお切りになって、せめて一度でもいいからお祈りになって」とソーニャはおどおどした震え声で頼んだ。
「ああ、いいとも、何度でもきみのいいだけ祈るよ!素直な心で祈るよ、ソーニャ、素直な心で…」
彼は、しかし、何か別なことを言いたかった。
彼は何度か十字を切った。
(下巻P443より引用)

この後しばらくしてエピローグが用意されている。この物語が完成しているのはエピローグの存在によると自分は考える。確かにラスコーリニコフ、ソーニャ、ドゥーニャ、母プリヘーリヤ、ラズミーヒン、ルージン、マルメラードフ、カテリーナ、スヴィドリガイロフ、ポルフィーリイといった数々の主要な人物を余すところ無く描写しているところなど完璧と言っていいが、エピローグによって、新たな物語の始まりを予感させたところにこそ、この物語の完成度の全てがあるように思える。 これまでの彼の作品は暗い結末で終わる。後味悪く後ろめたさが残る。それは彼が現実を逃避した口先だけの希望を安易に認めないし与えないという強い信念に基づいていたのであろう。もちろん物語がこれで終わりではないことを暗示して終わっている作品もかなりある。しかし、それらの話を打ち切ったのは、話すべきほどの物語ではないことを彼が知っていたからであり、それは読者にも伝わった。主人公は終わってしまった(肉体は滅びなくとも)。だから話も終わってしまったのだ。しかし、ここでは彼は希望を与えた、エピローグによって。それはラスコーリニコフが苦悩を十分に受け、十字架を背負いきったご褒美であろう(ナウシカのように)。ご褒美という気持ちはおそらく無かったと思うが、しかしそれに近いある種の満足がエピローグを書かせたのであろう。

四度目の「罪と罰」までは、なぜドストエフスキーが「罪と罰」を書こうとしたのか、書かざるを得なかったのか、構想をずっと暖めていたことなど思いも及ばなかった。
しかし四度読んでみると、確かに「罪と罰」は彼の実体験に基づいており、決して空想によってひょっこり出来上がった小説ではないことを知る。ドストエフスキーが殺人を起こさなかったのは単に運がよかったに過ぎず、めぐり合わせであるとまで言える。
ペトラシェフスキー事件前夜の彼の思考は、ラスコーリニコフに近い、自分自身でさえ自分が信じられないほどに極度の精神分裂状態にあったのではないかと思える。彼にはソーニャやドゥーニャはおらず、母も幼い時分に無くしてしまった事を考えると確かに空想ではあるが、当時彼の頭の中にはそうした人物が存在していたのであり、そういう意味では実体験と表現しても構わないのではないか。なによりも、彼は人間の心理描写こそリアリズムであると考えていたではないか。であればなおさらであろう。

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2002年 4月 27日

二重人格(分身)

投稿者 by vulcan at 16:52 / カテゴリ: / 11 コメント / 0 TrackBack

1845年(24歳)の作品
お勧め度☆

「二重人格」は人格の二重性を追求した文学かと思いきや、本物の分身の登場とそれに伴う主人公の精神的破滅というストーリーで、人格の二重性から生まれた分身という意味では「二重人格」というタイトルもうなずけないではないが、誤解を招く表現である。
ところでこの本は、駄作ではないが、非常に冗長で(そこがドストエフスキーらしいところなのだが)、とても読み進めにくい。半分ほど読めば、あとは一気に読めなくも無いが、それというのも『早くけりをつけたい』という一心から読み進められるだけのことである。ドストエフスキーを愛するもの以外にはとてもしまいまで読むことは出来ない相談だろう。
「二重人格」が処女作である「貧しき人々」に続く作品で、ドストエフスキー自身が愛した作品であることから、ドストフリークとしては一応の敬意を評せねばなるまい。しかし、当時の文学界から既にこき下ろされ、現代ではよほどの愛好家でなければその存在すら知られないという事実が、この作品に対する雄弁な評価であることに、私も異議を唱えることはしない。

2002年 4月 22日

賭博者

投稿者 by vulcan at 19:03 / カテゴリ: / 5 コメント / 0 TrackBack

1866年(45歳)の作品
お勧め度☆

ドストエフスキーを読まれるならば、「賭博者」は最後にすることを薦める。文学的見地から見て何の価値もなく、唯の落書きとさえ思えてしまう。ドストエフスキーが執筆したという事実だけが頁をめくる原動力である。それ以外には何もない。
唯一関心を寄せるのは、ドストエフスキー自身が主人公同様にルーレットで身を破滅させ、その体験に基づいて「賭博者」が出来上がったという事実であり、恋人アポリナーリヤとの外国旅行、道中での賭博狂で無一文となり挙句はアポリナーリヤにも見捨てられ、また妻マリア・兄ミハイルに先立たれ、精神的な支え(妻マリア)と金銭的な支え(兄ミハイル)を同時に失い(兄はドストエフスキーの金庫番であったようだ)、債権者から提示された最後の一ヶ月で(その一ヶ月以内に長編を一冊作らねば以後の9年間を債権者のために執筆する羽目になっていた。当時は「罪と罰」の連載中の身で、万事休したかのように思われた。)、速記者である後の妻アンナの協力を得て僅か27日で口述筆記して作り上げたという、破天荒な背景である。
極度に追い込まれ、僅か27日で作り上げたことを考慮すれば、「賭博者」はドストエフスキーが天才であることを示す作品であり、この作品を機にアンナと結ばれ、後の大作群の影の支えを手にしたことを思えば感慨にふけることも無くはない。
しかし、純粋に文学として「賭博者」と向き合えば、二度も読み返すことにはなったが(一度目でさえ嫌々読み進めた)、何一つ得るものは無かったといっても過言ではない。

2002年 4月 18日

地下室の手記

投稿者 by vulcan at 18:29 / カテゴリ: / 7 コメント / 0 TrackBack

1864年(43歳)の作品
お勧め度☆☆☆☆
出展:新潮文庫、江川 卓訳

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「貧しき人びと」「白夜」「死の家の記録」といった初期の作品は人道主義的社会派としてのドストエフスキーを垣間見ることが出来る。勿論、こうした作品のなかにもドストエフスキーらしさ、つまり、自意識の強い、自虐的な表現を多く見つけることができるのだが、「地下室の手記」以降、そうした人道主義は息を潜めだす。「地下室の手記」はまさに『絶望の分析』であり、それはドストエフスキーの挑戦である。彼の挑戦は見事に成功を収め、さまざまな意味で、現代文学と何よりも彼自身に多大な転換をもたらした。まさに、世界のドストエフスキーにならしめた転機を画した作品と言ってよい。

もうずっと前から――ざっと二十年も、ぼくはこんな生き方をつづけている。いまぼくは四十歳だ。以前は勤めていたが、現在は無職。ぼくは意地悪な役人だった。人に邪険に当たって、それで溜飲を下げていた。何しろ賄賂を取らないのだから、せめてこれくらいのご褒美は受けるのが当然、と割り切っていた。(まずい警句だが、消すつもりは無い。ピリッとしたやつが出来そうな気がして書いたのだが、今見ると、われながら浅ましく気取って見せただけだったと分かる。だから、わざと消さないでやる!)
(P6より引用)

何がわざとなのか、何のためにわざとなのか、理解に苦しむとしたらあなたは幸せである。

だが、それはともかく、いっぱし人並みの人間が、最も好んで話題に出来ることといったら、なんだろうか?
答え――自分自身のこと。
では、ぼくも自分自身のことを話すとしようか。

(P10より引用)

おそらくこの言い回しを私は100回は真似てきた。さまざまなバリエーションで使いたくってきた。それほど気に入った表現であり、とても使いやすい手法である。

もちろん、それは絶望の快楽だが、絶望の中にこそじんと焼け付くような快楽が潜んでいることだって多いのだ。特に、どこへどう逃れようもないような自分の状況を痛切に意識するときなんかは、なおさらである。ところで、いまの話の平手打ちを食った場合だが、この場合には、さあ、俺は面目玉をまるつぶしにされて、もう二度と浮かび上がれないぞ、という意識がぐっとのしかかってくるものなのだ。要するに、肝心の点は、どう頭をひねってみても、結局のところは、万事につけていつもぼくが真っ先に悪者になってしまう、しかも、何より癪に障るのは、そいつが罪なき罪というやつで、いわば、自然の法則でそうなってしまうことなのだ。
まず第一に、ぼくが周囲の誰よりも賢いのがいけない、ということになる。(ぼくはいつも、自分は周囲の誰よりも賢いと考えてきた。そして、ときには、真に受けていただけるかどうか知らないが、それを後ろめたく感じさえしたものだ。少なくともぼくは、生涯、いつもどこかそっぽのほうを見ていて、人々の目をまともに見られたことがない)。
(P14より引用)

ここはそれこそ自分の気持ちをドストエフスキーが代弁してくれたのではないかと思えるほど、驚くほど自分の心理が描写されている。自分で書いたのではないかと思えるほど、ドキッとしてしまう。

ところが、実を言うと、官能の喜びは、こうした各種さまざまな自意識やら屈辱の中にこそ含まれているのだ。何のことは無い。<俺はお前たちを悩まし、気分をかきむしり、家中のものを眠らせないでいる。それなら、おまえたちも、いっそ眠らないで、俺が歯が痛いんだということを、四六時中感じ続けるがいいさ。以前はお前たちに英雄らしく見られたいとも思ったものだが、いまは英雄どころか、要するに、汚らわしいやくざ野郎にしか過ぎない。なあに、それならそれで結構!正体を分かってもらえて、かえってせいせいしたくらいだ。俺のげひたうめき声がお気に召さないだと?お気に召さなくて結構。では一つ、もう一段、いやらしく手の込んだところを聞かしてやろうか…>というわけなのだ。
諸君、これでもまだ分かっていただけないだろうか?いや、どうやら、この官能の喜びの微妙なニュアンスをすっかり解せるようになるには、もっともっと知的な発達を遂げ、自覚を高めねばならないらしい!諸君は笑っているのか?それは嬉しい。ぼくの冗談は、諸君、もちろん品が悪いし、むらがあって、たどたどしい上に、なにやら自信無げな調子だ。しかし、こいつは、ぼくが自分で自分を尊敬していないからこそなのだ。いったい自意識を持った人間が、幾らかでも自分を尊敬するなんて、できることだろうか?
(P23より引用)

自意識を持った人間が行き着く果てにあるものは、自虐にこそ真の快楽を見つけ出すことである。つまり、自我の目覚めである自身への尊敬は、辿りつくべきところに辿り着いた瞬間から完璧に崩壊する。自分のことを考えたその瞬間から、そのような自意識が独りよがりなもので、公正な判断ではないことをとっくに気が付き、自分自身に対してつばを吐きかけたくなるという寸法である。

さすがに三ヶ月以上は、ぼくもぶっつづけの空想にふけることが出来なかった。そしてそろそろ、社会の只中に飛び込んで行きたいという、抑えがたい欲求を感じ始めた。社会へ飛び込むとは、ぼくの場合、係長のアントン・アントーヌイチ・セートチキンのところへ客に行くことを意味していた。彼は、ぼくの生涯を通じて変わることのなかった唯一人の知人で、これには僕自身、今もって驚いているような次第だ。もっとも、彼を訪ねるといっても、それはある時期が訪れ、ぼくの空想が幸福の絶頂を極めて、是が非でも即刻、人々と、いや全人類と抱き合う必要が生ずるときに限られていた。ところで、そうするためには、せめて一人だけでも、現実に生きている実在の人間を持っている必要があったのである。といっても、アントン・アントーヌイチを訪ねられるのは、彼の面会日である火曜日に限られていたから、当然の帰結として、全人類と抱き合いたいという願望も、いつも火曜日に期日を合わせないとならなかった。
(P85より引用)

全人類の代替がアントーヌイチであり、彼と抱き合うために、空想のスケジュールまで拘束されねばならない。しかも、彼の家では隅のほうに黙って座り込んで、他の客人とアントーヌイチとの会話に聞き耳を立てていることで、抱き合ったこととみなすことで満足しなければならない。
なんとも肩身の狭い境遇だが、自分が望んでそうなったことであり、自分の望みの代償としての境遇である。つまり、これこそが自然法則というものなのだ。

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2002年 4月 13日

死の家の記録

投稿者 by vulcan at 18:26 / カテゴリ: ドストエフスキー / 0 コメント / 0 TrackBack

1862年(41歳)の作品
お勧め度☆☆☆☆☆
出展:新潮文庫、工藤精一郎訳

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1849年、28歳のドストエフスキーはペトラシェフスキー事件で死刑を宣告され、刑の執行直前に『恩赦』によりシベリア流刑を言い渡され、4年の刑期を務めることとなったのだが、「死の家の記録」はそのときのシベリア流刑地での本物の記録である。(死刑宣告から一転して恩赦というのが皇帝の茶番であったことは有名な話である)
ツルゲーネフ、トルストイといった偉人たちが絶賛した「死の家の記録」は、ドストエフスキーにはとても珍しく、ロシアリアリズムが貫かれており、淡々と、とても淡々と民衆の喜怒哀楽が綴られている。
後の偉大な作品の源流とも言えるこの『貴重な』経験が、こうして世に姿を現したことをとても嬉しく思う。人類の貴重な財産とさえ言えるドストエフスキー、そしてこの作品が、現代まで語り継がれてきたことを我々は神に感謝せねばなるまい。

獄内にはいつも金を使いすぎたり、博打に負けたり、遊びが過ぎたりして、一文無しになってしまった連中や、手職もなく、ぼろを下げてみじめったらしいが、ある程度勇気と決断に恵まれた連中が、うようよしている。この連中に資本の形で残されているものは、ただ一つ背中だけである。背中ならまだ何かの役に立つかもしれない、そこで、すってんてんになった遊び人は、この最後の資本を回転させようと決意する。
………
この方法で、獄内に酒を持ち込めることもあるが、時にはこの方法が効を奏さないこともある。そうなると、最後の資本である背中で支払をするほかない。少佐に報告され、資本が笞を食らう。こっぴどく打ちのめされた上に、酒は没収される。しかしかつぎ屋は全てを自分の罪にして、親父を裏切るようなことはしない。それは密告を恥じるからではなく、ただ、密告が自分にとって不利だからである。どっちにしろ笞は免れないし、密告すれば、ただなぐられるのは自分ひとりじゃないという気休めがあるだけである。ところが親父は彼にとってまだ必要なのである。
(P64より引用)

創作ではなく、ありのままを記録しても、まるで物語のように面白さを感じる。ロシアの民衆が実に本能的に生きながら、且つ合理的でさえあるところに一種の高揚感を覚えた。民衆の力は偉大で、学ぶべきところが多くあるというドストエフスキーの考え方に共感する。彼らは生まれながらにして、詩人であり、役者であり、賢者でさえある。

「隊長様」と不幸な男は叫ぶ。「お慈悲でごぜえます、おらの生みの親父になってくだせえな、一生あなた様のことを神様に祈らせてくだせえな、おらを殺さねえでくだせえ、お慈悲でございます!」
ジェレビャトニコフはそれを待っているのだ。彼はすぐに刑の進行を中止させて、自分も悲しそうな顔つきをして、囚人と話を始める。
「でもなあ、おまえ」と彼は言う。「そうは言っても、このわしに一体何が出来るんだ?罰するのはわしじゃなくて、法律なんだよ!」
「隊長様、何もかもあなた様のお心しだいですよ、哀れみをかけてくだせえな!」
「じゃおまえは、わしがおまえをかわいそうだと思っていないと思うのかい?わしだって人間だよ!どう、わしは人間だろう、違うかい?」
「そんなこと、隊長様、決まりきったことですよ。あなた様は父親で、おれたちゃ息子ですよ。どうか、おらの生みの親になってくだせえな!」これは何とかなりそうだと思い始めて、囚人は叫びたてる。
「そうだよ、おまえ、自分でよく考えてごらん。考えるくらいの頭は、お前にだってあるはずだ。そりゃわしだって人間の心はあるから、罪人のおまえを寛大な気持ちでやさしく見てやらねばならぬくらいは、知ってるさ…」
「隊長様、いいことを言いなさる、まったくその通りですよ!」
「うん、お前がどんな悪い罪人でも、優しい目で見てやりたいよ。でもな、決めるのはわしじゃない、法律なんだよ!考えてごらん!わしは神と祖国に仕えている身だ。法律を緩めたら、わしは重い罪を担うことになるんだよ。そこを考えてくれ!」
「隊長様!」
「うん、だがもうどうしようもない!こうなったからには、止むを得ないよ、それがお前のためだ!わしが罪をしょうことは知ってるが、もう止むを得ないよ… 今回は哀れみをかけて、罰を軽くしてもだな、それによってかえって、お前に悪い結果をもたらしたらどうなるのだ?いいか、今お前をかわいそうに思って、罰を軽くしてやる、するとお前は、この次もまたこうだろうぐらいに高をくくって、また罪を犯す、そんなことになったらどうなるのだ?それこそわしは心の中で…」
「隊長様!お慈悲にそむかないことは、誓います!それこそ天の神様の前に立たされたつもりで…」
「うん、まあいい、いいよ!じゃ、今後悪いことはしないと、わしに誓うんだな」
「ええ、もう神様に八つ裂きにされてもかまいません、あの世で…」
「神に誓うのはよせ、恐れ多い。わしがお前の言葉を信じよう、約束するか?」
「隊長様!!!」
「じゃ、いいか、お前の哀れなみなしごの涙に免じて、わしが情けをかけてやる。お前はみなしごだな?」
「みなしごですとも、隊長様、天にも地にもたった一人、親父も、お袋もありません…」
「よし、じゃお前のみなしごの涙に免じて、いいか、これが最後だぞ…さあ、こいつを引き立てろ」と彼は付け加えるが、それがいかにも優しそうな声なので、囚人はもうこのような情け深い隊長のために、どう神に祈ったらよいか分からないほどである。
どころが、恐ろしい進行が開始され、引き立てられ始めた。太鼓が鳴り出し、最初の何本かの笞が振り上げられた…
「やつを打ちのめせ!」とジェレビャトニコフがありたけの声を張り上げて叫びたてる。「思い切り打て!なぐれ、なぐれ!火を噴かせろ!もっと、もっと!みなしごめ、かたりめ、音を上げさせろ!打て、打て、打ちのめせ!」
兵士たちは力いっぱいに笞を振り下ろす、哀れな囚人の目から火花が飛び散る、悲鳴を上げだす。ジェレビャトニコフはその後ろについて走りながら、笑って、笑って、笑い転げ、両手でわき腹を押さえて、背をまっすぐに伸ばすことが出来ないほどで、しまいには、見ているほうが気の毒になるほどである。彼は嬉しいのである、おかしいのである、そして時々彼の甲高い、健やかな爆笑が途切れて、また「打て、打ちまくれ!かたりめ、火を噴かせろ、みなしごを打ちのめせ…」と叫ぶ声が聞こえる。
(P297より引用)

ここの面白さは、前後を読まなければ伝えきれないが、かといって丸々一冊抜き出すわけにもいくまい。囚人の打ちのめされる姿をジェレビャトニコフが躍り上がって眺めている様子が目に見えるようであり、囚人も本能のなすがままなら、執行官も同様である。
芸術的に刑の執行を愛する姿は、たとえそれが常軌を逸する行動でも、後になれば笑って見過ごすことが出来るのではないか。

全体に、ロシア人は祖国を愛し、他国民を馬鹿にする性質がある(しかし憎みはしない)。彼らは自尊心が高く、うぬぼれだが、自嘲気味であり、自虐に悦びさえ感じる。本能のなすがままに行動し、目先の損得を最重視する。明日のことが重要であり、それ以後のことは明日考えれば良いとさえ思っている。一方、名誉を重んじ、権威を恐れ、上官は上官らしく威厳を持って振舞うことを望んでおり、変に民衆に取り入った行動に対しては、嘲笑と不信で迎える。生まれながらにして持った身分に対しては、神の思し召しと完全に受け入れている。けだもののような性格でも傷ついたものにはいたわりを示し、貴族を憎みながらもすすんで下男の仕事を買って出る。
そんな彼らを私は羨望のまなざしで見つめている。

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2002年 4月 06日

貧しき人びと

投稿者 by vulcan at 16:47 / カテゴリ: ドストエフスキー / 0 コメント / 0 TrackBack

1845年(24歳)の作品
お勧め度☆☆☆☆
出展:新潮文庫、木村 浩訳

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ドストエフスキーの処女作である『貧しき人びと』は、遠縁の老人と若い娘の往復書簡という体裁をとっており、強烈な印象を受けたことを覚えている。
当時大学生だった私は、この本によって一気にドストエフスキーにのめり込んだ記憶があるが、今読み返してみてもなるほど素晴らしい。処女作としては申し分ない。
しかしながら、ドストエフスキーの作品において私の目が肥えてしまったのか、くどさが返って邪魔になるところも見受けられ(くどさは本来邪魔なものだが)、飛ばし読みする誘惑に駆られそうになった。
老人マカール・ジェーヴシキンと娘ワルワーラ・ドブロショーロワのひたむきな愛は、一種異様な印象を受けるが、ジェーヴシキンの悲惨な境遇と純朴な性格が分かるにつれて、彼らの愛をそっとしておいてあげたくなる。
自分から離れていこうとするワーレンカに対する、ジェーヴシキンの異常なまでの執着心に対して、当時共感を覚えたことを、今思い出した。

わたしは台所に住んでいます。いや、もっと正確に言うなら、次のようになります。この台所の隣に一部屋あるのです(断っておきますが、この台所は清潔で、明るくて、とても立派なんです)。この部屋はちっぽけな、つつましい一隅といえますが… いや、こういったほうがもっといいかもしれません。つまり、台所は窓が三つもある大きなものなので、奥の壁に平行してもう一つの仕切りを入れ、定数以外の部屋を一つ作ったというわけなんです。全てがゆったりしていて、便利ですし、窓も一つあるので、要するにとても便利に出来ているんです。さて、これが私のねぐらです。ですから、変に気を回して、何か隠れた意味があるのではないかなどと考えないでください。そりゃ、要するに、台所じゃないか!といわれるかもしれませんが、確かに、私は台所に仕切りをして住んでいるわけですが、そんなことは何でもありません。
(P10より引用)

自分が台所に住んでいることを説明するために、これだけ長い文章を書くことが出来るのだと知り、当時はとても興奮した。しかし、今となっては自分も同じように回りくどい表現しか出来ないようになってしまった。
仮に自分の寝床が台所であったとして、そのことを愛する人に伝えることを想像すると、ぞくぞくするほど恍惚感に浸れる。おそらく、伝えた瞬間から後悔が始まるが。
銀行員時代、社宅に住んでいた先輩というか上司というか他部の目上の人が、狭い社宅に家族5人で住んでおり、自身はいつも帰りが遅かったので、やはり台所で寝起きしていたそうである。その人の口からそのことを聞いたのだが、大学出たての若造にそんなことまで打ち明けるというのは、どんな心境だったのだろう。

部屋割りがどうなっているかについては、もう書きましたね。それは言うまでも無く、便利に出来ています。本当ですとも。でも、部屋の中は何となく息苦しいのです。つまり、嫌な臭いがするほどではないのですが、しいていえば、もののすえたような、変に鼻に付く甘酸っぱい臭いがするからなんです。はじめはちょっと嫌な感じですが、そんなことは大したことではありません。ものの二分もすれば、他のこともそうですが、この臭いも消えてしまいますから。というのは、自分の体にもこの臭いがしみこんで、服も手も何もかも臭くなってしまうので、結局その臭いに慣れてしまうという寸法なのです。そんなわけで、この家ではまひわもじきに死んでしまいます。海軍少尉は今までに五羽も飼いましたが、どうやら、ここの空気では生きていくのが無理なようです。
(P24より引用)

なるべく体裁を繕う予定で書き始めながら、舌が乾かぬうちにざっくばらんに思ったことをぶちまけてしまう手法に狂喜乱舞した。読み返した今でも新鮮な印象を受ける。

哀れな老人は息子のペーチェンカ(老人は息子をそう呼んでいました)を感嘆してながめながら、嬉しくてたまらないのでした。息子のところへ訪ねて来るときは、いつも心配そうな顔つきをして、おどおどしているのでした。きっと、息子がどんなふうに迎えてくれるか、見当がつかなかったからでしょう。いつもすぐ部屋へ入る決心がつきかねて、長いこと立っていました。そんなときあたくしが通りかかると、老人は二十分ぐらいも引き止めて、ペーチェンカはどんな様子です、元気にやってますか、機嫌はどうでしょう、何か大切な仕事でもしているんじゃありませんか、一体どんなことをやってるんでしょう、書き物でもしているんですか、それとも考え事にふけっているんでしょうか、などと根掘り葉掘り尋ねるのでした。あたくしが相手を元気付けて安心させると、老人はようやく中へ入っていく覚悟を決め、おずおずと用心深くドアを開け、まず頭だけを入れて見せるのです。息子が怒っていないでうなずいて見せると、そっと部屋へ通り、外套を脱ぎ、帽子をとるのですが、この帽子ときたら、年がら年中くちゃくちゃになっていて、穴も開いていれば、つばも取れかかっている代物でした。そして、これらのものをそっと音のしないように始末をつけるのです。それから近くの椅子にそっと腰を下ろし、片時も息子から目を離さずに、ペーチェンカの機嫌はどうかと、じっと相手の動作を観察するのでした。もし息子がちょっとでも機嫌が悪く、老人がそれに気づくと、老人ははじかれたように立ち上がって「ペーチェンカ、わしはちょっと寄ってみただけさ。遠出をしてきて、そばを通りかかったのでね。なに、一息入れようと思ったまでさ」と弁解するのでした。それから無言のまま、おとなしく外套と帽子を取って、またそろそろとドアを開け、胸にこみ上げてくる悲しみを息子に悟られまいとして、わざと笑顔を作りながら、立ち去っていくのでした。
しがし、息子が機嫌よく迎え入れようものなら、老人はそれこそ嬉しさのあまり、天にも昇るような風情でした。その満足げな様子は顔には勿論、その身振りにも、全体の動作にも、あらわれるのでした。更に息子が何か話しかけようものなら、老人はいつも椅子から少し腰を浮かせて、まるでうやうやしく、卑屈なくらい丁寧な調子でそっと返事をしながら、いつも取っておきの表現、つまり、最も滑稽きわまる表現を使おうと努めるのでした。しかし、老人には雄弁の才はありませんでした。で、いつもしどろもどろになって、怖気づき、手の置き場は勿論、身の置き場もなくなってしまい、今言ったことを訂正するつもりなのか、いつまでも独りでブツブツつぶやいているのでした。ところが、返事がうまく出来たときには、老人も気取ったポーズをとり、チョッキやネクタイや上着などを直して、威厳を見せるのでした。ときによると、すっかり調子付いて、大胆にもそっと椅子から立ち上がり、本棚に近づいて、中から一冊抜き出して、それがどんな本だろうとお構いなしに、その場でちょっとページをめくることさえありました。しかも、老人はそんなふうに振舞いながら、自分はいつだって息子の本ぐらい勝手にいじれるのだぞ、息子が優しいのは別に珍しいことじゃない、といわんばかりに、わざとそっけない冷淡な態度を取って見せるのでした。ところがある日、老人が息子から本には手を触れないでくださいといわれて、びっくりしているところを、あたくしは偶然この目で見たことがあります。哀れな老人はすっかりどぎまぎして、手にしていた本を逆さに突っ込む始末でした。それからそれを直そうとして、今度は背表紙を向こう側へ突っ込んでしまい、老人は赤面したまま、ニヤニヤ笑いながら、どうやってこの罪を償ったものか自分でも見当がつかない様子でした。
(P49より引用)

かなり引用が長すぎたが(かなりどころの騒ぎではない)、しかし、ここはどうしても引用せずにいられない箇所だったので(実はもう一箇所ある)、約2ページにわたって引用してしまった。
ドストエフスキーの文章で女性の話す言葉や書く文章に、素晴らしさを感じることは稀なことなのだが(女性の番になったら手を抜いているのではないか?)、ここはとても印象的な場面であり、独特のドストエフスキーらしさが微塵も感じられず、それでいて読んでて面白い、極めて貴重な箇所であると考えている。
哀れな老人が、唯一の生きがいである息子を崇め、その生きがいを失わずにいられる方法をこれといって確固として持てずにいるため、気もそぞろといった様子がとても強く伝わってくる。

あたしはポクロフスキーに自分の友情を示すために、ぜひとも、何かプレゼントをしようと決心したのです。でも、どんなものがいいかしら?そして結局、本を贈ることを考え付いたのです。あの人が最新版のプーシキン全集を欲しがっていたのを知っていたので、それに決めました。あたくしには内緒で稼いだお金が三十ルーブルもありました。新しい服を作るために貯めておいたのです。あたくしはさっそく料理番のマトリョーナ婆さんを使いにやって、プーシキン全集がいくらするのか聞きにやりました。ところが困ったことに、装丁代を入れて、全十一巻で少なくとも六十ルーブルはするというのです。どこからそんなお金が手に入るでしょう?あたしは考えに考えてみたのですが、いい知恵はでませんでした。ママに頼むのは嫌でした。むろん、ママならきっと助けてくれたでしょうが、そうすればプレゼントのことが家中に知られてしまいます。そればかりか、このプレゼントはポクロフスキーがまる一年レッスンをしてくれたことに対するお礼ということになってしまうでしょう。あたくしは自分ひとりで、内緒でプレゼントがしたかったのです。あの人がレッスンをしてくれた苦労に対しては、友情でだけ答えることにして、永久に借りにしておきたかったのです。
(P62より引用)

ここでの最も印象深かったのは、最後の『お礼を友情で答えて、足らない部分は借りにしておく』というくだりで、そんな概念など露ほどもなかった自分には衝撃だったとともに(ドストエフスキーは常に衝撃的ではあるが、その中でもという意味で)、友情というお礼に憧れてしまった。

私はすっかり君と親しくなってしまったので、もし君が行ってしまったら、どんなことになるでしょう?私はネヴァ河へでも飛び込んで、それでもうおしまいですよ。ワーレンカ、きっと、そうなりますよ。だって君がいなくなったら、私は何もすることがないじゃありませんか!ああ、私の可愛い人、ワーレンカ!どうやら君は、私が荷馬車でヴォルゴヴォ墓地へ運ばれていくのをお望みのようですね。どこかの乞食婆さんが一人棺のあとについてきて、やがて私は砂をかけられ、婆さんもわたし一人を置き去りにしていってしまう。それが君のお望みらしいですね。あんまりです、あんまりですよ!
(P103より引用)

唯一最愛の人が自分のもとから離れようとしている、そんな焦燥感にかられるジェーヴシキンの苦悩が伝わってくる。もはや彼はとりとめの無い話に終始して、前後の見境無く、自分が何を言っているのかすら分からなくなってきている。
しかし、一足飛びに墓まで自分を運んでしまうところには恐れ入ってしまう。

なるほど、あの人はまだ若い高官で、時には怒鳴り散らすのが好きなんです。もっとも怒鳴り散らしていけないわけはありませんよ!我々小役人を叱り付ける必要があれば、大いに叱り付けるべきですからね!まあ、仮にそうだとしても、見栄のために叱り付けるとしましょう。見栄のためだって、怒鳴り散らしてかまいません。みんなを叱責訓戒することも必要なんですから。というのは、ワーレンカ、これは内緒の話ですけれども、我々小役人どもときたら、懲戒されなかったら、何もしないからです。みんなどこかに籍を置いて、自分が認められることばかり狙って、自己宣伝しているくせに、仕事のほうはなるべく避けていこうとするからです。
(P113より引用)

ロシアの小役人らしい言い分で、仕事をする振りばかりしている非能率的な職場が目に浮かぶ。

閣下は憤然とされて、「これは一体どうしたんだ、きみ!何をぼんやりしていたんだ?重要な書類で急を要するものなのに、君はめちゃめちゃにしてしまったじゃないか。いったい、これはどうしたというんだ」といってから、エスターフィ・イワーノヴィチの方を向かれました。私は、「怠慢だ!不注意だ!とんでもないことをしてくれたな!」といった言葉が響いてくるのをぼんやりと聞いているだけでした。私はなんということもなく、口をあけようとしました。お詫びを申し上げようと思ったのですが、出来ませんでした。そこを逃げ出そうとも思ったのですが、出来ませんでした。
ところがそのとき…まさにそのとき、とんでもないことが起こって、今でも恥ずかしさのあまりペンを持つ手が震えるほどです。私のボタンが、あの忌々しい、一本の糸にやっとぶら下がっていたボタンが、不意にちぎれ落ちたと思ったら、ポンと一つ飛び跳ねて(とうやら、我知らず手をかけたんですね)、ころころと音を立てながら、まっすぐに、ほんとにまっすぐに閣下の足元へ転がっていったのです。しかも、それはあたりがしーんと静まり返っていたときの出来事なんです!それが私の弁解であり、陳謝であり、解答であり、さらには閣下に申し上げようと思っていたことの一切となったのです!その結果はたいへんなことになりました!
閣下はたちまち私の風采と服装に注意を向けられました。私はさっき鏡の中に見た自分の姿を思い出しました。私はボタンを拾いに飛んでいきました!なんてばかなことを思い立ったものでしょう!身をかがめて、ボタンをつかもうとすると、相手はころころと転がったり、くるくる回ったりして、つかまりません。いや、要するに、不器用さにかけても私は有名になったのです。私はもうそのとき、これでいよいよ最後の力も尽き果てたな、何もかもしまいだ!と感じました。体面も丸つぶれですし、一個の人間としても破滅してしまったんです!すると、どうしたものか、急にテレーザとファリドーニの声が両の耳に聞こえて、がんがん鳴り出しました。やっとのことでボタンを捕まえ、立ち上がって、姿勢を正しました。いや、ばかついでに、そのままズボンの縫い目に手を当てて、不動の姿勢でもとればよかったんです!ところが、こともあろうに、ボタンをさっきちぎれた糸の端に縛りつけようとしたのです。まるでそうしておけばボタンがちゃんと止まるとでも思っていたんですね。おまけに、私はニヤニヤ笑ったんです、そう、ニヤニヤとね。閣下ははじめ目をそむけておられましたが、やがてまた私のほうをチラッと見やって、エフスターフィ・イワーノヴィチに向かって、「なんということだ?…見たまえ、なんという格好をしているんだ!… あの男はどうしたんだ!…あれは何者だ!」とおっしゃるのが聞こえました。
ああ、ワーレンカ、あの時あの場で、あの男はどうしたんだ?あれは何者だ?と声をかけられたのは、身に余る光栄だったのです!聞いていると、エスターフィ・イワーノヴィチは「落度は、今まで一度も落度はございませんでした。品行も模範的で、俸給は規程どおり十分に出しております…」と答えているんです。「では、何とかもう少し楽にしてやってはどうかね。前渡でもしてやって…」と閣下がおっしゃるのです。「いや、それがもう前渡になっておりますので、これこれの分まで前渡になっております。なにか、よくよく事情があるのでございましょう。品行は方正で、落度はついぞ一度もありませんでした」ねえ、私の天使さん、私は身を焼かれる思いでした。地獄の業火に焼かれる思いでしたよ!いや、今にも死にそうな思いでした!「さあ、それでは」と、閣下は大きな声でいわれました。「大急ぎで浄書するんだね。ジェーヴシキン君、こっちへ来てくれ給え、もう一度誤りの無いように浄書を頼むよ。ああ、それから…」と、閣下は一座の人々にいろいろな命令を下し、みんなは出て行きました。
一堂が出て行くと、閣下はそそくさと札入れを取り出されて、中から百ルーブル紙幣を一枚抜き出し、「さ、これは少ないけれどわしから、ま、取っておきなさい…」といって、私の手に握らせました。私の天使さん、私は思わずぶるっと震えました、心の底から感動させられました。私は自分がどうなったかも分かりません。私は閣下のお手を握ろうとしましたが、閣下もさっと頬を赤く染められて、それから、――いいですか、ワーレンカ、私は毛ほども真実を曲げてはいませんよ――それからこの卑しい私の手をお握りになって、強く一振りなさいました。まるで私が対等のものでもあるかのように、いや、将軍ででもあるかのように、無造作にお握りになって、「さあ、もう行ってよろしい。なに、それはほんの志だけで…もう間違いはしないように。今度のことは別として」と、いわれたんです。
さて、そこで私はこう決めました。それは君とフェドーラに神様にお祈りしてもらいたいのです。私に子供があれば子供にもお祈りをさせるところですよ。たとえ生みの父親のためには祈らなくても、あの閣下のために朝晩お祈りしていただきたいのです!それからもう一つ、君にいっておくことがあるのです。私はこれを厳粛な気持ちで言いますから、君もそのつもりでちゃんと聞いてください ――誓って申しますが、私はあの苦しい時代に、君を見、君の不幸を見るにつけ、また自分を見、自分の卑屈さと甲斐性なさを見るにつけ、厳しい日々の心痛のあまり何度も死ぬ思いをしたかしれませんが、それにもかかわらず、誓って申しますが、私には閣下が自らこのわらくず同然の酔っ払いに過ぎない、私の卑しい手を握ってくださったことのほうが、あの百ルーブル札などよりどれほどありがたいか知れないのです!閣下はあの握手によって、私に私自身を取り戻させてくださったのです。あの行いによって私の魂をよみがえらせ、私の生活を永遠に楽しいものにしてくださったのです。ですからたとえ私が神の前にいくら罪を重ねておりましょうとも、閣下のご多幸と安泰を願う私の祈りは必ず神の御座に届くものと信じて疑いません!…
(P181より引用)

なんという強烈な描写!何度も読み返さずにはいられない。コメントするのは愚かというものだろう!

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2002年 4月 06日

白夜

投稿者 by vulcan at 00:58 / カテゴリ: / 12 コメント / 0 TrackBack

1848年(27歳)の作品
お勧め度☆☆☆
出展:角川文庫クラッシックス、小沼文彦訳

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空想家でセンチメンタリストな貧しいインテリ青年を主人公とした作品をドストエフスキーはよく書くが、それはおそらく、誰もが言うように彼自身がそうした青年だったからなのだろう。しかし、どこまでが本物なんだろうか?全てが本物だとしたら彼は変人ということになってしまう。自分にも同じように考えるところがあるため、自分は異常にドストエフスキーが好きなのだが、自分も変人ということの証なのだろうか。
『白夜』は、良心の呵責、男女の義務と友情、空しく過ぎ去ろうとしている青春時代に対する焦りついて、彼らしい独特の言い回しで軽快に綴った、愛すべき小品である。総ページ数115頁にして、これだけのドラマ。わずか五日間の出来事ではあるが、最後の文脈にあるように、青年にとっては長い人生と比べても決して不足のない一瞬であったことだろう。何気に選んだドストエフスキー最初の紹介本ではあるが、最初にふさわしい作品であったと思う。

まったく藪から棒に、この孤独な私をみんなが見捨てようとしている、みんなが私から離れようとしているというような気がしはじめたのだ。それはもちろん誰だって、「いったいどこのどいつだね、そのみんなというのは?」とたずねる権利を持っているにちがいない。なにしろ私はこれでもう八年もペテルブルグに住んでいながら、ほとんど一人の知人をつくる才覚も無かった男なのだから。
(P5より引用)

彼らしい自分自身に対する皮肉な台詞で、お気に入りな言い回しである。権利という概念に対する皮肉も込められているように感じて心地よい。
人間にはバイオリズムがあり、無理が利く健康体、機嫌、仕事が冴え渡る頭脳などはそうしたバイオリズムの浮き沈みによって時々刻々と状態が変わる。
そんな中で特に機嫌の良し悪しに関わるバイオリズムは、傍から見ては変化が分からないほどゆっくりと小さな軌道を辿るのだが、その起伏が激しい人のことを躁鬱病というありがたくないレッテルが貼られる。
はっきりさせよう。自分は躁鬱病だ。別に医者に宣告されたわけではないが、代わりに自分で宣告してやった。今では随分とその起伏も穏やかになったが、確かに「今はハイで何をやっても楽しくて仕方が無い、有頂天な時間だな」というときと、「ああ、もうだめ。何をやってもうまくいかない。いっそ死んでしまったほうが幾らかましだ。」というときが、前触れも無く自分を襲う。言うまでも無いことではあるが、付け加えると、その中間の状態が最も長い時期ではある(でなきゃ、既に気が狂ってる)。

この部屋にいるとどうしてこうも気詰まりなのだろうか?そしてどうも合点がいかないままに、緑色のすすけた壁や、女中のマトリョーナのお陰でますますふえてゆく蜘蛛の巣だらけの天井をながめまわし、家具という家具を何度も調べなおし、不幸の原因はもしやこれではあるまいかと考えながら、椅子まで一つ一つあらためてみた。
(P8より引用)

まるで蜘蛛の巣が増えるのはマトリョーナ一人のせいだと言わんばかりの言い回しが、自己中心的な彼らしいところである。
自分は人との間に壁を張る傾向がある。それは他人が自分の領土に入り込むのを阻止するためではなく、自分が他人の領土に入り込むのを阻止するためである。自分には、心を開いた人に対しては、築いた壁を取っ払い、その人の領土(プライバシーを含めたあらゆる事柄)に無断で、しかも土足でズカズカと入り込む性格があり、有頂天になってしまって、そこが自分の領土だとでも言いたげに、したい放題、言いたい放題になってしまう。
ふとわれに返って自分が領土侵犯していることに気がつくと、あわてて自分の領土内に戻り、もともとあった壁よりも更に高い壁を築き、気恥ずかしさに心を狂わせ、まるで領土侵犯をしたのは自分のせいではなく、自分に心を開かせた相手のせいだと言わんばかりに、自分だけでは飽き足らず相手をも非難し、固い殻の中に自分を閉じこめてしまう。
そうならないように最初から壁を張るのだが、そんなんじゃ社会で生きていくことなど出来はしない。したがって、少しずつ、少しずつ、亀の歩行と同じぐらいの速さではあるが、自分を変えようと努力している。壁を取っ払いつつも、領土外にやたらに飛び出さないように。しかし、それは今もって難しいことである。

私はマトリョーナを呼びつけて、蜘蛛の巣のことやら、その他彼女のだらしないやり方一般について、いきなり父親的な訓戒をあたえてやろうかなどという妙な考えまで起こしたものである。ところが彼女はいかにもけげんそうに私の顔をチラリと見ただけで、一口も返事をしないでさっさと向こうへ行ってしまった。お陰で例の蜘蛛の巣は今なお平穏無事に元の場所にぶらさがっている。
(P9より引用)

プロレタリアートな時代のロシアの父親には憧れと恐れの念を抱く。おそらくこの青年も同様な気持ちで訓戒をたれようとしたのだろう。今のところ想像だが、ドストエフスキーの父親はおそらく目を合わせるのも恐ろしい厳格な人物だったに違いない。彼の作品の中にはこうした父親像を彷彿とさせる箇所がところどころに見受けられる。
自分は分析するのが好きだ。それこそ何でもかんでも分析対象としたがる。特に人の性格を分析するのが大好きで、他人のことをあれこれと、少ない情報・状況証拠から分析する。敢えて言うと、自分は分析するのが好きなのではなくて、自分の分析結果に酔いしれるのが好きなのだ。
この『自分に酔う』というのが曲者で、『酔った』勢いで本人に分析結果を公表してしまうことがある(父親的訓戒を垂れるかのように)。言われた本人は、何の前触れも無く恐ろしく突然に(伝える私にとって突然でないなら、言われる本人も突然ではなかろう、という妙な思い込みがあるのも問題だ)、しかも他人に触れられたくないところを、その権利の無い人物から、そして自分はそれを黙って聞く義務も無いというのに、宣告されてカンカンに怒っていることだろう。

私には行くべき別荘などまったくなかったし、またいかなければならない理由もなかった。私はどの荷馬車とでも一緒に行きかねない気持ちだった。辻馬車を雇っている立派な風采のどの紳士とでも一緒に、そのまま行ってしまいかねない気持ちだった。だが一人として、まったく誰一人として、一緒に行こうと言ってくれるものはいなかった、まるで私のことなどは忘れているように、彼らにとって私などはそれこそ赤の他人ででもあるかのように!
(P11より引用)

10年ほど前、卒業旅行をかねて英国に2週間ほど行って来た。現地の短期英語学校では日本人やドイツ人やホームステイ先の息子や姉と、またその友達と仲良くなって、更にその友達の友達まで紹介されて、飲んだり、スヌーカー(ビリヤードみたいなもの)をして遊んだのだが、自分一人になるととてもたまらない気持ちになった。そんなときには一人で街中を当てもなくぶらぶらし、字幕も無いのでほとんど分からない映画を観るために映画館に入ったり、同じ道を8の字よろしく永久ループにはまったかのようにグルグルと回ったりしたのだが、それが余計にわびしさを増幅させた(あたりまえだ)。そのとき辻馬車に誘われたら、おそらく自分も飛び乗っていたことだろう。

私は歩きながら歌を口ずさんでいた。というのは、自分が幸福な気分のときには、親しい友もなければ親切な知人もなく、嬉しいときにもその喜びをわかつ相手のいない幸福な人間が誰しもするように、小さな声で歌っていた。
(P13より引用)

喜びを歌で表すのはいかにも気恥ずかしいことだが、その気持ちはとてもよく分かる。少年の壊れやすい心を忘れずに取っておいた彼だからこそ出来る表現だと思う。

そしてしばらく間をおいて、またもやつづくすすり泣きの声。これはなんとしたことだ?私は胸がギュッとしめつけられるような気がした。私は女性に対して臆病なほうであったが、なにぶんにも時刻が時刻である!…。私は引きかえして彼女のそばへ歩みより「お嬢さん!」と声をかけようとした ――もしもこの呼びかけの言葉がロシアの上流社会をえがいたあらゆる小説のなかで、すでに数千回も繰り返されたものであることを知らなかったら、必ずそれを口にしたに違いない。
(P14より引用)

言葉を飾らずにはおれないドストエフスキーらしい表現である。憧れてしまう。
先に自分は分析するのが好きといったが、数値計算を含めてシミュレートするのも大好きである。つまり、空想するのが好きなわけだが、空想の中で相手との会話を楽しんでしまう(変態という一言で片付けてもらっても構いませんがね)。
いろいろな前提条件を設定し、環境要因や特殊要因を考慮してシミュレートするわけだが、どうかすると5分の会話のために1時間以上もシミュレートしてしまうことがある(場合分けも含めて)。自分の名誉のために付け加えておくが、「相手がああいったらこう言おう」とか「自分がこういったら、相手はああいうだろう」とかで構成していく、頭の悪い人間が行うシミュレートは行っていない(そういうのは成り行きに任せる他無く、人知の及ぶところではない。時間の無駄だ)。
となると、僅か5分ではとても伝えきれない内容となってしまい、エッセンスだけを伝えることになってしまうのだが、それでは論理構成がむちゃくちゃになってしまう。
結局、論理性を殺してまでして伝えることには抵抗を覚え、だったらと伝えなかったりするわけで、かくして自分は口下手で、物静かな(何を考えているのか良く分からない)人間となってしまうのである。女性に対してというよりも、他人に対してではあるが、そのほうが始末が悪い!

「とにかく嘘じゃありません、女性は一人も、それこそ一人も、ぜんぜん知らないんです!まったく付き合ったことがないんですよ!そしてただ毎日、やがていずれは誰かに会うに違いないと、そればかりを夢に描いているんです。ああ、あなたはご存じないでしょうが、ぼくはそれこそ何度今までにそんなふうに恋をしたか知れやしません!…」
「というと、誰にですの?…」
「なに相手なんかいやしません、理想の女性に、夢に現れる女性にですよ、僕は空想の中で無数の小説を創作するんです。」
(P18より引用)

自分は夢想化で、結婚していなければ、仕事をしているか夢想しているか常に何れかの状態にしか身を置かなかったことだろう。

「ねえ、あなたはいったいどういうお方なんですの?さあ早く―― おはじめになって、身の上話をお聞かせくださいな」
「身の上話!」と私はびっくりして叫んだ。「身の上話ですって!いったい誰がそんなことを言ったんです、僕に身の上話があるなんて?僕には身の上話なんかありゃしませんよ…」
(P28より引用)

誰かが言わなきゃ自分に身の上話があるなどと思いもすまいと言わんばかりの表現で、自虐に快楽を求めるところが共感を呼ぶ。今でこそまともな人間になりかけているが、昔の自暴自棄な自分を思うと、見過ごさずにはいられない表現である。

「しかし失礼ですが、僕はまだあなたのお名前をうかがっていませんでしたね?」
「まあ、いまごろになって!ずいぶん早く気がおつきになったこと!」
「ほんとに、なんてことだ!てんでそんなことには気づきもしなかった、それでなくてもあんまりいい気持ちだったもので…」
「あたしの名前はね――ナースチェンカですわ」
「ナースチェンカ!それだけですか?」
「それだけかですって!それだけじゃ不足だとでもおっしゃるの、まあ、なんてあなたは欲深なんでしょう!」
「不足ですって?いや十分です、十分です、それどころか、十分すぎるくらい十分ですよ。ナースチェンカ、あなたがぼくのためにいきなりただのナースチェンカになってくださったところをみると、あなたはじつに心のやさしい娘さんにちがいありませんね!」
「ほらごらんなさい!それで!」

(P31より引用)

現代はどうか知らないが、彼の目を通したロシア娘の繊細で、純情で、しかも強さを持ったところがとても好きである。

「なぜこのこっけいな紳士は、数すくない知人の誰かがやってくると(結局はその知人もぜんぶいなくなってしまうんですがね)なんだってこの滑稽な男はひどくどぎまぎして顔色まで変え、すっかり取り乱してしまうんでしょう?まるでたったいまこの四つ壁のなかで犯罪でもおかしたか、贋造紙幣でもつくっていたか、それでなければ、この詩の作者はすでに死んでしまったが、遺稿を発表することは親友として神聖な義務であると思うと書いてある匿名の手紙を添えて、雑誌に送るために妙な詩でも書いていたような狼狽ぶりなんですからね。」
(P33より引用)

狼狽する青年を見事に描写するドストエフスキーだが、こうした表現は他の作品にも随所に見られる。夢想の邪魔をされ、ひどく怒りっぽく、しかしながらどぎまぎしながら相手の機嫌を損なわないよう努力する(しかしそれも必ず失敗に終わるが)姿は、特に身に覚えがなくとも懐かしい気持ちに襲われる。

「ああ、ナースチェンカ、ぼくは自分が言葉を飾って話していることを知っています。しかし――失礼ですが、ぼくにはこれより他の話し方は出来ないんですよ。いまのぼくは、ねえ、ナースチェンカ、いまのぼくは七つの封印をほどこされて、千年ものあいだ箱の中に閉じこめられていて、やっとのことでその七つの封印を取り除かれたソロモン王の霊みたいなもんですからね。」
(P37より引用)

『失礼ですが』。この言葉がこうした使い方をされることを望んでいるのかどうかは分からないが、何でもかんでも『失礼』と言いまわる日本人より、よほど謙虚な使い方だと思う。

「じゃ本当にあなたはそんなふうにいままでずっと暮らしていらっしゃったの?」
「ええ、いままでずっとね、ナースチェンカ」と私は答えた。「いままでずっと、そしてどうやら、これからもそれで押し通すらしい!」
(P48より引用)

これも最高に自虐的で、思わずニヤリとしてしまう表現である。

「あたしの身の上話の半分はあなたはもうご存じですわね、つまりあたしに年とったお祖母さんがあるってことはご存じでしょう…」
「もしも後の半分もそれくらい短いものだったら、それは…」と私は笑って相手をさえぎろうとした。
(P54より引用)

彼らは(あるいはドストエフスキーという人物は)、半分とか第一にとかいった表現を、じつに皮肉った使い方をすることが多い。まるで論理的に思考していないかのような使い方が時々見られるのだが、おそらく論理的思考家に対する皮肉なのだろう。

「ねえ、ナースチェンカ!」と私は叫んだ。「あなたは知っていますか、今日いちにちぼくにどんなことがあったか?」
「まあ、なにが、どんなことがありましたの?早く聞かせてちょうだいな?どうしていままで黙っていらしたの?」
「まず第一にですね、ナースチェンカ、あなたから頼まれたことをすっかりすまし、手紙もわたし、あなたの言う親切な人の家にもよってから、それから …それからぼくは家へ帰って、ベッドにはいったというわけなんです」
「たったそれだけ?」と彼女は笑ってさえぎった。
「まあ、だいたいそれだけなんですがね」と私は苦しい気持ちを抑えて答えた。
(P80より引用)

ナースチェンカに頼まれた親切な人の家に手紙を届けるという行為を三つに分割し、いろいろしてきたかのように表現するところが面白おかしい。しかし、それは「たったそれだけ」なのである。

「これからあたしがお話しするのはあの人のことじゃなくて、一般的なことなんですけれど、もうずっと前からしょっちゅう頭に浮かんでいたことなんですの。あのねえ、いったいどうしてあたしたちはみんなお互いに、兄妹同士みたいにしていられないんでしょう?どんなにいい人でも、いつもなんだか隠し事でもあるみたいに、決してそれを口にださないのはどういうわけなんでしょう。相手に向かってちゃんと喋っているんだと知っていたら、なぜすぐに、ざっくばらんに言ってしまわないのでしょうね?これじゃまるで誰でも実際の自分よりすこしでも堅苦しく見せかけようとしてるみたいじゃありませんの、すぐになんでも思ってることを言ってしまったら、自分の感情をはずかしめることになりはしまいかと、みんなでびくびくしてるみたいじゃありませんの…」
「さあ、ナースチェンカ!確かにあなたのおっしゃるとおりです。しかしそれはいろいろな理由があってそうなるもんでしてね」と私はさえぎった。そのくせその瞬間の私は、ほかのいかなる瞬間にもまして自分の感情を押し殺していたのである。
(P85より引用)

ここは、おそらくドストエフスキーの主題であろう。男女が兄妹同士のように話し合えたらという希望と、それが無理な相談であるとした諦めとが見事に表現されている。最後の表現にはドキッとさせられる。自分は裏表のない人間として筋を通すことを信条としているが、果たして感情を押し殺したことがなかったか。いや、感情を押し殺したことなどあまたある。それは裏表のある人間につながるのではないのだろうか。しかし、感情を抑えなかったら、それこそ身の破滅だ。

それとも思いがけなく黒雲のかげからちょっと顔をのぞかせた太陽の光線が、またもや雨雲のかげに隠れてしまったので、眼の前のあらゆるものがふたたび色つやを失ってしまったのだろうか。いや、もしかすると、私の眼の前に物悲しくもよそよそしい私の未来の生活の一齣が、そっくりそのままチラリとひらめきすぎたのかも知れない。そして私は、きっかり十五年後の、すっかり年をとった私が、同じこの部屋で、やはり一人ぼっちで、こながの年月にもすこしも利口にならないマトリョーナと二人で、相変わらず淋しく暮らしているいまと同じ自分の姿を見たのかも知れないのだ。
(P114より引用)

青年の人生が静かに終わりを告げたことを物語っている。残された長い長い時間は、彼の人生において何の意味も生み出さない。

ああ!至上の法悦の完全なひととき!人間の長い一生にくらべてすら、それは決して不足のない一瞬ではないか?…。
(P114より引用)

しかし、その一瞬こそ彼の生きた証であり、彼の人生そのものといえることだろう。

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